第伍夜 老忍ト雛ハ飯ヲ食ラウ
「ち……と……ょと………ちょ、と」
意識が深いところから浮かび上がっていく。
暗き淵から自我が顔を出す。
「ちょっと!!! ヒヨコ!! 起きなさい!!!」
「ふぁ? とーらさん……おはよーございます……」
目も口も、ぼやぼやとして
「っ……
い・い・か・ら・起・き・な・さ・いぃ!!」
「うやぁぁあっ!? なんですかぁ!!」
桃蘭に胸ぐらを掴まれて、前後に振られ半ば叩き起こされた夜桜。
「そろそろ起きていかなきゃ関所、並んじゃうんだから!」
「! ……そうでした!! ……あれ、桃蘭さん………もう起きてたんですか?」
忍装束で身を包んだ桃蘭に目が行く夜桜。
昨夜は既に寝巻きだった桃蘭の腰には今、帯紐が紅に輝いている。昨夜の話を基にすると、桃蘭の冠位は
「な、さっさとご飯食べて行きなさいよ! アタシせっかくの休みで二度寝したいんだから!」
「休みなのに……着替えて………。……!!! も、もしかして私のためッッ」
「黙って起きる!! 顔洗って囲炉裏の前に座る!! なんか変なこと言ったら殴るわよ!!」
夜桜は、シュルシュルと仮の忍装束に着替えさせられ、バシャバシャと水場で顔を洗われ、ドスドスとあったかい居間に通され囲炉裏の前に座らされる。
「いただきますは!?」
「ひゃ……いただきます!!!」
「朝から忙しいねえ桃蘭ちゃん……と君が噂の見習いちゃんかい?」
「おはようムー
ムー爺と呼ばれた老忍は、儂も食べてよいのか? と聞く。それに桃蘭は「勿論」と答え、夜桜に隣空けて。と言った。
夜桜はペコリ、と頭を下げ挨拶をすると、老忍の言っていた事に疑問を抱く。
「はぐむぐ……うわさ?」
「いやなに。随分とおっちょこちょいで元気な、小鳥のような子が見習いで来たとね。今日が面接だとも聞いたぞい」
「アンタ、アタシ以外にもひよこなんて言われてんのね。しかも酷いことに、「どんくさひよこ」だってよ」
「どんくしゃ!? ……なんかふえた……あ、おかわりお願いします!」
器を桃蘭に出すと、隣で食べていた老忍が米を差し出してきた。
「え、あの、良いんですか!?」
「ちょっとムー爺!」
「若いのなら沢山食べなさい。老いたものにはちと多すぎじゃ」
十分に感謝した夜桜は姿勢の良いまま、こんもりと盛られていた米を、即座に空にしてしまった。
「夜桜……いっぱい食べるのね」
「食べる子は育つっていいますから! 桃蘭さん、ムーおじいさん! ごちそうさまでしたっ! すごく美味しかったです!」
花にも勝る笑顔で手を合わせた夜桜。
桃蘭は気恥ずかしそうにもじもじと返す。ムー爺も柔らかに笑った。
「……面接。受かったらまた作ってあげる」
「頑張ってきとくれ、大変じゃろうが、決して周りに惑わされてはいかんぞ?」
「………はい! いってきます!」
一瞬、戸惑ったようだったが、夜桜は玄関の戸に手を掛け、元気よく手を振った。
❖
「桃蘭さんのご飯……美味しかったな………」
ほんとは足りなかったけれど……。
わたしは、優しくしてくれた桃蘭さんに、たくさん食べてもらいたくなって。あまり食べれなかった。
「……ムーおじいさん、優しい人だったなぁ」
久しぶりに心穏やかに話せる人が見つかったような気がした。心臓をバクバクさせずに話せる人だと直感した。
「……ふふ!」
自然と口角を上げながら、桃蘭さんにもらった地図に頼って関所を目指した。
早くから店を開ける商人達に時折、道を尋ねながら。
「あの、ここって」
「あー! 関所ならここの門を右よ、面接頑張ってね! 見習いひよこちゃん!」
「あの、」
「んぉ? おお。ここならあの橋を渡っていけるぜ。落ちんなよーぴよぴよちゃん!」
「……あの」
「おっ! ひよこちゃんじゃねえか!!」
「…………………」
な、なんなんですか!!!!!
みんなひよこ、ひよこってぇ!!! わたし夜桜なんですけど!? ひよこじゃないですぅ!!!
悔し涙をポロポロと零しながらわたしは今
〝終夜ノ里 関所〟と書かれた看板の門を前にしている。
「っ……着いてしまったのが、悔しい………ありがたいですけど」
「君、里の者、だよな?」
「へ? あ、はい! そんなところで………あの、夜桜と言います。わたしの所有物がこちらに預けられていると言われまして、受け取りに来ました」
「証明書は?
「あ!」
あの紙切れが脳裏に浮かび、朝のことを思い出す。桃蘭先輩がひっそりと忍び込ませていた紙切れ。
懐を探ると、やっぱりカサ、と感覚が伝わる。
わたしは火燈さんから受け取った紙切れを渡す。
「っ……またあの人は………ありがとう、これはちゃんとした証明書だ。付いてきなさい」
「?……はい!」
何が書いてあったのか、お侍さんは顔をしかめた。
その後で、門の付近にあった屋敷へ連れられ、お侍さんが取ってくると言ってくれたので、玄関の前で待つわたし。
「はい、これで合ってるかな」
お侍さんがよいしょっ、と重そうに持ってきたのは、わたしの武器である
「こんなに大きなものを君が使うなんてね……」
「……ひよことか、思いましたか」
「あ、いや、その、すまない……噂が回るのが早いんだよ。特にこの里はね」
苦笑するお侍さんは、「とある三忍のおかげで」と付け加えた。
……とある三忍?
「あと、これ」
「……わぁ………! 綺麗な
風呂敷の中には、
他にも、お箸やお椀 寝巻きや手拭い、歯ブラシが入っていた。……どれも桜柄で可愛い。
「……でも、わたし、確認をしに来ただけで………」
「ああ、この………よいしょっ………
大鎌は面接の前に取りにおいで。その時にライセンスも返すよ。
……他のものは面接が終わって、合否が出たら取りに来ると良い。顔は憶えたし、頑張んなよ。それまで、この紙はちゃんと持っていくんだぞ? 絶対なくすなよ」
「!! ……はい!」
わたしは風呂敷を結び直すと、それらをお侍さんに返す。
紙切れを返して貰い、出発!
ついでに火燈さんのお家への最短ルートも忘れずに聞いたのです。
「火燈さん……」
わたしは、きっと近い未来の、自分のお頭に会うため急いだ。
火燈さんのお家は首領様の暮らす屋敷の近くらしく、その屋敷は山の中にあるのだと。
だから、里を流れる主な川を上流めざして進めば着く。と言われた。
「………ほんとうに、ついちゃいました……」
緊張とドキドキに胸を高鳴らせながら、戸を叩く。
「………? ひ、ひずみさーん」
____ガラッ
「……!」
わたしよりも遥かに背の高い火燈さん。
なぜか忍装束の頭巾だけ完璧に被って、首から下は着物だった。……普段着、なのかな。
「……おはよ。夜桜」
「……あ! ぅと、おはようございます! 火燈さん!」
「ふわぁ……ご飯、ちゃんと食べた?」
「あ、はい!」
____ぐぅぅう……
「ふぇ……」
即答したら、お腹も即答してきた。……恥ずかしいのに……抗えないのか……わたしはぁ………。
「ふふ。夜中に寝ぼけて作り過ぎちゃったから、食べていく?」
「え、良いんですか!? ありがとうございます!」
わたしは火燈さんのお家に上がらせてもらった。
思えば、お頭という人が、私のような人間に。
まだ里の者にも、なっていないようなのに、簡単に上げちゃって良いのかな。
__「アイツはそー言うやつさ」
なんて。考えても無駄だと楓庚さんがよぎったので思った。
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