星降る夜に

月野志麻

星降る夜に

 その夜は、たくさんの星が降っていた。それをひとつ捕まえるみたいに、クロは虫取り網で小さく光る丸い玉を掬うと、大事そうに小さな桐の箱の中にしまった。淡い光が、蓋の隙間から漏れている。クロがそれを撫でると、しゃりしゃりと擦れる音がした。

「どうするんだ、それ」

「ぼくが送り届けるんだ」

クロの黄色くて大きな目がゆっくりと瞬く。

「どこに」

「ぼくが行ったところさ」

ふぅん、と返す。クロがどこにいるのか知らないけれど、今日になるまで帰ってこなかったのだから、随分と良いところなのだろう。顔はクロのままだけれど、立ち姿はまるでニンゲンにでもなったようだ。そこはきっと、そういうこともできる場所なのだろう。

「そういえば。ブチが一緒に寝てくれなくなったって、『かぁか』が言っていたけど」

「海の匂いがしたからね」

 海の匂いは嫌いなんだ、としっぽが勝手に床を叩く。いつの夜からだっただろう。眠る『かぁか』の布団にもぐったら、あの日の海と同じ匂いがした。それは次の日になっても、その次の日になっても、ずっとそうだった。『かぁか』と眠ると、それを思い出すから、いやになった。クロがいなくなる前の晩もそうだった。段ボールが少しずつ湿っていくのを感じながら、クロと身を寄せ合って、ざざん、ざざんっていう波の音に負けないよう鳴くしかなかった、あの日のことを思い出すから。今度はクロが「ふぅん」と鳴いた。いまいちピンと来ていないような顔だった。

「さて、それじゃあ、ぼくはもう行かないと」

「もう行くのか」

「これから忙しくなるからね」

 クロは言った。『かぁか』だったものが入った桐の箱を、クロのずんぐりした手が、布で器用にくるむ。そして大事そうに両手で抱え直した。川がどうだとか、へその緒がなんだとか言っていたけれど、半分もよく分からなかった。

「あ、そうだ。ブチ。君にはまだ、随分と先のことではあるんだけどさ」

「なに?」

「あっちへ行くと、まずは名前を聞かれるんだ。そのときに『かわいい』と答えてはいけないよ。『かわいい』は名前じゃないからね」

ぼくは知らなくて笑われちゃったから、とクロは三角の耳をパタパタと動かした。「ふぅん」と返せば、あなたも知らなかったでしょ、と言いた気に、桐の箱の中、布越しでも分かる光が、笑うように揺らめいた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

星降る夜に 月野志麻 @koyoi1230

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ