第陸夜 再ビ雛ハ飯ヲ食ラウ


「もぐもぐ……もぐもぐもぐ」


 夜桜は一心不乱に目の前に出された定食のような温かい飯に食らいついていた。

 それを対角線上に座る火燈は、目元を柔らかく細めながら見守っていた。


「見てて嫌にならない食べっぷりだ。……どうやったらそんなに、いっぱい食べても汚くならないの?」


「? ……自然に染み込んでることだと思うので、気を付けてはいませんよ?

 ……まあ、綺麗に食べれたら作ってくれた人も周りも嬉しいじゃないですか! ……それだけですかね」


「良いなぁ。私、頑張って食べるんだけど、ちょっとしか食べないのにほんと汚いんだよねぇ……」


「だから……一緒に食べないんですか?」


 実際、飯がぜんに置かれているのは、夜桜の前だけだった。火燈の前には、空の膳のみ。


「んーそれもあるし……私、今日はもう食べちゃった。お腹いっぱいになるくらい食べて、まだあんなに余るまで作るなんて、相当寝ぼけてたんだなぁ……」


「料理、上手なんですね」


「まあ、兵糧丸とか忍者食が不味かったから改造してったら腕が評価されただけなんだけどね」


「……」


「私、たまにすごーくわがままって言われるんだけど、どう思う?」


 わ。かなりの難題を出してきた。と夜桜は箸が止まる。が、また動き出して止まらなくなる。


「……わたし、まだ火燈さんと過ごして一日しか経ってないですし良く分からないですよ。」


「ふぅん」


「あ、でも、「面倒事は避けたい」という理由で最初から離れたところにお家を建てるのはわがままだと思いますよ」


「え。それ、楓庚ふうかから聞いたんでしょ」


 火燈は膝に肘をついたまま、苦笑した。夜桜も似たような顔を浮かべる。


「はい……あの」


 そして、そのかんの夜桜の考えが分かってしまったのか、火燈は夜桜の考えに対する答えを、そのまま笑って答えた。


「気になるって目だね。……楓庚とはただの幼馴染だよ。幼馴染で祓殿育成・訓練学校での同級生」


「そうなんですか!」


「あと私の直属の部下だし、幹部的な人員だし、両腕の内の右腕でもある」


「凄い……あ、左腕も、居るってことですよね?」


「……………いるよ、彼女とは学校以前からの付き合いでね。敵にしてたら厄介だったから、仲良くしてくれて良かったと心から思うよ」


「そ、そんなに強いんですか……?」


「うん。……でも、昔。任務でヘマしちゃって、そのまま。」


 囲炉裏の炭を突きながら語たられる話を聞いて、夜桜は興味よりもどんなヘマをしたのかが気になってしまっていた。


「……お腹、いっぱいになった?」


「はい!」







「ごちそうさまでした!」


 まあ、あまり掘り下げても今のわたしにはどうしてあげることも出来ないから、と夜桜は聞かないことにした。


 火燈さん曰く、試験は夜に行われるらしくて、わたしを朝から呼んだのはお使いを頼むためらしい。


 ……なんですか。朝っぱらからのお使いって。わたし、実をいうとちょっと眠いのです。


「お使いって言っても、そんなに大変なことじゃないよ。里の中心にある飴屋からりんご飴を買って来てくれ。

 ……せっかく桃蘭から地図を貰ったんだから、面接、受かってから見て回るなんて遅いし……そんなの損損そんそん。」


「つ、つまりこの期に……お散歩しておけ、と」


 図星だったらしく、笑顔がわたしの頭上から降り注ぐ。

 ……もしかして、桃蘭先輩が持っていたこの地図って………。


「なんのりんご飴かは、「火燈さんの御使い」といえば分かってもらえるから」


「あぁ……はい………」


 玄関まで送られる。さっき、食器を上げようとしたら「いいよ、ただ食べさせたかっただけだから。」と言われてしまった。

 戸を開けると、火燈さんの質問が後ろから聞こえた。


「夜桜、もし受かったら何を望む?」


「……いつか、火燈さんと一緒にご飯。食べたいです」

 

 私はそれだけを答えて火燈さんのお家を出た。

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