第16話 小笠原町父島字東町
あの日から数ヶ月、日差しは日に日に強くなっていた。
「ここかな?」
小さな店を探しあぐねて大通りから一本入った車道を、車の窓から店先を確認しながら往ったり来たりしていた。
「ここか、『古董庵』名前は良いんだけど表示が小さすぎるよね。これじゃあ見つけてもらえないじゃない。見つけないで下さい。って言ってるようなものでしょ。ま、入ってみるか、こんにちは~」
歩道に半分かかるように車を止めて、信楽焼の狸の横の小さな殴り書き程度の紙の立札に店の名前を確かめ、勢いよく扉を開けた。
「おや、うちの店に用があるような人には見えないけど…」
綺麗なお姉さんが苦手なのか、はたまたパリッと着こなしたスーツ姿が気に食わないのか、店主は付けかけたタバコを箱に戻して、訝しげに佐和子を見上げた。
「あら、こう見えても好きですよ、骨董。忙しくしててなかなか出会えないけど、こういう匂いも嫌いじゃない」
佐和子は身なりを正して深呼吸すると店主に挨拶をした。
「あの、二ヶ月ほど前に、私とは対照的な地味な女の子が…」
「ああ、ああ、ちょっと風変わりな女の子な、あの子が引き出しをプレゼントしたいって相手…だったか~そうか、そういえばそんな感じだよね」
さすがにものを見る目はある。目利きの骨董屋だね。と佐和子は思った。
「でも、え、あの子は?どうしたの?」
失礼にも指を指してお前は誰だと言わんばかりに…
「ちょっと訳があって引き取りに来れなくなったんです。もう一生あの島から出れないから。それで私が代わりにね」
「島…?出られないって物騒だな」
カバンの中を探って手帳の中に挟まったメモを取り出す。
「そうなんですよ。此処に、あの子のものを送ってほしいんです」
店主はメガネを下げて渡されたメモ用紙を読み辛そうに遠ざけたり近づけたりした。
「小笠原村、父島、東町…やぁ~また、思いっきり遠いところだな。こんなところへ行っちゃったの?
また何で~とは思うけど、だけど、あの子なら良いかもな、こんなところがな。なんか急な事が起きたんだな。そうでもなけりゃあこんな遠いとこ…」
「嫁に行ったんですよ。ひょんな事からひょんな縁ができちゃって~
私はちゃんと仕事してもらえばいいんです。あの自然に取り込まれて仕事しないなんて言うようになったら大問題だけど、離島にね、親戚が出来たと思って、休みのたびに行けば良いんだから」
佐和子は改めて自分の立ち位置を確かめながら、愚痴とも言い訳ともつかぬ溜息をこぼした。
「へえ~嫁に行ったんだ。やるね~依子さんか、こんな名前の人だったか〜」
店主の反応がのんきそうで身内気分だった。
「私のものはもらって帰ります。このまま車に積んで、今日頂いてっても良いですか?」
「あ、あれね。磨いておいたよ。意外と良いものになって、あの子出来るよ。目利き出来る」
「これなんだ〜。一目惚れって言ってましたよ。良いね。さすが依子、あの子の形見だと思って、うん、大切にします」
「形見って物騒だな」
うつむく佐和子の顔に影がさした。
それを見逃さなかった店主が、思ったより優しい声を出して、
「はは~たまには覗いてくださいよ。良いものがあったら取って置くからさ。骨董品も大切にしてくれる人がいないと古びたまま終わるしかないからね。こう見えて俺、腕利きの古物商だから」
と盛大にウエルカムな意思表示がてら大笑して、依子のことを一緒に懐かしがってくれてるような気にさせた。
「どうも」
「看板、考えたほうが良いですよ。これじゃあ客寄せになりませんよ〜」
「良いんだよ。一見さん相手に商売してないからね」
「まあ、依子に沢山買ってもらったのに」
「はは、だな」
外まで見送りに出てくれた店主に頭を下げて、車に乗り込んだ佐和子は、助手席に積んだ小引き出しをひとなでするとシートベルトをかけた。
「さあ、次はあの子の部屋、片付いてるのかな~」
休みを利用して依子の身辺の整理をして、アパートを解約して荷物を送る。のんきに移住を決めた依子と違って佐和子は後始末に忙殺されていた。
信号待ちで、一つため息をついて、二週間ほど前に届いたメールを思い出していた。
『部屋を片付けて荷物を送ってください。
いろいろ迷惑かけてごめん。
あの店の住所、後で調べて送ります。
プレゼント、気に入ってくれると嬉しいです。
お腹の子と三人で星空を見上げてます~
こっちへ来て初めての雲一つない満天の…星空です』
佐和子は全部が気に入らなかった。後悔せずにはいられなかった。今まで生きてきて最悪の出来事。一番理解し合えたはずの戦友というべき依子を、衝突に近い衝撃的な一目惚れ騒動でいとも簡単に失った。
愛なんて不可解なもののために…
自分が計画した人生初の船旅に意気揚々と出かけて、自他ともに認める我儘な自分が、お人好しの依子を振り回してどんなに楽しい旅を送るんだろうと興奮していたはずなのに…
あろう事か反対に、未だ信じられない青天の霹靂に見舞われて、こうやって尻拭いならぬ諸処の手続きに奔走している。
だけど…佐和子は…依子の幸せを一番に望んでいた。
結婚を諦めて絵を描くことだけに喜びを込めて文句も言わずただひたすら生きていた親友の、人生を変える事件に立ち会えたのだ。
本人の気持ちはともかく、慎ましく生きるだけの人生で、それで言いのかと疑問を感じていたのも自分の方だった。
こうなったら喜んでやるしかないと割り切る。自分の蒔いた我儘の種で依子が幸せになるんだ。
仕事を持つ喜びにもう一つ乗っかる家庭と言う安住の地を手に入れたんだから、それは願ってもない一つの生きる証に違いない。
こうして満面に笑みをたたえた、未だかって見たことのない日焼けした健康的な依子の写った写真が手元に存在するんだ。夢じゃない現実だ。
考えは堂々巡りする。自分に置き換えてみても、所詮考えの及ばない幸せには理解が追いつくはずがない。『良いのよ、私はちゃんと仕事してもらえれば』もう一度呟いて車を走らせる。
そう、寂しさを紛らわす方法は知っている。世話を焼くのは嫌いじゃない。こうやって走り回るのが性に合ってる。大きなプロジェクトがこの先もずっと待ってる。私には仕事がある。
そう、言い聞かせなくても現実は計画通り進んでいる。
佐和子は理解し難い難問にぶつかるたび、依子の幸せな顔を一瞬思い浮かべる。そして、さっさと切り替えてまた、自慢のハイヒールで走り続ける。
END
未来は気まぐれに満ちている @wakumo
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