Accident or Incident

 熱気が冷める前に朝日が昇ったフアン・モレル・カンポス公園。立ち並ぶブロンズ像がオレンジ色に染まる。公園は平時の景色とは違い、まるで戦地の前線キャンプのようなテントが並べられている。

「知事が亡くなった当日、間違いなくシルビオはトリニダード・トバゴに居ましたよ。交通事故の怪我で療養中だった彼女とも同時にビデオチャットで話しましたからね。間違いないですよ。ログも残っている」

 映像と音声が記録される中、キミハルはシルビオのアリバイ証明をしている。この場にいるのは、キミハルとFBIの捜査官三人だけだ。

「それと、こう言っては何ですが、そもそも知事の死亡した状況を考えて」

「いや、そこまでで結構」

 キミハルの正面に座っていた捜査官が話を打ち切り、背後に立つ二人の捜査官に目配せした。その捜査官がテーブルの上で書類を揃えて立ち上がった時、一枚の資料がキミハルの足元に落ちた。その資料にあった女性の画像を見て、キミハルは「おや」と目を輝かせた。

「シルビオは彼女とのことは内密に、なんて言っていたけど、さすがのFBIには交際がバレてしまっているんですね」

 目じりに皴を寄せるキミハルに、背後にいた捜査官二人が詰め寄ろうとしたのを、キミハルの証言を聞き出していたリーダー格の捜査官が止めた。

「交際している彼女、ですか?」

「あれ? そういう資料じゃないんですか? 私が事故当日シルビオと話した時に一緒に居た彼女ですよ、このコ。トリニダでしょう?」

「うむ、そうか。彼女も一緒だったか。ん?」

「どうかしましたか?」

「今『事故当日』といったかね?」

「ええ。だって、明らかに事故でしょう」

 キミハルは再び回されたカメラの前で、新たな証言を始めた。


「『トリニダ』の語源は三位一体だったかな」

 キミハルとシルビオは、カサ・バカルディでサービスカクテルのモヒートを飲みながら、対岸に見えるサン・フェリペ・デル・モロ要塞を眺めている。

 カサ・バカルディ敷地内にある風力発電の風車越しに見る十六世紀の遺産は、増改築を重ね、正にこの国を表現しているかのようだ。

「もういいだろ『三』の話は」

「自分が始めた事じゃないか。まあ、それだけシルビオが彼女のことを真剣に考えているってことがわかるよ」

 キミハルも、今回のことは簡単に答えが出せなかった。自分がどうすべきかの答えがだ。

 結果的に重犯罪をひとつ闇に葬り、テロに加担したのかもしれない。あるいは、もっと大きな悲劇を事前に食い止めたのかもしれない。あるいは、ただ真実を述べただけだったのかもしれない。

「あれは事故じゃなかったんだよ」と、後世に語られるかもしれない。友と飲み語らう者たちによって。

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二重奏のバラライカ 西野ゆう @ukizm

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