ショートストーリー④ もちもちなアレ

「そろそろ正月も終わりにしたいよぅ……」


 ソファで寝そべる美桜の一言に、悠陽はぎょっとした。スマホでネットサーフィンをしていた手が止まる。


「正月……?」


 バレンタインどころかホワイトデーだって過ぎている、桜も咲きはじめている。

 季節はめぐりにめぐっている。

 だというのに美桜は正月気分が抜けないという。


「もうすぐ四月だよ? どうしたのさ?」

「うぅ……それがね……」


 美桜は涙ながらに言う。


「お餅……お餅が尽きないの……」

「もち? 雑煮とかの?」

「そう。おしることかの。田舎のおばあちゃんがたくさん送ってくれたのは良いんだけど、その、ぜんぜん食べきれなくって」

「お、おお……それは大変……だね?」

「そーなの! 大変なの! おもちって別に嫌いじゃあないんだけど、さすがに毎日食べてると飽きちゃうでしょ? それにサイズと食べ応えのわりにはけっこうカロリーもあるから一度にたくさん食べるわけにもいかないしさあ」


 美桜がソファから体を起こして熱弁する。


「そうなるとだんだん私の方がモチモチしてきちゃうから、やめないと! って思うしさぁ」

「もちもち……」


 悠陽は美桜をじっと見つめてしまう。

 春らしく爽やかな薄手のカーディガンに包まれた、恵まれた胸のふくらみ。


(うむ、うむ。まぁ、確かに非常にもちもちとしている、かもしれない)


 などと思っていると。


「あーっ、ゆう兄ちゃん今、私のこと太ってるって思ったでしょ!!」


 美桜がドムドムと進撃してきて悠陽に詰め寄る。


「い、いやっ、けっして太っているとは……!」

「私こう見えても痩せてるんだからね!? これはその、胸がアレだから太って見えちゃうっていうだけだからね!? 本当だからねっ」

「おっ、おお……。そうだな……うん……」


 悠陽は目を逸らす。

 美桜とは恋人同士になったとはいえ、まだ手を繋いだ程度の仲なのだ。こうして近づかれるとどうしても照れくさくなってしまう。

 既にキスをした仲だという野暮なツッコミは控えおろう。

 ホワイトデーのあの日は気持ちが昂っていたし、なにより悠陽はキスをされた側なのだ。つまり自分から何かをする度胸はまだない。


(だって恥ずかしいからな!? 恥ずかしいんだよわるいか!?)


 キョドキョドと顔を背ける悠陽。その態度を美桜は不服に思う。


「なぁにぃ? もしかして疑ってるの?」

「い、いや、別にそういうわけじゃ……」

「ほら、ちゃんと確かめてよ!」


 ムッとした顔の美桜が悠陽の手を掴む。そして彼女は自らのお腹に悠陽の手をむぎゅりと押し付ける。


「へあっ!?」


 もちもちとした温かい感触が手に広がる。

 確かに太ってはいない。

 ただ女性らしく柔らかいだけだ。


(ぜんぜん『だけ』じゃないけどな!? これだけでも破壊力ヤバいからな!?!?)


 ぜんぜん平気じゃなかった。むしろ、兵器だった。ハートビートブンブンの心臓バクバクでビックリどっきりだった。

 だが平常運転でないのは美桜も同じで。


「ほ、ほら、分かった!? ゆう兄ちゃん!」


 やけに目が泳いでいる。

 自分が思っていたよりも肉がついていたことに驚いていたのだ。

 あれ? もちもちしちゃうなら説得力ないかも? ぶくぶくに太っているわけじゃないにしても、これは肥えてる判定なのかも!? という具合に。

 だが、強気に言い始めた手前、美桜は引き下がれなかった。


「いい? こ、これは太ってないの! 太ってないんだから! 分かった!?」

「わかった、わかりました。わからせられました」

 

 わからせられた悠陽は『乙女心を分かったご褒美に』と、おやつに美桜手作りのおしるこを食べるのであった。

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