STRAY SHEEP

ノーネーム

第1話 楽屋には サンタマリアがいない

「はい、チーズ!」

少年の俺は、友達と一緒に、即興のポーズを取る。

先生がシャッターを切る。その「きれいな」写真は、今でもまだ持っている。

夢から覚める。一日が始まる。

「思い出は美しい…いや、単なる出来事も、やがては美化され、‘‘美しくなる‘‘んだ」

俺はふと、そう思った。

故に、それを証明するための‘‘短い旅‘‘に出掛けた。

玄関のドアを開くと、外の陽射しが降ってくる。一歩踏み出した。

橋の上。目的地は、山の上。

時刻は8時半手前の外界。学校は、少年少女の声で賑わっていた。

さて、これからが本当の意味での「出発」だ。────幻覚がチラつく。

街の中を進み、通りを進み、ここで曲がる。

寺への入口。やがて深くなる山道。息を切らせながら登り、

赤い旗が連なる坂道をさらに登る。

…登り切った末、視界の先には、寺の門が立っていた。

嗚呼、かつてここで俺は──…四人で並んだ写真を先生に撮られた。

「先生、元気にしてますか」

ひとり呟き、階段を登る。門を潜る。ここには、何かあるかな。何かがあるのかな。

境内を巡る。

ひとり、本堂に手を合わせる。鐘を鳴らす。

だけれど…なんの反応もない。当然だけどな。

寺は、ただ、寺であった。誰もいない境内には、俺以外の誰も居なかった。

昔の友達もいなかった。昔の俺もいなかった。

「寂しいなァ…」

帰ろう。門に立つ。検証結果は…

──思い出は美しい。されど懐かしの地に行ったとて、もうそこには何もない──

「あったりまえだ」

俺の心は歪んで笑う。と。

「あんた、何やってんの?」

女性の声がした。大人のものだった。心臓が凍る。動悸、発汗。めまい。

「太田じゃん。あんたここで何やってんの?」

おお、嗚呼、神よ。何故。私を知るものを遣わすのですか。っていうか、あんた誰。

「…あ、そっか。20年も経ったらそりゃもうわかんないよね。

私。南井。南井五月(みない さつき)。」

「…噓」

「噓じゃないってことは、あなたが一番よく知っているでしょう?」

「…」

「20年前の5月、丁度この時期、私と一緒に‘‘地域探索‘‘したよね。」

「だ、だって」

「何故、あたしがここに居るか解る? 今私、あの中学校の‘‘先生‘‘やってるんだ。」

「…うぅ」

「──もうわかるよね? 今日は‘‘地域探索‘‘の日です。

このお寺は昔と同じ、‘‘チェックポイント‘‘です。

私は先生。だから、ここで生徒を待っているんです。」

嗚呼。違う、違う、俺は傷つきに来たんじゃない。違う。

「またパニック? 情けないね。」

「だって、だって」

「嗚呼、ほんと、キモい。」

う、うう。ああ。頭ン中じゃ雄弁な俺は現実じゃこのザマ。

「他人の発する奇怪な音」にやられちまう。

「あの時の班のみんな。私は教師、田辺はレストラン経営者、由美ちゃんは主婦。」

「ぐうぅ~…。」

「実は、私も結婚してるの。子供もいるよ。もうすぐ6歳。太田、子供は?

いるわけないか。」

不愉快だ。不愉快だ。だけれどこの声を聴いていたいんだ。

「同級生みんな大人になってるよ。20年間キミは一体何をしていたのかな?

ああ、過去の回想?」

「やめろ、」

叫びかけたその時。

「あ、みんなー、よく来たね!はい、ハンコ。」

まだ小さな中学生四人組が、坂を登ってやって来た。

「はぁーっ、疲れた。あれ? 先生、今その人と話してたけど、

知り合いの人ですか?」

「そ。ちょっとした知り合いだよ。さ、お寺見てきな。」

「「「「は~い。」」」」

…立ち尽くした後に。

「みんな、門の前に立って!写真撮ってあげるから。」

門の前。階段の上。四人は、各々ポーズを取った。

「はい、チーズ!」

シャッターが切られる。

「はい、いいよー。」

カメラの先、そこには、かつての俺が…、いなかった。

俺は確かに今、‘‘ここ‘‘にいた。

20年経って、デブって、ハゲて、何も言えない俺が今、確かに‘‘ここ‘‘に立っていた。

俺は何も言えず、ただ去っていく。立ち去っていく。その背に、

「さよなら。」

と声がした。俺はゆらりゆらりと、坂を下ってゆく。

────しばし、籠ろう。鳥籠に。否、豚箱に。

「思い出は美しい…いや、単なる出来事も、やがては美化され、‘‘美しくなる‘‘んだ」

数ヶ月後、俺はまたふと、そう思った。

故に、それを証明するための‘‘短い旅‘‘に出掛けた。

玄関を出ると、外の陽射しが降ってくる。一歩踏み出した。

目的地は……もう行き尽くしちゃったや。

俺はゆっくりと、開きかけた扉を閉めた。

ようこそ、モラトリアムの地獄絵図へ。

物語を作るのは、舞台じゃない。いつだって人間だ。

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