第捌夜 世ノ兇悪サニ眼ヲ瞑リ
「なにぼさっとしてるの夜桜」
「………はぇっ?」
目の端に
「さっさと関所に戻って武器とライセンス。返してもらいに行くよ」
帳が消えるまで残り一刻。
現代の時間に換算して約二時間。
先刻まで夜桜の隣に居た
「先に行っちゃうよ?」
「わっ……ま、待って下さい火燈さぁんん!!」
❖
火燈にの背に追いつこうと、屋根から屋根えと身軽に飛び移り、里の中心から短時間で関所に着いた夜桜。
「
関所に向かって投げられる火燈の声に、うんざりという言葉が相応しいような足音が聞こえる。
「そんなに叫ばずともちゃんと聞こえている……」
今朝、夜桜が訪問した際に対応した者と同じ、貝尽くし柄の着物。紺の袴を身に着けた役人が奥から出てくる。
「思った以上に夜桜のお使いが長引いてしまってね。紙を見せている時間も惜しい。今すぐ夜桜の武器を出してくれ」
業右衛門は呆れた様子で、本人のお前が来たんだからもう必要無いしな。と隣の屋敷へ入っていく。
「あいつ。私の同期なんだ」
「はぁ……」
「仕事中でも私と対等に論を述べてくれる、この里じゃ珍しい部類の奴でね。
……みんな堅苦しくて敵わないよ、まったく」
(それは火燈さんがゆるすぎるのでは)
淡々と言いたいだけ言った後にため息を吐く火燈に、夜桜は、なんとも言い難い表情の笑みを浮かべ続ける。
見るものによっては「お疲れ様」と思わず隣から、ひっそりと声を掛けてしまうものだろう。
そうこうしているうちに、今朝のように奥から出てきた業右衛門が〝それ〟を火燈と夜桜の前に置く。
「はぁ……やっぱり重たいな……」
「………へぇ…………………ご立派。」
桜が豊かに飾り咲き、蝶がふわりと舞う柄の布を、軽く触れながら開いていく。
顔を出した刃は、桃を孕んだ黒色に光る。正体は成人男性の腕程まである大鎌の刃。
「やっと会えたねぇ! とーこくまるっ!」
「とーこくまる?」
「はい! 私の相棒!
柄に巻かれていた帯で、己と大鎌を合わせ縛る。
キュ、と音がして夜桜の顔が、この里に足を踏み入れてから一番の自信に満ちた表情へと変わった。
「こうしてみるとその大鎌と……比率があってないんじゃないか? 大丈夫か……?
うご____けるか、はは。」
夜桜という女。
まだ陽の光に目を細め、手を
そんな女が。
なぜこの里に、この場に、火燈の隣に立っているのか。
それを思い出した業右衛門は、
「失礼ですよ!! わたしだって、すぐに背くらい伸びます!!」
「はは、悪い悪い。ちとお節介が過ぎたな」
「そういうところだよ業右衛門。……夜桜。先に行っててくれ。この道真っ直ぐね」
「ぅえ、でも……」
「すぐに追い付く」
ぽん。と頭に手を乗せる火燈に並々ならぬ安心感を覚えたのか、夜桜は元気の有り余る返事を響かせた。
そして灯籠で照らされる道を歩いていった。
「……火燈」
「………はぁ」
ため息を付いた火燈。困ったような目で業右衛門を見た。
「業右衛門。分かってるでしょ」
その目に、気付いてか気付かずか。
「この世は、残酷過ぎやしないか」
絶望も失望もないその顔で、夜桜が小走りで掛けた道を見えなくなった夜桜の背が、未だ見えるかのように見つめた。
「知らない。お前は、お前の娘が〝ああ〟成らないようにすることしか出来んさ」
「……もう戻れないのだろうか」
「それを決めるのは私の仕事じゃあない。……戻るも戻れないも、きっと戻らないんじゃない? あの子は」
「戻らない?」
火燈の、随分と他人事とも言える音で構成された言葉を聞き、業右衛門の眉間に陰が生まれる。
「私は一度あの子の戦闘を見せてもらったことがある。
邂絡の量を水一滴分ほどに
記憶が無くなったとか、
能動的に祓うより、本能的に祓う。そんな闘いぶり。久方ぶりに脳が震えた。……きっとお節介なんか掛けれない。お前も見たらね。
「研ぎ澄まされた最高純度の祓殿………
二人の背に冷めた風が吹き荒ぶ。
雲に隠れる寸前。月が、期待とは程遠い陰を含んだ笑みの火燈を、睨むように光る。
「あ、夜だから
「別にそこはどうでもいい。」
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