エピローグ
第85話
加賀美ルカが首相に就任してからおおよそ6カ月……。ネオ・ヤマト国の復興は進んでいた。特に、ソフィによって思い知らされた国防システムとCityネットワークの
朧岬と夢島、錨島をつなぐ橋の扉は撤去され、島内のインフラ施設は改善、様々な経済対策が進んでいる。とはいえ100年に及ぶ隔離政策による格差が埋まるには、十分ではなかった。
――トントントン――
錨島復興住宅の一室をノックする音がした。碇島のそれは中央政府によって建てられたものだ。
瑠々香がドアを開けると、そこにいたのは二階堂少佐だった。Tシャツとジーンズという一般市民のような格好をしている。
「アッ、少佐、お久しぶりです」
瑠々香の脇腹に痛みが走る。いや、それは気のせいで、過去を懐かしむ心の痛みかもしれない。
「久しぶり、ではないですよ。突然姿をくらまして。……こっちは、ずーっとヒューマノイドの総理を加賀美さんだと思って追いかけていたのです。それが遊田・暁・瑠々香だなんて……」
「彼女、素敵でしょ? ガイアっていうのです」
瑠々香は、病院を退院してから加賀美の両親に生き別れになった父親が見つかったことを報告し、しばらく実父と暮らしてみたいと相談した。それを養父母は快く受け入れてくれた。彼らは総理大臣に就任したルカが、父親と共に首都にいると信じている。
「狭いですけど、どうぞ」
瑠々香は二階堂を招き入れた。復興住宅はファミリータイプの2LDK、玄関のすぐ隣がリビングだ。
「ガイアのことは昨日ボーイから聞きました。聞いたからここに飛んで来たのです」
「ごめんなさい。連絡しようと思ったのだけれど、居所が分からなかったものですから。私も何かとバタバタしていたし。……ボーイとフォーブル教授は仲良くやっていたでしょ?」
「ええ、なかなかの相棒っぷりでした。……それはともかく、探すつもりがあったら、軍に連絡すればすぐでしょう」
彼は顔を怒らせながらソファーに腰を下ろした。中古で買ったソファーのバネがギシギシ鳴いた。
「そうね。ごめんなさい。でも、無事で何よりです。市庁舎地下での戦いは大変だったと、古畑部長から聞いています」
「死にかけましたよ。メタルコマンダーに首をへし折られるところだった」
「マァ……」
市庁舎の屋上でボーイとサイボーグが組み合ったときのことが脳裏を過る。
「その時、助けてくれたのもメタルコマンダーでした。君が前市長から権限を引き継いだやつです」
「そうでしたか……」
今があるのも、浜口市長の引いたレールが正しかったからだ。彼に対する尊敬の念が身体を熱くした。
「で、どういうつもりです。いまだに影武者を総理にしておくなんて。総理就任から半年も経っていますよ。怪我が治ったのなら、復帰したらどうです? もし、替え玉がバレたら、偉い騒ぎになりますよ」
「法的にはそうですね」
「あなたは首相です。法律を守ってしかるべきだ」
「そうですね。でも、彼女の知恵があったからこそ、中央政府と森羅産業の資産を利用して、あの戦いで生じた様々な施設を復旧、被災者に対する損害補償までできたのです。私では、どんなに頑張っても無理だったでしょう。……まだこの国には、いいえ、この世界には彼女の力が必要です。……私は、いずれ責任は取るつもりです。その時まで、待ってもらえませんか?」
「それはそうかもしれないが……」
彼が煮え切らない様子を見せた。
「少佐こそ、あの日からしばらくこの島に潜伏していたじゃないですか。それは法に
「どうしてそれを?」
「ここにいれば、島内のことはおおよそ分かります。みんな家族みたいなものですから」
「ふむ、で、お父さんはどこに?」
「いま、漁に出ています。私の古い幼馴染と一緒に。……こそこそと隠れていく必要がなくなったと、喜んでいます」
父親が漁で生計を支えているのは間違いなかった。朱莉友瑠が同行するようになったのは最近のことだ。彼は過去と決別した。瑠々香が知っているのは、それだけだった。
「本当に?……武器の密輸とかではなく?」
「捜査のために島に来たのですか? まるで刑事ですね」
「いや、まだ軍人です。あの時メタルコマンダーを止めるため、市庁舎の地下からソフィを追ったらここにたどり着いた。それで解放同盟の連中と知り合った。君の手で島は解放されたが、彼らが満足したわけではない」
「この世に何らかの格差がある限り、犯罪や暴力はなくならない。闘争の連鎖は続く。そう言っていましたね」
「覚えていたのだな」
「もちろん。私たちは戦友です」
「それは嬉しいな」
二階堂が素直に微笑んだ。
「なのに、私の父は解放同盟、……テロリストだとでも?」
「それは分からない。ただ、テロリストとの付き合いはある」
「小さな島ですから。私だって知らないだけで、そのテロリストと付き合いがあるはずです」
「まいったな」
彼が頭を掻いた。
「で、今日は父の取調べですか? それとも私の? 軍人なのに?」
「つれないな。さっきは戦友と言ってくれたのに」
「だって、話があっちこっちに行って、要領を得ません」
「本当に、総理に戻るつもりはないのですか?」
「ハイ。その必要はないと思っています」
「それは助かった」
「ハァ?」
何を言っているの、二階堂さん?……見れば彼の顔はリンゴのように赤い。
「病気なのですか? 熱があるようです」
「かもしれない」
「横になってください。今、氷を……」
立ちかけると、その腕を二階堂が握った。
「じ、じ、自分は……」
もしかしたら、告白しようとしている? それで顔が赤いんだ。……そのくらいのことは瑠々香にも見当がついた。
「二階堂さん、落ち着いて……」
その時、バタバタと足音がして、ノックもなしにドアが開いた。
「ちょっと待った!」
二人の間に割って入ったのは赤坂だった。
「いきなり入ってくるなんて乱暴ですよ。赤坂課長」
「すまない。でも、どうして課長だと?」
「半年前は主任だったのにな」
邪魔をされた二階堂が憮然としている。
「Cityを守った功績が認められ、特例で課長に昇進したのはボーイから聞きました。彼、情報が早いから」
「確かにそうだ。それならちょうどいい。ボーイに聞いてここに来た……」
赤坂はコホンと小さな咳をしてから姿勢を正した。
「……君に言いたいことがあるんだ」
「ちょっと、待ってくれ。自分が先だ」
今度は二階堂が制した。
「いや、俺の方が彼女と付き合いが長い。俺が先だ」
「あぁ、ごめんなさい。二人とも待ってください」
ルカは拝むようにして先を争う二人を制した。壁際のホログラム装置のスイッチを入れてボーイを呼ぶ。
ブーンと小さな音がしてドアの前にボーイのホログラムが現れた。
『赤坂さん、先ほどはどうも。二階堂さん、昨日はお話ができて嬉しかったです』
「ボーイ、二人に話さなかったの?」
瑠々香は問い質す。
『何のことでしょう?』
ホログラムのボーイが首を傾げた。
「私たちがパートナーだってことよ」
「なんだって!」「パートナー?」
二階堂と赤坂が同時に声を上げた。
『お二方を失望させたくなかったものですから』
「それは、余計な配慮です……」
瑠々香はきつく言ってから、二階堂と赤坂に向かって手を合わせた。
「……そういうことなのです」
「パートナーというのは、バディーということかい? 何かの捜査中?」
「いいえ。私たち、同棲しているのです。ボーイは、ここからフォーブル教授の研究室まで出勤しているの」
「でも……、だって……、ボーイは……」
赤坂はすっかりしょげて座り込んだが、二階堂は納得していなかった。
「そりゃあボーイは見た目も頭もいいが、ヒューマノイドだぞ。理由を聞かせてくれ」
「二階堂さん、それは偏見ですよ。もう、人間もヒューマノイドもないのです。彼は普通の人間以上に配慮も出来て優しいし……」
「そうだな。悪かった。ボーイはルックスも頭も良いし、気が利いて優しい。それで?」
「もう、それだけで十分でしょ?」
「最後まで聞かせてくれ」
想像してくれないのは彼らしい。恥ずかしいけれど言うしかない。……瑠々香は覚悟を決めた。
「ぜ……」
恥ずかしさで唇が痺れる。
「ぜ?」と赤坂。
「ぜ……」
「ぜ?」と二階堂。
瑠々香の頭が熱くなり、息が苦しくなる。
「……
のどに詰まった言葉を吐いた顔は真っ赤だった。
「そっちかぁ!……俺たちじゃ、とても勝てないな」
二階堂と赤坂は顔を見合わせ、深いため息をついた。
(了)
新世界計画 ――閉ざされた街―― 明日乃たまご @tamago-asuno
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