第漆夜 雛ト非道三忍衆


「飴屋……さっき尋ねた人の中に飴屋さんいたかなぁ」



 夜桜よざくらは地図を握りしめて人の多くなった里を歩く。

 ガヤガヤ、と楽しそうな賑わいを見せる里は、夜桜にとって初めての光景であり、感動を覚えている様子であった。



「飴屋さん……飴屋さん……」



 人混みは増していく。そんな中、頼りなさそうにしている夜桜が流れに流されてしまうのは、当たり前なことだった。



「あ、あ、ちょ、あやぁぁあ〜〜!!」



 暫く流されたのち


 息も絶え絶えになりながら、店と店の間に置いてあった箱に腰を落ち着ける夜桜。

 冬が近付いているはずなのに人混みの中は酷く暑かったのだろう。


 じめじめと暗く涼しい場所に夜桜は身を縮めるようにしてからため息を着く。



「うぅ〜〜……こんなんじゃ絶対つけませんよぉ……はぁ……」



 半泣きでしょげていた夜桜の耳に、一人の悲鳴が届く。




「____か、返してくださぁい!」




「!!」



 夜桜は荷物を駆け上がり、店の屋根に登ると、悲鳴の元を探るため目と耳を凝らす。



「あそこかなぁ?」







「か、返してくくださいよ!!」


「つまんねーの。もーちょっと付き合えよ」



 悲鳴を上げていたのは、全体的に丸い、白の忍装束を身に纏った青年。


 その襟を掴んで片手で持ち上げる忍の閉じた目には、二本の傷がある。


 それともう二人。


 吊り上げられた青年の眼の前に、紐でくくられた本を垂らす忍。

 と、店の屋根からその状況を見下ろす、七尺ななしゃく一寸いっすんはあるであろう長身の忍。



「……なんです………? あれ……カツアゲ?」



 夜桜が長身の忍の死角から状況を確認する。

 周囲の人間も野次馬のように周りを囲んでいるが、チラホラと通行していく者もいた。



魔牙まきにぃ!」


「なんだ。懴牙ざんき



 魔牙まき

 長身の忍のことだろう。懴牙ざんきと呼ばれた忍は本を持ったまま投げやりな声で問う。



「あのヒヨコから盗った紙切れはー?」


「ちゃんとあるさ」


「それでなにすんだよ」


「んー……どーすっかなぁ」



 会話に置き去りにされていた丸っこい青年は、その紙を見てから、目を見張った。



「んなっ!? き、君たち、それは火燈ひずみさんがひよこさんに手渡しした紙では!!」


「そーだけど?」



 けろっとした目で懴牙は首をかしげた。



「今すぐ返してきなさい!! それがなければあの人ひよこさんは、自身の武器も、持ち物も受け取ることができないんですよ!?」



 その紙をひらひらと風に靡かせながら魔牙は脳裏に浮かぶ人物を、蔑んだように言った。



「ハッ、推薦だかなんだか知らねーがよ。献太こんた、お前も思ってんだろ。


 あんなひよこが、なんでお偉いさん達からの推薦ってだけなのに、すぐ面接にいけんだって。

 普通なら推薦でも面接の前に、もっとた~くさん。乗り越えなきゃなんねぇ〝辛いこと〟があんのによーお?」



 献太と呼ばれた青年はビクッ、と身体をこわばらせてから、冷や汗を流す。



「……それは、」


「だーかーら。俺らはヒヨコの実力を確かめなきゃいけないわけ」



――ゆっさゆっさゆっさ。


 前後に献太の丸い身体を宙吊りのまま揺らす隻眼の忍。



「ぐぇぇ……」


「はぁ………ヒヨコ……来ないなー」


「………破るか。桃蘭とうらに渡すのもしゃくだしな」



 魔牙が紙に力を加えようとしたとき。




「だーーーめぇ____!!!!」




__ドゴォ!!


「!? …………ガァっ!??」


 魔牙の横腹めがけて、弾丸の如く凄まじい速さで黒が飛んできた。


 色しか判別できなかったが、その黒が魔牙によって止まった。それが立ち上がると、風圧で舞い上がった砂が鎮まる。

 店の屋根には、夜桜が立っていた。

 あの黒は、長い長い髪の色。夜桜の髪だったのだ。



「魔牙!」


「魔牙にぃ!?」



 魔牙はその衝撃で店の屋根から落ちるが、すぐさま受け身を取り、夜桜との距離を置く。



「っ゛……! ……てめぇ、ヒヨコか!」


「はぁ……はぁ……な、なに勝手に人の大切なもの破こうとしてるんですかぁ!!!」



 夜桜は息を整えると、屋根から怒り叫んだ。もちろん半泣きだ。



「……っは! 話は聞こえてたんだろ?


 俺らはお前が気に入らねえって言ってんだよ。

 どうせ俺らを見つけたのもそこのたぬきの悲鳴を聞いてだろ!!」


「た、たぬき!? ちょっ」


「良いから返して下さい!!」


「そいつも同じで、お前のことは気に入らねえってよ!!」



――ヒュッ


 風をまとって魔牙は飛び出す。



「っな……!?」



 夜桜の眼前に、邂刻の宿った大きな拳が飛んでくる。


――ダァンッッ!!!



「! ………マジかお前……」



 受け止めた夜桜は深く息を吐く。



「………わたし、飴屋さん探してたのに、閉まっちゃったら……どーしてくれるんですかぁ!!!」



 今度は夜桜の拳が魔牙の巨体に入る。

 邂刻によって防ごうとしたが、夜桜拳もろに喰らった魔牙は、努力虚しく地面に激突してしまった。



「チ゛ッ!? ………クソッ……!!


 てか飴屋は今日やってねぇよ!! 休みだ休み!」


「はい?!」


「魔牙! 大丈夫か!  ……お前……!」


「やめとけ慈牙いつき!! ……ヒヨコめ………俺の邂刻をぶっ壊してきやがった……!」


「はぁ?」


「な……雛さん……」



 魔牙はこの里で余程強いのか、魔牙の邂刻を破った夜桜の顔を見て、献太を加えた二人は目を見開く。



「その紙がないと、わたしの鎌どうなるかわかってるんですか!?」


「鎌ぁ? 手前、鎌使いか。ハッ、安心しろよ


 ……いつか質屋に置かれてんぜ」


「っ……! ふざけるのもいい加減に!」



 双方が再び拳を構え、地面を蹴り上げ、土埃を巻き上げた時。




「はーい。そこまで。私の前でネタバレ、禁止だから」




「ちょ、へぁっ……!?」


「ひ、火燈さん!?」



 正真正銘。

 忍装束を身に着けた火燈が、二人の間に立った。


 夜桜と魔牙の二人は自身らの凄まじい力を急に止められず、勢い余って火燈の手に顔を、ぎゅむらせた。


 ――ぎゅむッッッ



「ぶっ……!」


「んぎゅっ……!!」



 火燈は、反動で座り込む二人に目線を向けたあと、献太や慈牙、懴牙にも目を向ける。

 そして、ため息を着いた後に話した。



「あのね……お前達、あまり虐めすぎるんじゃないよ。献太のことも、夜桜のことも」


「……」


「ほら、魔牙。私のサインは?」



 魔牙は顔を顰めると、諦めたように息を吐き、大人しく紙を火燈に渡した。

 受け取った紙は火燈を通して夜桜に戻った。



「サイン………」



 サインかどうか怪しいその紙切れ。

 夜桜は紙を見ながら気まずそうな顔をする。そしてすぐに仕舞い込んで起き上がる。




「……火燈さん、どうしてここがわかったんですか」


「あんなに派手にやってたらわかるよ」


「……チッ」


「それに、戦ってる途中で魔牙が夜桜に理由聞こうとしてたから止めただけ。


 私ネタバレ嫌いだし」


「ネタ……バレ」


「せっかく面接のときに聞くのに、つまらないでしょ?

……夜桜は魔牙たちとは違う面白さがあるし」


「ぅえ……?」



 夜桜が困惑しているのにも関わらず火燈は、散った散った、と周囲に声を掛けた。



「子供は家に入れておくんだよー」



 ずっと夜桜の頭は整理が終わらないまま、また火燈がややこしいことを言う。



「火燈さん、どうしたんですか? まだ空は」


「目イカれてんのか。もう真っ暗だろうが」



 隣に立つ夜桜に対して、眉間をピクピクさせながら魔牙はぶっきらぼうに応える。

 夜桜はいつの間に夜が訪れたのかと驚いたが、すぐに視線を落とす。



「……でも、わざわざお知らせする必要なんて」


「消えんだよ」


「………………………消える……?」



 魔牙は空を見つめながら、しかし虚空ではなく、夜桜に向けて。はっきりと告げた。



「あと一刻後。消えるのさ。この里全体を囲ってる、帳。




終夜しゅうやとばりがな」




「……は?」


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