ショートストーリー⑥ ???年後の未来
川沿いの遊歩道に春が運ばれている。
並び立つ木々の枝先に、ほのかなピンク色のつぼみと、控えめに開いた花びら。
桜が咲いている。
薄い花びらを青空に向けて、ぽつりぽつりと命の存在を証明するかのように。
「わぁ、お
道の真ん中に美桜は立っていた。人の往来はない。ただ彼女だけが桜並木の主であるかのように、悠々と桜を眺めている。
芽吹く命に微笑む美桜の横顔は、いっそ神々しさすらも感じられる。陽の光に目を細める彼女は、アルカイックスマイルの穏やかさを漂わせている。
そんな美桜を、悠陽は少し離れて見守っている。
並んで歩きたいという思いと、愛する妻の尊い姿を全身くまなく目に収めたいという思いとのせめぎ合った結果だった。
悠陽と美桜は結婚していた。
リハビリの日々を超え、高校を卒業して、成人したタイミングで美桜と話し合って結ばれたのだ。
「ねぇ、ここらでご飯にしない?」
美桜がくるりと振り向き、悠陽へと笑いかける。
悠陽はうなずき、背負っていたリュックを下ろす。レジャーシートを広げて弁当箱を開く。
二人がかりで仕込んだ色とりどりのおかずたちが太陽の下で顔を出す。
「うわ~綺麗だねぇ!」
嬉しそうな美桜に、そうだね、と悠陽は笑い返す。
「ふふ。マドレーヌも楽しみだねえ」
うりゃうりゃと
いつぞやのホワイトデーで渡したそれは、いつの間にか悠陽の
「ん~いいにおい! 私、これから食べちゃおっかな」
美桜が子どものような奔放さでマドレーヌに手を伸ばす。
デザートを先に食べるの!? という悠陽のツッコミに「いいでしょ」といたずらっぽく笑う美桜。まだぬくもりのあるマドレーヌを摘まんで、口に運ぶ。
ピンク色の唇がよく焼けたお菓子をついばむ。
「おいひー、生きててよかったぁ」
そこまで? と笑うと、「そこまで」と美桜も笑う。
「ねえ、あなた。ずっと
美桜はお腹をさする。
まだ膨らんですらいない、けれど確かに宿っている新しい生命。
彼女は一人目の子を授かっていた。
「私たちが出会ったときのこと。あなたが助けてくれたときのカッコよかったとこ。それから仲良くなっていったこと。それから──あなたがコールドスリープについて、ほんの10年、離れ離れになっちゃったこと」
美桜が悠陽の手を握ってさする。
悠陽は妻の綺麗な指を握り返す。
「……でも、長い眠りから覚めて、もう一度いっしょに歩み始めたこと。時にはすれ違っちゃったこともあったけど……それでもあなたが私を選んでくれたこと」
そんなドロドロしたところまで話すことはあるのかと悠陽は尋ねる。
すると美桜は「当たり前でしょ!」と胸を張る。
「だって、ぜんぶ私の大事な宝物の日々だもん」
どこからともなく春風が吹いてきて、二人の頬を撫でる。
桜の花びらが二枚、空を舞う。
つられて、悠陽と美桜は上を向く。
澄みわたる青空へ吸い込まれるように、二枚の花びらはどこまでも連れだって飛んでいくのだった。
「……っていう未来予想図はどうかな!? どうかな!?」
きゃ~~~~と身悶えしながら美桜は腕の中の悠陽に尋ねる。
悠陽は答えない。
というか答えられなかった。
「ぐえ……ぐ……ぇ……」
美桜の腕が首に回されて息ができなかった。
ソファで座っていたところ、背後から美桜が腕を回して抱きついてきた。それから美桜が未来の展望を語りはじめて興奮し出したので、悠陽の首は見事に締められていたのだ。
頭の後ろにでっかくて重たくて柔らかい感触があるのにも気づいている。
胸だ。
(くっ、人をダメにするクッションが……このせいで俺は抜け出せないっ……!)
もう少しだけこの感触を楽しんでいたい。
けれど息は苦しい。
そのせめぎ合いを超え、呼吸が止まりかけてようやく、やっとのことで美桜の極め技から抜け出す。
「そりゃ素敵な未来だと思うけど……神々しさすら感じる横顔ってなに!? 俺ってそんなポエマーだと思われてたの!?」
「え~? ゆう兄ちゃんは見惚れてくれないの? ほらっ」
美桜が髪をふわりと揺らして横顔を見せつけてくる。
整った鼻筋、形のいい唇。それからシュッとしたあごのライン。
たしかに美しい。
「それは……見惚れないこともないこともないケド……」
「え~~どっちどっちどっち~~?」
「ぐぇえ、締めるの禁止! 胸! 胸、当たってるから!! 鳴っちゃう! アラーム鳴っちゃうからっ」
「このくらいなら平気だよ。私さいきん覚えたもん、ゆう兄ちゃんがどのくらいでドキドキするか」
「なにそのテクニック!?」
「ほれ~嬉しいくせに~正直に言いなよ~ほれほれ~」
(うぉ……でっか……)
「うれしいです! うれしいですからやめてください!!!」
「ならいいでしょ♪」
悠陽の嬉しい悲鳴は今日もリビングに響いている。
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【完結】むかし妹→いまは姉!? 生き返った俺はオトナになった幼馴染にお世話されている 宮下愚弟 @gutei_miyashita
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