04 真相

 出迎えてくれた伯父は、予想とは違い爽やかな表情をしていた。お酒のにおいもした。


「おう。終わったぞ。それでさ、奈津子。ベランダでタバコ吸ってもいいか? それから話す」

「うん、いいよ」


 伯父の喫煙を待って、わたしたちは事の次第を聞いた。


「あれな、二十年前に死んだみたいなんだ。伯父さんと同世代だった。だから話が盛り上がってよ。コンビニ行って酒買って、一緒に一杯やってた」


 姉はプッと吹き出した。


「伯父さんったら、そんなので追い出したの? てっきりお経とか唱えたのかと思った」

「ああいうのはな、話を聞いてやるだけでもいいんだよ。バンドマンの彼氏がいたらしくてな。そいつに捨てられて、やけになって首吊ったらしい」


 伯父によると、首に巻き付いたロープを切ってやって、それから二人で飲んだらしい。彼女はさめざめと泣き出して、彼氏を呪ってやると延々繰り返していたそうだ。

 そして、彼女はこのクローゼットから出られなくなっていたというのがわかった。ただ、わたしや伯父のように、ある程度「わかる」人間にしか感知できない。

 彼女はずっと待っていたという。自分の恨み辛みを吐き出せる人間を。そして、ようやくわたしが見つけてくれたから、嬉しくて笑ったそうだ。


「スッキリしたんだろうな。朝日が昇る前に消えていったよ。彼女の名前も聞いた。伯父さん、調べてみる。お墓とかあれば訪ねてみる。ついでに彼氏がどうなったか知ることもできたらいいが……まあ、難しいだろうな」

「ありがとう、伯父さん。これでここに住み続けても安心だね!」


 もう消えたとはいえ、ここに住むことに抵抗はないのか。わたしはちょっと呆れてしまった。


「そうだ、奈津子。この部屋は奈都子が選んだのか?」

「そうだよ。内見したとき、なんだか馴染むなぁって感じがして。まさか事故物件だったとはね」

「まあ、二十年も前の話だからな」


 伯父が帰ってしまう前に、あの話をしないととわたしは口を開いた。


「あ、あのね、伯父さん。ラブホに泊まったんだけど、その……生首が出てね。わたししか見てないんだけど、ついてきてない? 大丈夫?」

「ああ、大丈夫だ。ラブホで生首か。真智子も災難だったな。で、部屋はどっちが選んだんだ?」

「なっちゃん」

「はぁ……なるほどなぁ。奈津子は感じないけど、そういうのに引き寄せられるタイプみたいだな。今までも、気付いていないだけでそういうのあったんだろうな」

「えー、そうなの?」

「よくぞ無事にここまで大きくなったよ。ああ、改めて、大学合格おめでとう。ちゃんとしたお祝いはまた今度渡すからな。また何かあったら伯父さんに連絡しろ」


 そうして伯父は立ち去った。わたしはどっと身体の力が抜けてきた。


「ちこちゃん、トースト食べる? りんごのジャムもあるよ」

「お願い」


 わたしは布団に突っ伏して、トーストが焼けるのを待っていた。この夜は二つも変なものを見てしまった。姉が感じない体質でよかったのかもしれない。彼女の明るさに救われた。


「はぁい、できたよー」


 わたしはたっぷりとジャムをつけた。姉は温かいコーヒーも出してくれた。もう、クローゼットからは嫌な感じはしない。心強い伯父を持って本当に良かったと思った。


「ねえ、なっちゃん」

「なぁに」

「わたし、なっちゃんと同じ大学に行く。受かったら、一緒に住もう。なっちゃんのこと、心配だよ」

「いいけど、レベル高いよ? 勉強大丈夫?」

「今から頑張る。絶対合格するね」


 姉のマンションを出て帰宅すると、父も母もリビングにいた。母に尋ねられた。


「奈津子は元気にしてた?」


 まさか、あの一夜のことを言っても両親は信じてくれまい。伯父とは違い、そういう話には冷ややかなのだ。二人が伯父のことを疎ましく思っていることも知っていた。


「うん。元気そうだったよ。一緒に部屋で映画観たよ」


 本当のことは言わないが、嘘も言わない。これで切り抜けられるだろう。わたしはダイニングテーブルの椅子に腰かけた。


「それでね、わたしもなっちゃんと同じ大学受けようと思うの」

「あら、そう。真智子の成績でいけるかしら?」

「まだこれからだよ。しっかり勉強するね」


 昼食は焼きそばだった。わたしはいつもは食べた後のお皿はそのままにしているけど、今回からはシンクに持っていくことにした。


「あら真智子、珍しい」


 母が微笑みかけた。


「わたしもこれくらい、するよ。料理も教えてね」

「わかった。真智子も早く家出たいのね。二人とも居なくなると、寂しくなるわぁ……」


 一ヶ月後、伯父から例の女性のお墓参りに行ったと連絡がきた。当時の友人だったと嘘をついて親族に会ったらしい。まあ、一晩二人で飲んだのだ。立派な友人だろう。

 お墓には、缶ビールを供えたという。わたしも彼女の冥福を祈りながら、勉強に力を入れた。姉はというと、女子大生生活を謳歌しているようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る