第3章『命名、ジョン13』

 その後、エディは見張りの兵にひと言ふた言告げると、タックを連れ、情報集めのために付近の店をめぐって歩いた。夕方も近づき、開店準備をしていたところもあったが、店主たちがまだ階上の自宅で眠っていたり、居留守を使われると、エディは声をはりあげた。


「ちわー、肉屋です!」


 大きくノックをする。「ごめんくださーい! 肉屋でーす!」爽やかな好青年風の大声で叫ぶとまたノック。決してあわてない。扉が開くと、とたんに声を低くしてするりとなかに入りこんだ。「はいちょっとごめんよ。ノス班だ。話をきかせてもらうよ」


 タックはおとなしく後ろについて入った。


 こうやって次々に回っていると、被害者が勤めている店や、素性がわかった。昼は食堂、夜は酒場になる店で女給として働いていた。昨日は夜九時の閉店後、まもなくひとりで帰ったそうだ。


「いつもは恋人が迎えに来るんだけど、昨日は来なかったみたいよ」


 被害者は、じきに結婚する予定の若い男と暮していた。吸血鬼の知人がいるかどうかは、誰も知らなかった。同僚との仲は良好。働き者の、いい娘だった。


 通りで井戸を見つけ、のどをうるおしたり、エディが手を洗ったりしていると、晩課の鐘が鳴った。夜六時。陽射しが弱くなり、空の端が朱に染まってきた。大きな通りに出ると、行商人や露店でにぎわっていた。


「もう帰りたいけど、まだ明るいしなぁ。被害者の自宅へ行くか」エディは伸びをして、気が進まないけどよ、と言って歩きだす。

「タック。あんた、ノスについてどれだけ知ってる? ん、いや、一般的な意味で言うところの、吸血鬼ってやつだけどさ」

「お芝居とか、物語に出てきたのしか知りません。実在するかすらあやふやでしたね。……吸血鬼が人を殺す事件を担当することになるとは、夢にも思いませんでしたよ」タックは無表情に答えた。もともと感情を表に出さないほうだが、今日の午後からは特に表情が抜けおちた顔をしていた。

「え。ノス、いるよ。あんただって幽霊を見たんだろ? じゃあ吸血鬼の存在くらい信じたってよかっただろ」エディは元気そうに言い返した。足取りも力強い。

「亡霊には触れないから、存在していていいんですよ」

「そっかぁ? 幽霊って人間をたたり殺したりしないの?」

「しないんじゃないですか。それこそ物語のなかだけですよ」

「え、怪談じゃあ――」



 繁華街から少し歩くと、細い家がびっしり並んでいる区画があった。家を探しあてると、狭い急な階段をのぼった。屋根裏部屋に住む、目当ての男は在宅していた。


 帰ってこない恋人を心配して、今日は仕事が手に付かず早帰りしていた。これから恋人の勤め先に行くところだ、と男はしどろもどろに言った。急にやって来た見知らぬ二人組を見て青ざめている。


 エディは質問を浴びせた。男は、被害者に吸血鬼の知人はひとりもいないし、不審者に付け狙われてもいなかった。被害者の様子も通常と変わらなかった。外泊なんてしたこともなかったと答える。ひととおり質問が終わると、エディは手短に、恋人の消息を知らせた。


「――遺体はノス班本部に運ばれ――」男は口を大きく開けたが、なにも言わずに閉じると、身をひるがえして走りだした。階段を駆けおりる足音が響いた。


エディは頭をかいてため息をついた。「泣かれたり、騒がれたりしたら、どうしようかと思ってた。……ま、おれたちも本部に顔を出すか」


 タックは物が少ない部屋を一瞥してから扉を閉じた。




 吸血鬼犯罪対策特別班の本部は、市庁舎の端に位置していた。エディは大部屋からカップとやかんを持ち出し、肘で班長室をノックすると、返事を待たずに中に入った。タックは頭をかがめて戸口をくぐった。班長はなかにいた。疲れた顔をしていた。エディは笑って、どうしたのかと訊いた。


「……ノス市民と人間市民のカップルが相談に来ていた。結婚したいが、家族から反対されてるらしい……」

「お疲れさん。その手の相談って話が長いよな」


 エディはテーブルにカップをみっつ並べると、やかんの中身を注いで班長とタックにも渡した。


「人間と吸血鬼の結婚は法律的にどうなっているんですか?」タックはひと口飲んだ。薬草を煎じた湯冷ましのようだった。

「禁止されてはないが……」さっきまで姿勢よく座っていた班長は、椅子の背もたれに深く背中を預けた。そんなに疲れたのだろうか。「心情的に歓迎しない人間が多い」


 しばらくよもやま話をすると、班長は机の上に書類を置いた。犯行現場を描いたスケッチと、遺体を検死した報告書だった。検死はおおむね、エディの所見と合っていた。エディは調査の結果を班長に伝えた。


「――今のところ、ノスが腹をへらしてがっついた、って感じだな」

「つまり、犯人は、一人歩きの若い女を偶然見つけて犯行におよんだんでしょうか?」

「もし、犯人がこの女給を付け狙っていたのなら、路地裏ではなく、どこか屋内に引っ張りこんで、時間をかけて犯行を遂げた可能性が高いからな」と班長は言った。「繁華街を中心に、巡回の強化を要請した。ノス・ネットワークにも照会を出している」

「おれたちも巡回に出る?」

「まだいい。今日の動きはこんなところだな」


 エディはタックに顔を向けた。「ノスの市民と村民をみんな網羅したネットワークがあるんだ。これで連絡をつけたり、協力してもらったりしてる。今回は、怪しい行動をしているノスはいないかとか、訊いてもらってるんだ」こう説明すると、立ちあがった。「じゃあ、帰っていいかな」


「ちょっと待て、エディ。犯人の仮称を決めないと」班長は呼び止めるとペンに手を伸ばした。

「そうだった。――短く、ジョンでいいや」エディは腰につけた道具入れからなにかを取りだすと、タックに手渡した。タックは手のひらのさいころを見つめた。

「二回振ってくれ」


 タックはテーブルの上にさいころを転がした。「一、三です」

「では、容疑者をこれからジョン13と呼ぶこととする」班長は書類に書きこんだ。

「仮称って、それでいいんですか?」

「本名がわかったら書き添えるからいいんだよ」




 二日後、近郊の村から、子羊と山羊のばらばら死体が本部に運ばれてきた。腐敗臭がする肉片に鼻を近づけていたエディが首を振った。「犯人の血は残ってない」


 しかし、二本の牙がつけた穴の深さ、穴と穴のあいだの距離を調べたところ、吸血痕が女給につけられていたものと一致した。なんども執拗に噛んだ形跡がある点も同様だった。


「うん、ジョン13のしわざと確定していいな」エディは物差しで首の裏を叩きながらタックを振り返った。「報告書にそう書いてくれ」

 タックはペンを取った。




 さらにその翌日、各所から連絡が入ってきた。

 ノス・ネットワークからは、不審な行動を取っている吸血鬼市民の心当たりはないと返事が返ってきた。

 墓所には異常ありません。と、墓守や管理人が報告してきた。棺に入れられて埋められた死体が吸血鬼となってよみがえった形跡は、一切ありません。

 最近死んだ遺体が埋葬前に行方不明になった事件もなかった。




「よって、ジョン13を、よその土地から流れて来た、いわゆる、はぐれ吸血鬼と認定し、この見込みで捕獲活動に入る」と班長はふたりに告げた。

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『吸血都市』第1話『ジョン13』 きゆき @AuJu23OO_

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