03 お泊まり

 伯父と会うのは久しぶりだった。彼は地図アプリを頼りに姉のマンションまで辿り着いてくれた。半袖のシャツ一枚に、ズボンに荷物を詰め込んできたという格好で、急いで駆けつけてきてくれたんだということがわかった。


「このクローゼットだな。見たのは真智子だけか」

「うん、伯父さん。なっちゃんが開けると何もいないの」

「開けなくてもわかる。いるな。伯父さんが何とかする。一晩でカタをつける。奈津子と真智子はどこかホテルにでも泊まれ」


 そう言って伯父は財布から一万円札を出して姉に渡した。わたしと姉は、伯父を残して部屋を出た。エレベーターの中で、姉は首をひねった。


「ホテルといってもねぇ……。この辺、あったっけ。ネットカフェは嫌だし。お姉ちゃん、きちんとしたところで寝たいな」

「とりあえずスマホで検索しようか」


 もう電車は走っていなかった。そして、歩ける範囲にあるビジネスホテルはないこともわかった。姉も渋い顔をしながら検索していて、あっと声をあげた。


「ちこちゃん。ここならあった。行こうか」

「うん」


 わたしはスマホを見ながら歩く姉の後をついていった。いつの間にか居酒屋なんかが立ち並ぶ繁華街に来ており、そこから少しだけ外れたところに、クリスマスでもないのにイルミネーションで飾られたお城のような建物があった。


「ここって……」

「うん、ラブホだね。ここしかないんだよ、ちこちゃん。入ろうか」


 姉は何のためらいもなく自動ドアをくぐった。入ってすぐ、パネルがあり、姉はさっと禁煙ルームを選んだ。フロントらしきカウンターがあったが、誰もおらず、辺りはしんと静まり返っていた。


「なっちゃん、こういうとこ、来たことあるの……?」

「まさか。初めてだよ。でも、なんとなくわかるでしょ」


 パネルの下にあった取り出し口から、一枚のカードキーが出てきた。姉がそれを取り、二階へ続く階段を上っていった。

 誰かとすれ違ったらどうしよう。そう思いながら、顔を伏せて廊下を歩いた。幸い誰とも会うことなく、部屋の中に入ることができた。姉は足を踏み入れるなり言った。


「あはは、センス悪っ」


 まず見えたのは、黄緑色のフレームに、ピンク色の寝具が乗っているダブルベッドだった。黄色いソファとガラスのテーブル、それに大画面のテレビもあった。

 直接あれを見ていない、聞いていないせいだろうか。姉はのんきに部屋の中を物色し始めた。


「あった。ちこちゃん、記念に持って帰る?」

「いらないよ。なっちゃんがもらえば?」

「お姉ちゃんは使うときないもん。はい、遠慮せずにどうぞ」


 ポンと真四角の包みを手渡された。くっきりと丸い形が浮かび上がっていた。こんなもの、手にするのは初めてだ。わたしは元あったところに戻した。

 姉は今度は風呂場に行き、何やらボタンを押して笑い始めた。


「見て見てちこちゃん、照明ついてるよ。何色あるかな?」

「もう……今ごろ伯父さんが頑張ってくれてるってときに……」

「こういうときこそ、楽しいことを考えようよ。ねえ、一緒に入ろう」

「えー、お風呂なら入ったじゃない」

「いいからいいから」


 蛇口をまわし、姉はお湯を入れ始めた。まあ、姉の言うことにも一理ある。せっかく広い浴槽だし、入ってみるのも悪くない。

 お湯がたまるまでの間、テレビを見ようとつけてみたら、いきなり男女の営みが流れて、わたしは慌ててチャンネルを変えた。

 もう日付は変わっていた。深夜のつまらないお笑い番組くらいしかやっていなくて、わたしはテレビを消した。


「ちこちゃん、入ろう」


 姉はするすると服を脱いだ。彼女の裸を見るのはいつ以来だろうか。相変わらず無駄な肉づきのないスレンダーな体型だ。

 わたしは洗面所にあったヘアゴムで髪をまとめた。そして、後ろから姉に抱き締められる形で、浴槽に入った。


「あはっ、ちこちゃん、おっぱい大きくなったね」

「やめてよ、もう」

「お姉ちゃんぺったんこだからさー、羨ましいよ」


 お湯の中で、チープな明かりがチカチカと光った。ここは、そういうこと、をする場所だけど……。果たしてこんなもので盛り上がるものなのだろうか。

 あがってダブルベッドに寝転ぶと、また姉はすぐに眠りについた。このお気楽さの方が羨ましい。

 わたしもさっさと朝を迎えてしまおうと、仰向けになったときだった。

 女の生首が浮かんでいた。

 首からボトリ、と血が流れ、わたしのお腹の上に落ちてきた。


「ひっ……」


 それきり、意識が遠くなった。気がついたのは、激しく姉に揺さぶられたからだった。


「ちこちゃん。もう、起きてよ、もう」

「なっちゃん! あ、あのね、また出た!」

「えっ、何が?」

「今度は生首! ここヤバいよ! 早く出よう!」


 窓が板でふさがれていたので、よくわからなかったが、もう朝になっているらしかった。お腹には血などついていなかった。

 姉は自動精算機に一万円札を突っ込んだ。それでも足りなかったので、自分の財布からいくらか出していた。

 伯父からは、もう戻ってきても大丈夫だと連絡が来ていたとのことで、わたしたちは姉のマンションに真っ直ぐ帰ることにした。

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