第参夜 祓殿ノ里、終夜ノ帳
「あ! 松明ですよぉ
道中、ずぅっと腹の音を鳴らしていた私にとって、里の門があると言う証の松明の火は、
「ちょっと待ってて」
火燈さんは私より先に門番へ話を通しに行く、と門へ向かっていった。
最低限の砦に囲い、分厚いと言っても所詮は木の門。
一見、警備が浅いように見えた。
だが、よくよく見て理解した。
厳重かつ漏れのない素晴らしい技術によって編み込まれた邂刻の結界に守られている領域に、既にわたしは、足を踏み入れていたことに。
これを里の人は
〝
と言っている。と、火燈さんから教えてもらった。
この帳のお陰で、妖門能は入っては来れないことも。
もう妖門能はいない。
「ぁぁあ゛〜〜〜ぁぁ゛〜〜」
その事実は、
わたしを地面に座り込ませるには十分な話だった。
「おかえりなさ〜〜い御頭ぁ! って………アンタ誰?」
門の中から掛けてきた、乙女のように軽く握った手を胸に当てて迎える桃色の髪が綺麗な。くノ一な人。
キッ……と目付きを鋭くして私を睨むくノ一な人。
「この子は今日からの新人、夜桜だよ。夜桜、この子は〝
「よ、よろしくお願いします! ……です………」
火燈さんの後ろから顔を出して挨拶をする。
「……あっそーですか。
そんなことよりお頭! 聞いて下さい!」
とんと興味なさそうに
うへぇ……苦手な人かもぉ……怖いですし!!
「桃蘭、私は首領に夜桜を連れて行かないと行けないんだ。また後で話を聞かせてね」
「あ、は、はい……!」
「行こうか、夜桜」
「!……はいっ」
門を通してもらい、中に足を進める。
「…………チッ」
舌打ちが背後から聞こえる。
殺意よりも邂刻が漏れ出てます桃蘭さぁぁんん!! やっぱり怖いぃい……!!!
「ふえぇ………」
「……ふふ」
「なんですか……? 火燈さん………」
「夜桜が〝さっきの〟でぴぇぴぇ泣いちゃうもんだから、」
「すみませぇん……」
「いや、桃蘭は私の前に来るとああなるから」
「好かれてるんですねぇ火燈さん」
「まぁ、それは嬉しいんだけどね、新人ちゃんに意地悪されると困るんだよね〜〜」
柔らかく、悪意など皆無で笑う火燈さん。
「意地悪されないように……がんばります……ぐすっ」
わたしが火燈さんとお話をしながら里の中を歩いていた間にも、日は沈み続けていた。
「御頭殿!!」
白装束とも言えそうなくらい真っ白な忍装束を着た人が走ってくる。
それも酷く焦っているようで。
「どうした」
その人は火澄さんに耳打ちをした。
その直後、包帯から少し見える火澄さんの眉間にシワが寄った。
「御頭殿!!」
白装束とも言えそうなくらい真っ白な忍装束を着た人が走ってくる。
それも酷く焦っているようで。
「どうした」
その人は火澄さんに耳打ちをした。
その直後、包帯から少し見える火澄さんの眉間にシワが寄った。
「分かった。この者を案内したらすぐ向かう。」
「その者? 御頭殿、この者は一体」
「首領公認の推薦人だ」
「ど、どうも……」
「………すぐに。ですよ」
暫く見つめられたあと、また走っていってしまった。
何事かと思ったけれど、わたしに関係していることらしく火澄さんはすぐに教えてくれた。
「首領の体調が優れないみたいでね。顔合わせは明日にしよう。今日は寝泊まりできるところに案内するから」
❖
「じゃあ取り敢えず今日のところはこの長屋で過ごして、」
ボロ屋とか、質素とは程遠い、立派な長屋に案内された。
長屋の戸を開け中に入っていく火澄さん。
「イ班!
二人で草履を脱いで上がると戸が向かい合う長い廊下に向かって、火澄さんは声を張った。
「ハッ!
「わッ!?」
長屋なのに、天井から降りて火燈さんの前に跪く、くノ一な人。肩まで伸びる前髪の持ち主で、ツリ目のかっこいい人だ。
「この子、夜桜ちゃんね。話は通していると思うが……暫く世話してやってくれ、明日のことも教えてあげるように」
「承知」
「楓庚さん! 急にどうしたんですか?」
小さい男の子を筆頭にいろんな人たちが長屋から出てきた。
だいぶの大人から子供まで。
「うわぁっ」
「わーお。勢揃い」
「お前たちなぁ………」
その中の一人は私を見るなり目を見開いた。
「おっ、お前! 誰だよ! 火澄様と楓庚様の間に挟まって!」
「も、もしやお二人のっ……?!」
「「冗談でも言って良いことと悪いことがあるぞ」」
「ぅぁはー……」
言葉にならない。不思議なため息を付いてしまった。
その横で、火澄さんが話す。
「皆。すまないけど、私は首領様の御身体の様子を見に行かなくてはならなくなった。」
「また〝例の〟ですか?」
「恐らくな」
「じゃ、じゃあこんなトコで、〝こんなヤツ〟の為に時間を割かなくたって!!」
「は?」
ぷっちんぜりぃしそうになったわたしを宥めるような凛とした声が入る。
「お前たち、失礼だぞ……いいから戻れ」
「「「「はぁぁあ〜〜い」」」」
ゆるい声で楓庚さんに応えてからまた長屋に戻っていく失礼な人たち。
彼らを見届けてから二人の視線は私に移った。
頭上から今度は火燈さんの声が降る。
「夜桜、明日の朝。私の元へ来てくれ。あ、これ、渡しとくね」
「! ……あ、は、はい!」
真新しい横に細長い紙切れを受け取る。無くさないように、と圧を掛けられて。
「ん。じゃあね。」
火燈さんは大きな片手をひらひらと振り長屋の敷居を跨いで去っていった。
「ありがとうございました!」
その背中に向かって大声で感謝した。……大声過ぎたのか、周りの人からチラチラと見られていた。
あ……なんか、ごめんなさい……。
「場所、わからないだろ?」
冗談混じりに苦笑する楓庚さん。
「ぅ……はい……、そのまま言っちゃいましたし……火燈さん」
「あぁ……アイツはあーいう節があるんだよ。……色んな面で、
「あ…………はい」
呆れたように火燈さんを簡潔に語る楓庚さんは、なんだかとても疲れたような顔をしていた。
「私は今夜から明日の昼まで妖門能を祓いにここを発つ。付いて行ってやれないのは悪いが……
やっぱり、ここじゃなんだ。私たちの部屋に行こう。……寒いしな」
話を中断して、寒い寒い。と両腕を擦りながら長屋の中へ入っていってしまう。
置いてかれた私は道の真ん中で、周りの景色を見た。
色んな事が起こって、進むのに必死だった私は、周りの景色を見ることが殆どなかったから、驚いた。
もう、道には、ちらほらと
「冬が……来ちゃうんだ」
あのまま河原で眠ったまま冬をお迎えしてたら、と思うと途端に寒気が襲ってきて、耐えられなかったから私も急いで、楓庚さんが待つ長屋の中へ急いだ。
「ふへぇ〜〜……! さむいですぅ」
「物思いに
「はい……すみません………、……?」
玄関にへたり込んで落ち着くと、戸が半開きになっていた。好奇心から居間を覗いてしまった。
「……!!」
覗いていたのは、わたしだけじゃなかった。
囲炉裏の火を囲んで忍装束を着た人たちがわたしを見ていたのです。
「あ、あの楓庚さ」
「ん? ……嗚呼。コラお前達。見習いが怯えてしまうだろうが。この者は人一倍怖がりみたいだしな」
楓庚さんが戸を完全に開き、中の人たちに注意した。べつに怯えていたわけでもないですけど……。
わたしが申し訳ないと謝ろうとした時だった。
「なんだヒヨコか!!」
「ふぇ?! ひ、ひよっ!?」
思わぬ大声に肩を跳ねらせて、そのまま後に転がってしまった。
「頭……いたい……」
また受け身が取れなくて、石畳に頭を軽く打ってしまった。
「あはは!!!」
「どんくせーの!」
「頑張れよー見習いちゃん」
冷やかしと冷笑が聞こえて来た。
ぼろぼろと涙があふれる。
「お前たち……夜桜、大丈夫か? 気にすることはな」
楓庚さんが言い終える前に、私の口は開いた。
「わたし!!!」
頭を抑えて、情けない姿で。
「強い、のでっ……ひぐっ………
ご心配されなくても、
そう大声で豪語してしまっていた。
思えば、このおかげでわたしは色んな人から目をつけられるようになってしまったのかもしれない。
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