第玖夜 木伝フ鼯鼠。山ヲ掛ケルハ雛ナリ。【前編】


 火燈ひずみさんが業右衛門こうえもんさんと話し終わって、追い付くまで、とぼとぼと歩いていた。歩いている途中。この後についてちょっとだけ考えてみた。


 帳が消えたら、試験が始まる。



「帳が消える…………ここにも妖門能が出ちゃうんですよね……?」



 ここら一帯の、唯一の安全地帯な里が……。

 子供たちとか里に来てる商人さんとか……心配です!!



「大丈夫、なんですかね……」


「大丈夫だ」



 一声で心が落ち着いた。

 凛と鈴がなって気が一点に集まったような。そんな感覚。



「……………ぁ……楓庚ふうかさん!」



 手を振りながら歩いてきた楓庚さん。と同じように近づいてきたのは、ふわりと香る熟れた柚子ゆず



「お風呂……入りました?」


「ああ。任務から帰ってきて流石に試験はな、些か気が引けてな……。やっぱりこの季節は柚子湯にかぎる」


「それわかりますっ!! ……ぇれ? 楓庚さんも試験を?」



 尋ねるとぷは、と軽く笑われてしまった。でも、軽蔑をちっとも含まないきれいな笑い方のまま、返される。



「まさか、私の冠位は〝徳〟だ。加えて、これでも御頭直属の




縢臣柱かなめしんちゅう〟の一人。




だから、試験官を務める事になっている」


「へぇ………凄い人なんですね!」


「ちょぉっとばかし。凄い人だな、私は」



 軽くウィンクされると、なんだかすごく嬉しい!! それに……変に元気が湧いてきちゃいました!!!





「………ところで、縢臣柱かなめしんちゅうって?」





「幹部のような存在のことさ。御頭である火澄を支える者達の総称だ


 安心しろ。危険な場合は近くにいる試験官が助けに入る。……まぁ、お前に関してはそんな事は無いに等しいと、私の勘が言っているんだがな」


「はい! ………ん? ぁ………う……はい………」



 変な励まし方をされて、なんだか心がザラザラした。ピッタリとハマる場所を、失っちゃったように落ち着かない。


 それに加えて、話し込んでいる間に忘れてしまった火燈さんのことを思い出した。



「そういえば…………まだですかねー……火燈さん……」


「や。夜桜よざくら


「ぴぇっ!?」



 ぬっ。と楓庚の後ろからニコニコ〜〜っと現れる火燈さん。思わず飛び跳ねて、屋根の上まで飛んでしまう。



「そういえば、の火燈だよ」


 聞かれていたことに胃がちっちゃくなる感じがして、「すみません……。」と謝った。



 んでも、聞いてたんならもっと早く出てきてくれれば良いものを!!

 私が胸の内で一人で騒いでいると楓庚さんがため息を吐いて、火燈さんを一瞥いちべつした。



「おい。私の後ろに簡単に立つな。顎を外されたいのか」


「怖すぎでしょ。てか「御頭」は? 付けないの?」


「これでも焦ってるんだよ。なにせ、近頃は妖門能の気性が荒い」


「……例の事變か」




 ………例の、事變??


 首を傾げていると、火燈さんが大袈裟なポーズでわたしに呼び掛ける。



「夜桜、そろそろ降りておいでー」


「ぅあ、はい!」



 屋根から降りて、ホコリを払ってから、問い質した。



「あの、〝例の事變〟って」


「………

 


 七年前。七つあるうちの里の四つを、億を超える数の妖門能が同時襲撃する出来事があった。

 基本的に妖門能は群れをなさず、単独行動。共食いが始まるどころか、共闘し同じ標的を潰しに来るなんて……私たちが聞いていた間では前代未聞。


永らく紡がれてきた歴史上、三度目の大規模事變。




参大事變が一つ〝神霹しんへきへん〟と呼ばれた」



「安心しろ。とは言わない。あれ以来妖門能の出現率は増加、冠位も上位のモノが増加している。

 だが、周期も五百年に一度と推測されているから、過度な心配はいらないだろう」





「____夜桜?」



 頭が、真っ白になっていた。白の濃い霧が。頭の中に、誰かが立っているのが見えた。

 けど、誰なのか皆目検討もつかないまま、火燈さんの声に呼び戻される。



「夜桜」


「っあ……はい!! ……楓庚さん?」



 霧が晴れないまま、現実に戻され、楓庚さんがわたしたちに背を向けて歩き出す。



「とにかく。私はもう会場に行く。帳が消える……それに。皆ももう向かっている」


「向かう……って、どこにですか?」


「山だよ」



 火燈さんの目線を辿って、私も山を見た。チラホラと木々に囲まれているけれど、一箇所。比較的開けた場所があるのに気付く。


 いつの間にか、篝火かがりびが照らしていて、どうして気が付かなかったんだろうと思うほどに明るかった。



「夜桜は私と一緒に行くから安心をし。」


「では先に行く。…………頑張れよ、夜桜」


「……………はぃっ!!! 楓庚さん!」



 私は、鷹が獲物を目指すような速さで山へ走り去る楓庚さんの背に、大きく手を振ったのだった。







「がーんばれ。がーんばれ」


「ま、待ってくださいよ火燈さぁぁん」



 木の枝から枝へ、歩くのではなくムササビのように移動し私が付いてくるのを待つ。という移動方法で火燈さんはどこか楽しんでいた。


 ムササビを追う、間抜けな狩人のように私は火燈さんの後を追い続け、激励を受け、山を登り、走る。



「早く早く。」


「ちょ、リズムって、知ってます!?」



 身体を一定の状態で動かすには自分で決め、飼い慣らした音感が存在する。



「っ……空気が、うすいっ………」



 肺が震え始めている。



「面接される側が遅れたら元も子もないでしょ。急ぐ急ぐ」



 なのに、どうしてこの人は、



「ほらほら」



 不規則に足を動かせる!!?


 火燈さんの飛び方は、一つ一つの間隔の間に、ほんの少しずつズレが生じているのに、重心も心音も一定。


 こんなにも空気の薄い山の中で……!


 そんな、蝶のように木々を飛び渡る火燈さんとは正反対にわたしは走り続けた。

 無我夢中で火燈さんを追い掛け続けた。手を伸ばしながら、必死に……。




 似たような景色を、上へ上へと走り抜けているうち、篝火がぽつぽつと、間隔が詰まってきた頃。



「ぜぇ………ぜ………ぅ………はぁっ………」


「ほら。着いたよ」



 木から降りてきた火燈さんが眼の前に着地する。

 わたしは粗方、息を整えてから顔を上げた。



「____ヒュ」



 ふわりと香ってきたと思えたそれは、瞬時に、殺気と疑えるほどの緊張感へ変わった。

 息が詰まる。

 体が自然と自身を強張らせ、影響を受けぬように心を硬くする。


 火燈さんが振り向き笑う。



「夜桜。ここがお前の面接会場。




桜爛山おうらんさんはじめさ。」

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