05 宅飲み

 わたしは晴れて大学に合格した。

 姉と一緒に広い新居を探した。少しでも妙な気がする物件は避けた。あれから姉は特にこわい目には遭っていないらしく、無事に三年生になった。

 引っ越して三ヶ月くらいが経った頃だ。わたしもすっかり大学に慣れ、友人もできた。残念ながら、男の子とお近づきになる機会はないのだけれど。今は姉との生活が楽しいし、彼氏がいなくても寂しくなかった。

 蒸し暑い夜だった。姉はサークルの飲み会に出かけていて、わたしは一人でそうめんを食べた。


「遅いなぁ……」


 日付が変わっても、連絡ひとつなかった。さすがにそろそろ電話でもしようか、と思ったとき、ガチャリとドアが開いた。


「ごめんごめん。ちこちゃん、三軒目行ってたぁ」

「もう、なっちゃんったら……えっ?」


 姉の背後に、頭から血を流した金髪の男性が、笑顔で立っていた。


「その人は……?」

「あれ? 名前何だっけぇ。まあいいや。一緒に飲んでたのぉ」


 男性はわたしの目を見ると、口角をさらにくいっと上げた。姉は相当よっぱらっていた。こりゃダメだ。姉は景気よく口走った。


「さっ、飲み直そう! 冷蔵庫にビールあるから!」


 姉は男性を家にあげてしまった。彼は礼儀正しく脱いだ靴を揃えた。お腹から内臓がこぼれ出ていた。


「なっちゃん……なっちゃん……その人、もう……」

「こいつ、ノリいいんだよねぇ。お酒も強いし。マジでいい奴だよぉ」


 どうしよう。もうこんな時間だ。伯父は呼べない。わたしが何とかするしかない。わたしは二年前のことを思い返した。話を聞いてやるだけでもいい、と。


「……どうぞ」


 わたしたちは、ローテーブルを囲んで座った。男性はずっと笑顔だった。姉が缶ビールを取り出すと、彼はごくごくと一気に飲んだ。姉がバンバンと男性の背中を叩いた。


「よっ、いい飲みっぷりだねぇ。二杯目いこうかぁ」


 わたしは麦茶を飲みながら、目のやり場に困っていた。顔は血まみれだし、お腹も裂けている。そして、何も喋ろうとしない。


「あの……わたし、妹の真智子です。姉とはどちらで知り合ったんですか?」


 男性は頷いただけだった。姉が代わりに答えた。


「いつの間にか隣の席にいたよねぇ。同じサークルだったっけぇ……? まあいっか。お姉ちゃん、ちこちゃんの話ばっかりしてたの。いかに妹が可愛いかってねぇ」


 それは嬉しいが、今はそれどころではない。わたしはトイレに行き、伯父に電話することにした。


「伯父さん? あのね、なっちゃんが……連れて帰ってきちゃったの。今一緒にお酒飲んでる」

「連れて帰ってきたって、まずい奴をか」「そう。確実に生きてる人間じゃない。伯父さん、どうしよう」

「今からは伯父さん行けないしな。いいか、真智子。一緒に酒飲んでるってことは、前と似たようなタイプだ。決して好かれすぎちゃいけない。奈津子に執着させないこと。こわいだろうけど、頑張るんだ。伯父さん、始発でそっちに行くから、持ちこたえろ」


 電話を切り、戻ると、姉はお腹を抱えて笑っていた。


「ちこちゃん、ちこちゃん、こいつ、自分がもう死んでるとか言い始めたよ。おかしいよねぇ。それで、お姉ちゃんのこと好きになっちゃったって。あははっ!」


 最悪の事態だ。男性はねっとりと姉を見つめ始めた。わたしはとっさに姉の手を取った。


「ダメ。なっちゃんは渡さない。なっちゃんは、わたしのものなんだから」


 自分でも何を言っているんだろうと思った。けれど、姉を守るためだ。戦うしかない。


「えっ……ちこちゃん? そんなこと思ってくれてたのぉ?」


 姉がしなだれかかってきた。酒くさい吐息がわたしの頬にかかった。


「うふっ、お姉ちゃん嬉しい。お姉ちゃんもね、ちこちゃんを自分のものにしたかったの。けど、姉妹だからさぁ……」

「なっちゃん?」

「でも、なっちゃんがいいなら、いいよね」


 わたしは姉に唇を奪われた。しかも、ぐいぐいと吸い付かれた。引き剥がそうとするが、酔っぱらいのくせに力が強かった。結局、口の中いっぱいに姉の舌が這い回った。


「ちこちゃん、好きぃ……」


 姉はわたしの肩に顎を乗せ、ことりと寝てしまった。男性の顔を見ると、悲痛な表情をして立ち上がり、靴をはいて出ていってしまった。

 わたしは姉を床に横たえさせ、跳ね上がった鼓動を抑えるべく、深呼吸をした。そのまま一睡もできずに朝を迎え、伯父を出迎えた。

 一部始終を聞いた伯父は、ぽかんと口を開けた。


「まあ、良かったんだが……その……これから大丈夫か?」

「わかんない。酔った勢いだったんならいいけど」

「アレだ。お父さんとお母さんには内緒にしててやるから」

「お願い。絶対言わないで」


 姉はイビキをかいて、だらしなく寝ていた。伯父が帰り、昼過ぎになってようやく起きてきた。どうか忘れていてくれと願っていたのだが、姉はバッチリと覚えていた。

 それから、きちんと姉の想いを受け入れたのは、もう少し経ってからだ。それからも、姉は色んなものを連れて帰ってきた。その度に追い払ううち、わたしもすっかり慣れてきて、姉と生きることはこういうことなのだと肝が座った。

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姉と一緒に 惣山沙樹 @saki-souyama

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