ショートストーリー⑤ 年寄り~!?

「さいきんね、高野豆腐こうやどうふがアツいなって思うんだ」


 スーパーで買い物の最中。

 買い物カゴを片手に、美桜がふふんと胸を張る。


「高野豆腐? 凍らせて干したアレのこと?」

「そう! いまイチ押しの食材なの。保存も効くしー、腹持ちもいいしー、それにお豆腐だから栄養価も高いしー。いいことづくめなんだよ」

「へえ~。あんまり食べたことなかったなぁ」

「そうなの?」

「うん。売り場で探そうと思ったこともないや。ほら、お年寄りっぽいじゃん?」

「おとっ……!?」


 美桜の動きが固まる。


(あ、やべ)


 悠陽の肝がひやっと凍り付く。


「ふんっ。お年寄りっぽい? えぇえぇ、どうせお年寄りの私が選んだ食材ですよ。そうですよ。ゆう兄ちゃんがスピスピ寝てるあいだに10歳も歳を取りましたからね、えぇえぇ」

「あ~~~そうじゃなくて~~~~違うんだよ美桜ちゃん~」

「なにが違うのゆう兄ちゃん! いまじゃ私の方が年上なんだからねっ」


 ぷりぷりと怒るさまは、主張とは裏腹にとても幼く見える。


「ごめんよぉ、俺が言いたかったのは、そう、えっと……高野豆腐って地mじみ──」


 ギラッと美桜の目が輝く。


「──素朴そぼくって感じがして、俺が作ってきた料理とは系統が違うからどう使えばいいか分からないなーと思って! ね?」


 急ハンドルの軌道修正! 峠を攻めるドライバーもかくやという動きで話の方向性を変えてみせる。

 すると、むすー、とむくれていた美桜が口を開く。


「まぁ? ゆう兄ちゃんがどーしてもっていうなら? 教えてあげないこともないけど?」

「ははーっ、教えてくださいお願いします。どうしてもです」


 美桜はふん、と鼻を鳴らすと指を立てる。


「おうちで教えてあげる♪」


 というわけで二人は悠陽の家に帰ってきた。

 厨房に立った美桜がフライ返しを握る。


「最近のオススメは野菜炒めに入れること! 水分も旨味も吸ってくれておいしいんだよ」

「えっ、野菜炒めに高野豆腐?」


 悠陽には聞いたこともない組み合わせだった。


「意外? これがねー、おいしいの」


 話しながらも美桜は慣れた手つきで野菜を切っていく。

 悠陽が手伝うといったら「ちぇいっ」とダメ出しをされた。どうやら自分の役割を取られるのが嫌だったらしい。悠陽は大人しく話し相手に徹していた。


「うん、意外だった。うちでは入れたことないや」

「ゴーヤーチャンプルーに豆腐を入れたりするでしょ? だから高野豆腐と炒め物の相性がいいのは証明されてるんだからっ」

「言われてみれば。チャンプルーの豆腐って味が染みて美味しいんだよな」

「それにほら、野菜炒めって失敗すると水気がたくさん出ちゃうじゃん」

「ああ~……覚えがあるわ。キャベツとか白菜とかは特にな、水分が多いんだよな」


 悠陽は己の失敗を思い出す。

 火の通りを気にしすぎた結果、びちゃびちゃになってしまうのだ。


「それも高野豆腐さんがいれば、だいじょーぶ。水分をうまく吸い取ってくれるの!」


 美桜がフライパンで野菜を炒めはじめる。しんなりしてきたころ、仕上げに高野豆腐を投入する。

 ササッと混ぜ合わせるとすぐに野菜炒めは完成した。


「どや? イイ感じでしょっ」

「おおー。ありがとう高野豆腐さん」

「ふふん。お年寄りでも役に立つんだからねっ」

「ああまだ怒ってる! ごめんてぇ」

「これで美味しかったらちゃんと年上を敬ってもらうために……”美桜姉ちゃん”って呼んでもらおうかなぁ?」

「ぐえええ……呼びます、呼ぶから……」


 今日も平和なお昼ごはんの時間だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る