第肆夜 騒ガシキオサライ


「ははっ!! 夜桜よざくら、お前意外に度胸があるな」


「その、そんなつもりはなくて………」



 夜桜は長屋の廊下を歩きながら、隣で共に歩く楓庚ふうかに何かを認めたような顔でからかわれていた。



「うちの忍達は厄介な奴が多くてな。

 特に、伊呂波いろは班やお頭直属の部下に関してはな。…………悪い奴らではないんだが……」


「……」



 正直、私の悩みのタネではある。そう楓庚は断言したあと、にしても。と呟き始めた。



「あぁ……なんとも間の悪い見習いなんだか、」



 睨む、というより、憐れむような目で夜桜を見た。



「? ……間の悪い? どういうことですか?」


「試験自体は丁度、



明日行う予定ではあった



から良いもの。しかし……問題はそこからだ」


「え明日?」



 ごくり、夜桜は生唾を飲み込み、背の高い楓庚へ顔を近付けるため背伸びをしながら次の言葉を待つ。

 次の言葉が、夜桜の自身を削ぎ落とすことになるとは知らずに。



「………明日行うのは進級試験であって、


選抜試験ではないことだ!」


「………へ?」


「選抜試験は運営側で捉えた一定の強さの妖門能を祓う。が、進級試験といえば話は別!


つまり!

お前は、ベテラン祓殿の中に混じった見習い祓殿……


〝虎に混ざった雛〟

〝肉食動物に混ざった草食動物〟


 というわけだ!!! 祓殿歴が三年だろうと六年だろうと試験の内容は各里で違う! 


加えて!!」


「加えて!?」


「会場は別々ではなく、皆同じ!!! まぁ……お前の到着が遅れなければ別々に行えたが……。………下手に動けば恥を晒すことなど容易!!」


「………ぁの、楓庚さん……」



 壊れたように強張った体を、動かし楓庚に問う夜桜。

 もはや半泣きである。



「なんだ」


「一緒にやるのは……わたしが遅れてしまったからというのは分かりますし申し訳ないんですが………」


「ああ、足手まといになる見習いと何故同じ会場で試験を行うことになった理由なら、他にもあるぞ」


「そ、その理由は!?」


「その理由とは……」



 再び夜桜は生唾を飲み込んだ。



「首領様と御頭が………」


「首領様とお頭が………?」



 目をカッ、と見開く楓庚。



「………「一緒でいいや」と仰ったからだ!!!!!」







「うぅ……ぐすっ」


「そんなに泣くな……。大丈夫だ、会場まではお頭が一緒に行ってくれるらしいから、泣くな、夜桜。


ほら、着いたぞ」



 ここが今晩過ごしてもらう部屋だ。と夜桜の手を引きながら楓庚は、隣の柱に〝伊班〟と滑らかに記された札の掛かる障子しょうじを開いた。



「楓庚さぁぁんん!! おかえりなさぁい!


………あ」


「……………ぁ」



 恐らく夜桜が一番望んでいなかった結果。



「お? なんだ知り合いか」



 見慣れた桃髪を揺らし、桃のような瞳を吊り上げ、くノ一は言った。



「なに見てんのよ!! 気持ち悪い!」


「おい桃……よ、夜桜まて!」



「____


うやぁ゛ぁぁ゛ぁあ゛!!!!!」




 夜桜は、この里に着いて今までも、そして、恐らくこれからもないような大声で、叫び泣いた。







「うっさいのよ! ひよこ!! 人の顔見て気持ち悪くなるほど泣くなんて……アンタどんだけ失礼なの!!!!」


「ひぅぅ………っ」


「部屋は私が見ろと見せたのだからそれに対して「気持ち悪い」と唐突に罵る桃蘭とうらが悪いぞ。今のは」


「ふ、楓庚さん!? ……アンタのせいよ!!」



 夜桜目掛けて桃蘭の拳が飛ぶ。



「桃蘭!」



 静止の声が部屋に響く。



「!! …………すみません……」


「謝るなら夜桜に謝れ、今のお前は理不尽な怒りを理不尽にぶつけているだけの蛮族と変わり無い」


「! ………ごめん、急にガン飛ばしたり、殴ったりして」


「…………あぃ……」



 半べそかきながら夜桜は応えた。

 深いため息を着いた楓庚は話し出す。



「全く、そんないざこざは夜桜への要件を全て伝えてからにしてくれよ、桃蘭」


「えっ!?」


「はいっ♡ 楓庚さん!」



 特に深い溝については怒っていないのだと知り、夜桜は驚いた。



「夜桜。まぁ聞いてくれ」


「は、はい」


「明日の面接に受かり、無事我等の仲間となっても。お前に祓殿としての任務は来ない。忍としての忍務は来たとしてもな」


「へ?! わ、私! 祓殿としてのライセンスなら持ってますよ!! ……あれっ? あれれっ!?」



 ゴソゴソ、とライセンスを求めて懐を探っても埃しか出てこない。血の気が引いた顔をする夜桜。

 冷や汗をかくと、桃蘭から責めるような声が送られ、楓庚が言葉をえた。



「面接が終わっても進級試験受けなきゃ任務に行けるわけ無いでしょ。


妖門能にも『冠位かんい』ってのがあるんだから。その『冠位』に伴った「冠位かんい」の祓殿がいかなきゃ死人が出るもの。


……記憶喪失って聞いたけど、そこまで忘れちゃってるの?」


「ぅ……すみません」


「楓庚さんこいつ駄目ですよ! 推薦なんて取り消しましょうよ!」


「……案ずるな、夜桜。

 お前に関する書類、持ち物は全て推薦書と共に里の関所にある。明日の朝、御頭の家へ出立しゅったつする前に確認しに行けばいい。


 と。御頭がおっしゃっていた。」


「御頭の家は関所から遠いんだから!」



 何故か自信満々顔で食い気味に応える桃蘭を見てから尋ねる夜桜。



「どうしてです?」


「家の場所に対してどうしてもないと思うが……そんなもの、御頭の希望に決まっている。「面倒事は避けたい」んだと」


「そんなところもステキ……はぁ………♡」



 手を組み、恍惚の表情を浮かべる桃蘭。



(重度……)


(コイツはずっとそうなんだ)



 暫く間をおいた後、息を吸って楓庚は膝を叩いた。



「……さてと。そろそろ発つか。長くなってしまった、御頭の家の詳しい場所は桃蘭、夜桜に優しく教えてやってくれ。……あ、風呂の場所も台所も厠も案内したのだから、好きな時に使ってもらって構わない」


「は、はい! ありがとうございました」


「任務ですね楓庚さん! 任せてください!!」


 礼を述べた後、夜桜が思い出したように尋ねた。


「そういえば……楓庚さんの冠位って、なんなんですか?」


「ん」 



 楓庚が帯に巻いていた帯紐を見せる。金の金具に留められた帯紐は、紫に輝いていた。



「紫……」


「楓庚さんの冠位は御頭と同じ、「徳」なんだから! 私たちより断然強いのよ!」



 桃蘭が自分のことのように話すのを横に、夜桜は部屋を出ようとする楓庚の背を見つめていた。



「………まあ。〝あんなこと〟を豪語してしまったのだ。明日の面接試験。愉しみにしているよ、夜桜」


「楓庚さ、」



 部屋を出るはずの楓庚の足が止まり、言い忘れた、と振り返った。



「早く。私にお前を〝うちの新米〟と呼ばせてくれ」



 楓庚が夜桜に伝えられる最大の激励だと夜桜が気付くまで、あと五秒。



「…………アンタ、なに言ったの?」

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