第51話 少年と闇 3
お気に入りだった天井のシャンデリアに点る暖かい光が、今ではとても頼りなく、色あせて見える。三年に一度の武道大会はその幕を閉じ、大切な親友との友情はその別れを向かえ、残ったのは途方もない孤独感と、どうしようもない喪失感だった。
気絶させられて家に運び込まれたようだった。最後の最後で、あの少年はやはり一人ですべてを片付けるつもりなのだろう。自分たちに余計な心配をかけさせまいとして。自分のことを、早く忘れさせようとして。彼ならそうするに違いないと、頭では理解していた。
洞窟での探検も、毎夜にわたる訓練も、力をあわせて勝ち抜いた試合も、すべてはもう戻らない。ただ記憶として、心に残るだけだ。
かちゃりという乾いた音がして、部屋の扉が開いた。
「マリー」
どこか穏やかな視線をベッドの上に預けて、デュラン・ソルブレイドは自分の娘の下へと歩いていった。
うつろな表情をしながら、ベッドに腰を降ろした少女に語りかける。
「聞いたのか、全てを」
問いかけに、マリーがうなづいた。
「デュオは、私たちを置いて、行った」
「彼には彼の考えがあるんだ。それを尊重してやるのも、友達の務めのはずだ」
「でも!」
否定するように、少女は叫ぶ。
「……最後まで、側にいてあげたかった……」
嗚咽交じりの声を出して、消え入るようにそうつぶやいた。
ふう……とデュランがため息をつく。
レスター……アルフィム王子がルーイン教というカルト教団に暗殺されたという知らせは、すぐにデュランの元に届いていた。もちろん、その話を自分の子供たちに明かすことはなかった。
決定的な証拠はなかったものの、どうやら魔法庁で裏に組織されている革新派が仕組んだものというような噂が流れた。
当時騎士団の中でかなりの地位にあったデュランも、ほかの黄龍騎士団員と同じく、『魔海』に関する情報はいくらか持っていた。
国の最深部に祭られている邪神。その体からあふれ出す高出力の魔力エネルギー。このエネルギーの利用価値の高さ。
研究を続行すべきという革新派の主張も、理解できないことではなかった。
だが、一介の騎士としては、デュランは反対の意見を持っていた。国を滅ぼす可能性のあるものを、騎士が認めるわけにはいかないのだ。常より対立していた魔法庁の大半が支持する意見ならばなおさらだ。
また、先日の遠征で、『魔海』の危険が一段と強調されることとなった。
モンスターに与える影響である。『魔海』の瘴気を浴びたモンスターは、少なくとも呪文の詠唱を行うようになってしまう。加えて、ルーイン教による結界破壊工作の件では、『魔海』の瘴気が一時的にではあるが王国一帯や隣国リューゼンにも広がってしまった。このことを考えても、他の騎士達は『魔海』の研究に断固として反対するようになっている。
だがそんな動向の黄龍騎士団の中、一人だけ皆とは違う観念を持った男がいた。それが、ライオネル・ガレリア――デュランの親友だった男だ。
誰よりも人を愛するがゆえに、誰よりも戦争というものを深く憎んでいた。この救いようのない世界に、どうしたら終止符を打てるのだろうと、酒の席ではいつもデュランに話していた。
ダナン・オーウェンもそうした男の一人だった。戦争で妻子を亡くし、数十年前に魔法庁を抜け出した彼が目をつけたのが、やはり『魔海』だった。もうこれ以上自分のような境遇を出さないようにするためにと、そう決意をして今までを生きてきたのだ。
国を守るため、危険な『魔海』を逆に封印しようとしたのがラスタバン・ネーブルファインとバルムス・バルトーアだ。バルムス・バルトーアは、今からおよそ四年前に辺境の国から黄龍騎士団に迎えられた騎士だったが、剣の腕は確かで、国を守ろうとする意気込みにかけては他の誰をも寄せ付けない。
今、彼らはおそらく神殿内で戦っているのだろう。譲れない正義を、互いに掲げあって。
だがどちらの正義も、国を守るという大儀に押されて、最も悲惨な影を見落としているような気がした。
純然たる正義が大手を振る中で、ここに親友を失う悲しみに嗚咽を漏らす子供がいる。
光り輝く理想を追い求め合う狭間、その小さな体で重い運命を必死で受け止めようとする子供がいる。
結局、この国を動かしている大人たちは、苦しい現実を子供になすりつけて、自分たちは赴くままに理想を見ているにすぎないではないか。
「マリー」
行ってきなさい、と声をかけるつもりだった。
お前の思うことは、間違ってなどいない、と。
だが、それをさえぎったのは、唸るように轟く地響きだった。
☆ ☆ ☆
眠りから目を覚ますと、その視界に自分を心配そうに見つめる少女と老人の姿が目に入った。
「イリア、親方……」
その後ろに窓が見える。外はもうすでに暗かった。
ぼんやりと「もう夜か」つぶやいてまた寝ようとしたが、
はっと体を起こし「デュオっ!?」叫んだ。
「気絶しているのを親切な人に発見されて、ここに担ぎこまれてきたのよ。勝ち負けは別として、とにかく、大会が無事に終了してよかったって、そうジェフさんと話をしていたところなの」
ジェフ――盗賊ギルドの親方――の方向を向く。その顔はにこやかに笑っていた。
「よく頑張った。賞金はもらえなかったかもしれんが、なーに、今でなくてもいいことじゃ。あせるものでもない」
「ちょっと待ってくれ」
コートがさえぎる。
不思議そうな表情を浮かべる二人。
ややあって、全てを理解したコートは顔を両手で覆った。
叫ぶ。
「ちくしょう! 何でも一人で片付けやがって!! スリースターズはいつも一緒だって、言ってたのお前じゃねえかっ!!」
突然のことに驚く二人。
「……コート……?」
ジェフが尋ねる。
「親方。……詳しいことは、話してられない。俺、行かなきゃ。最後の最後まで、仲間を見捨てたくないんだ」
そう言ってコートが家を出ようとしたまさにそのとき。
家中の窓ががたがたと振るえ、次の瞬間大地が怒りを表したような轟音が近くで聞こえた。
「なんじゃ!?」
ジェフが目を見開く。
戸惑うまもなく、家のぼろいドアが開き、人が現れた。
貧相な格好をした、少年だ。
「ロレント!!」
ロレントと呼ばれた少年――おそらく盗賊団の一員に違いない――が叫んだ。
「親方、大変だ! モ、モンスターが……街中を取り囲んでる!!」
悲痛な声にジェフが落ち着くよう言った。
「街を取り囲む防壁が全て破られたのか?」
ロレントが答える。
「い、いや、貧民街に近い通用門には、いまのところモンスターの手は回ってない。でも……町外れの丘に近いところにある門は、もう破壊されて……一部のモンスターはそこから街中に入り込んじゃってるよ!」
その言葉にコートが驚愕する。
「丘に近いところ……カルティナ区! マリーの家のまん前じゃねえか!!」
「マリーさんの家!?」
イリアが叫ぶ。
「あわてるな、コート。ロレント、すぐに貧民街の盗賊団全員に召集命令をかけるんじゃ。貧民街周辺はわしらが守備にあたる。しばらく持ちこたえれば騎士団がやってくるじゃろう。イリア、お前は女子供を街の教会へ避難させなさい」
「わかりました」
イリアは冷静な表情でうなずいた。
「親方、俺!」
「黙れ若造っ!!」
ジェフの剣幕にコートが怯む。
「冷静さを失ったとき、盗賊は盗賊でなくなる。落ち着けコート。今のお前が何をしようとしているのか、それがおまえ自身わかっているか?」
怒鳴られて、言葉をなくすコート。だが真っ白になった頭の中で、やるべきことが整然と整理されていくのがわかった。
そして、気が付けば、冷静さを取り戻していた。
コートは素直に答える。
「俺は、仲間を……マリーを助けに行きます。そして、マリーとともに、デュオの元へ行きます」
言い切ると、ジェフが満足そうにうなずいた。
「落ち着きを取り戻したようじゃな。よし。イリナのことは、わしに任せて、早く仲間を助けてあげなさい」
静かにうなずくコート。
そして次の瞬間には、風のように家を飛び出していった。
「よーし、私も頑張る! モンスターなんかに負けてたまるもんですか!」
イリナが勝気な声を上げる。
ロレントのほうを向いて、ジェフが口を開いた。
「ディース貧民盗賊団の出番じゃ!!」
スリー・スターズ ポエムニスト光 (ノアキ光) @noakira
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。スリー・スターズの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます