第玖夜 木伝フ鼯鼠。山ヲ掛ケルハ雛ナリ。【後編】
「はぁっ……つ、疲れた…………」
「ハッ! 早々に満身創痍じゃねぇかよヒヨコ!!」
「な゛っ……!」
バシッ。と夜桜の小さな背に、夜桜の倍ほどはあろう手のひらがぶつかる。
前のめりになった夜桜の、瞳は犯人を現行犯で捉えた。
いの一番に夜桜を笑い者にするための一声をかけた、あの大男。
口布をずらして大きく嗤っている。
魔牙は、自身より少し丈の長い槍を肩に掛け、ニヤニヤと嗤っている。
「うわ……なんですかその後ろ向いたら横と後ろの人にダメージが入りそうな武器は………」
「〝
刀と刀を繋ぎ合わせて持ち手を長くしたような見た目をしている双極槍。
若干。いや、ドン引きしている夜桜に言葉が飛びかかる。
「そーゆうヒヨコちゃんの武器は……大鎌……であってるよね? ……………デカくね?」
「背丈超えてるとかの問題じゃねーだろ」
「人のこと言えねー」
事実。夜桜は、人の武器についてドン引きしている場合でもなかった。
夜桜の大鎌は、魔牙の双極槍よりも、余裕で所有者の背を越し、更には「見下ろしてるぞ」とでも言っているように柄の飾りが光っている。
「少しくらい大きいほうが良いんですよ」
「この里にも鎌使いは居るけどそんなにデカいの見たことないよ」
「少しくらい大きいほうが良いんですよ!」
「いやでも、大き過ぎ」
「良いんですよッッ!!!」
更に息を切らす夜桜。
あまりの必死さに横で、魔牙が肩に腕を乗せながら爆笑している。
「どんなツボしてるんですか」
「マジでっ……良く鳴くヒヨコだと思ってっ……」
「ッ………!! 地べたで笑ってろ!!!」
いよいよ涙まで出して笑いだす魔牙。それにつられて隣りにいた
未だ爆笑する魔牙の腕を肩に乗せながら、白目を剥き、頰に青筋を立てる夜桜。
怒りに震え、激怒の一言目を発そうとしたその時だった。
「静粛に」
厚ぼったく重い声が響き渡った。ライトアップされていた木々から鳥が飛び立つ。
「……え?」
あんなに愉快そうに、涙まで出して笑っていた魔牙がいつの間にか、背筋を伸ばして表情を強張らせていた。顔布も着用している。
それは慈牙も、懴牙も、クスクスとしていた野次馬も、皆同じだった。
夜桜は、あんなに個性大爆発で
「知っているものがほとんどだろうが、今年より進級試験は冬に行われる事になった」
メガホンをもった、位の高い人員とも、係員にも捉えられる絶妙な風格の男が立っている。
「何人か焦ってた奴いましたけどねー9月の終わりくらいから。「来年の春だー」とか言ってー」
「む………年始に配った年間行事予定表にちゃんと記載していた筈だが」
飛んできた気だるげな野次に嫌な顔一つせず、パラパラパラ、とバインダーに挟まれている用紙をめくる男。
(あの人、偉い人なのかな。)
ぽけっ、とした顔つきで、幼稚なことを本気で考えている夜桜の耳にゆらり、とそよ風のような声が入る。
「あんさん……ひよこちゃんやって?」
「ひょえっ!?」
「うちは〝びゃく〟ゆうんよ、よろしゅうね」
びゃく。そう名乗った絢爛な飾りをつけた女が夜桜の顔を覗き込んできた。
「あ、どうもです! 夜桜です!」
「なんやぁ、かわえぇお顔しとるやないの」
「そ!? そんなこと……」
「あの人のとこ、気になってんねやろ?」
「気になっ!? ……そんなほどでもないですけど、」
話を遮り、その細い指で夜桜の顎をクイ、と前方に向けるびゃく。
「いや、ちゃんと記載されている。
……もっと祓殿としての自覚を持て………お前たち……」
夜桜の目には確認の甘さを叱る先程の忍が写る。
「あの人は、御頭はんを筆頭に首領様を支える
……うちの旦那さま♡」
「え。…………だッ!!?」
「……」
目をキラキラと輝かせながら夜桜を見つめるびゃく。と捻りそうなほど首を捻った夜桜は目があった。変な汗が
「え、えと………何か」
「ぁあせや! 夜桜ちゃん、この里にいられることなったら〝ウチ〟で働かへん?」
びゃくの囁きが、艶めかしい声色に変わった。
「ぁ、ぅ……〝ウチ〟って」
「んふっ………そりゃあ……わかるやろ? うちの格好みて」
頭には
ただの着物ではないにしろ、そのどこかには男を誑かす女の手助けをする様な
「遊郭。
知っとうでしょ?」
「うぁっ……」
――ボンッ!!
途端に、夜桜の顔が真っ赤になる。
「まあ今はお仕事お休み中何やけどねえ。ほら、この子、いてはるし」
夜桜の視線を誘導するように自身の腹を撫でて話すびゃく。
確かに、今改めてびゃくの全体を見ると、どこか違和感があった。絢爛な装いをしているのに、大きく膨らんだ腹。まるでその腹がびゃくへ向けられる男たちの欲を削いでいるようだ。
「今朝もいっぱい蹴られてねぇ」
「ほへぇ……おっきいですね……」
「仕事が仕事やけど、正真正銘あの人の子ども。うち、ほんまに愉しみでねえ」
そんな話をし続け、式のプログラムをほとんど聞き流していた夜桜。
そんな二人の様子に流石に気付いたのか、先ほど、夜桜を隣でからかっていた魔牙がため息をついた。
「お前、いい加減話聞かねえと試験中に死んじまうかもな。びゃく姐さんだって、いくら参加しないからって油断しすぎですよ」
嘲笑うような魔牙の言い草にびゃくは、逆にからかい始める。
「やだわぁマキちゃん、まだ怒ってはんの? 君たち
「え……」
まさかまさかの新事実である。
「弟たちは可愛いから別いいんすよ。
あとお前は引くな! 助けてやってんのに!!!」
「貴方のせいでしょう!?」
「そこ二人。静かに」
「「二人!!?」」
メガホンを通して注意の声が響く。
注意された二人が、艶やかな声の主を探す。しかし、夜桜の隣にいたはずの小柄で美しい妊婦はどこにもいなかった。
「ちょっ、びゃくさん!?」
「びゃく姐さん………っとに許さねーからな……。あと……お前、この話終わったら殴らせろ」
「はぁ!?」
「そこ二人」
「「ごめんなさい!!/すみません!!!!」」
(ごめんねえおふたりさん……かんにんなぁ♡)
邂刻事變 彼岸りんね @higanrinne
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