第弐夜 祓ウ者、喰ラウ者


 わたしと火燈ひずみさんが向かう場所は、終夜よもすがらノ里。


 里に行くには、決められた道のみを通らなきゃ簡単に迷ってしまう。……そもそも、道案内もヒントも何も無いから覚えてないと迷っちゃうんですけどね。



妖門能あやもののことは、どれくらい憶えてる?」


「……妖門能のこと……ですか?」



 道なき道に獣道を進んでいると、そんなことを聞かれる。



「……」



  憶えている限りを伝える。


――妖門能あやもの


 その地に根付く人々の、罪への恐れに負の感情、それらが凝固し続けた〝残穢ざんえ〟によって生まれ、また、それらを糧として顕現けんげんする、悪意に満ちた化け物。

 人から生まれたにも関わらず、人を喰らおうとする。親不孝どころでは済まない正真正銘の、化け物。


 最期の審判を否定した、人々による、罪への恐れから生まれたくせに。この地だけでなく、国全土を闊歩かっぽする、罪そのもの。


 人に取り憑き、心をむしばみ脳から喰らう。そして仕舞には全てを喰らい尽くしてしまう。


 見た目は千差万別。

 人の形をしているものが優れている、異形の者がおとっているなどは関係ない。


 優劣ゆうれつの差は、ただ一つ。


 どれだけの罪と残穢を背負って生まれいで、どれだけの負を喰らうかどうか。



「そう。妖門能は負を喰らうことで生き長らえれるのに、何故…………君は嫌悪している?」


「……ぅえっ?」


「酷い顔だよ」



 火燈さんが小さな手鏡をわたしの前に出す。

 酷く歪んだ顔。今にも襲い掛かる猛獣のようで、そうでもないような顔だった。


 ブンブンブンブン!!


 頭を思いきり振って顔を戻す。



「なんで、君はあいつらが嫌いなんだ? どうして私たち祓殿が必要なのかな」


「わたしが、嫌いな理由……妖門能は、人間を食べなくてもいいのに、食べるからです。……祓殿が必要なのも、妖門能が人間を襲うからで、悲しむ人を減らすためだと………」



 言い終えた刹那。


――ザッザッ、ドシュドシュ、ザッザッ………!!


 遠くから草を踏み潰し走る、明らかに人間ではないような音が聞こえた。



夜桜よざくら、闘える?」


「す、少しなら……」


「いい子だ。……できる範囲で良い。あまり私から離れないで」


「はい!!」



 戦闘開始の合図に、火燈さんのかかとが地から離れた。



『キェェエエ!!!』


「ッッ゛!! ………うるさ!?」



 わたしは、背の高い草から飛び出した妖門能が凄まじい轟音を発したから、耳の筋肉を収縮させた。


 鼓膜が破れるのを防いだかわりに体勢を崩してしまう。


 耳を守ることに集中してしまったわたしは首根っこを引かれ火燈さんと交代させられた。

 火燈さんの目は、怯むことなく真っ直ぐと妖門能を捉えていた。きっとわたしと同じように鼓膜を守ったのだろうが、断然動きがプロのそれだった。



邂刻かいこく



 そう呟いた直後、火燈さんから轟々とした炎が立ち昇る。


 スラリ、腰から忍刀を抜く火澄さん。その手からつかへ。柄から上身かみへと、刀身全体に邂絡が巡っていく。


 火澄さんを燃やしているようにも見えた炎は、つかを握る火燈さんの手に収縮した後で、全て忍刀に宿った。


 余計な炎を振り払うと、すぐに立派な炎刀へ姿を変える。



『キェェェエエエ!!!!』


 炎刀を構えた火燈さんは真っ直ぐ妖門能へ刃先を向け、構えた。



「――討煉鳳刀とうれんほうとう



――ザシュ。


 邂核を刺して、火澄さんは言った。



「耳が痛くなってしまいそうだったから早めに斬ってしまった。……大丈夫? 耳」


「はい!! ありがとうございます!」


「ん。良かった。……私の邂刻、本当は刀に宿すものじゃないんだけどね」



――ザシュッ。


――ザシュザシュッ、ザシュ。


 火燈さんは、わたしと話しながらも片手間で、襲い掛かる低級の妖門能を斬り倒していく。



「ほんと、人前じゃなければなぁ……」


「それは……ごめんなさい………」


「あ、ごめん。気にしないで」



――ザシュッ……


 そういえば、と顎に人差し指を乗せて思い出したような顔をする火燈さん。



「……さっきの夜桜の答え。簡単に言えば殆ど正解だね。

だから私達祓殿はらいどは全国各地に存在し、集団を成し、其々それぞれの“里”を形成しているんだ」



 火燈さんが最後の一体を斬り捨てた後、暫くした時。



『オ、ォ、オ、オォォォオオオ゛!!!』



 草の陰から、今までよりも大きな妖門能が飛び出し覆い被さるように襲おうとしてきた。



「!! ……夜桜、さが」



 わたしは大きく口を開き、妖門能の邂核かいかく目指して飛び付く。そして、深く咬み付いた。


――ガブゥッッ!!!



「ふ……ぐッ!」



――ブチッ!!


 思い切り顎を引く。その要領で、まるで暗器あんきのように、邂核を妖門能から引き千切る。


 着地すると、暴れ狂う妖門能を前に、さらに深く咬み、黄色に光る邂核を噛み潰した。

 口の中に泥みたいな、もっと酷いものみたいな味が広がる。



「……ッ、うぇっ!」



 ペッ、と地面に吐き捨てる妖門能の肉片。



「ペッ、ペッペッ〜〜〜!!」


「夜桜、顎強いんだね」


「……?」


「邂絡。ちょっとしか通してなかったでしょ」



 はい、と竹筒を渡されたので急いで口の中をゆすぐ。舌に染み込みそうな臭いを、歯で削ぎ落とすように洗う。


 火燈さんの問い掛けに対しての答えをその間に考えた。

 考えるも何も、今のわたしでは少量しか使えないから、というそれだけのこと。それでわたしは別に苦労をしたわけではないので、正直に答える。



「ガラガラ〜〜ペッ! ………はい! 通してないです! ちょっとしか!」


「それであんな妖門能に太刀打ちできるのか……私より凄いんじゃない? 君」


「……………………………………そう、なのかな〜〜??」



 何か、悟ってしまいそうになる。



「コラ。……そんなに簡単に抜かれちゃあ私が困る」



 自惚れていたら、頭を後ろから小突かれてしまった。



「あぃ………というかこの水、臭い消しでも入ってるんですか? 直ぐにお口、臭くなくなりましたけど」


「忍具を使わない時にそれ臭い消しがないと大変だよ? 恥ずかしくてお嫁にいけないくらいだよ。しっかりお口、洗いなね」


「うひゃぁ〜〜!!」



 顔を真っ赤にしてまた、今度は長い時間を掛けて、洗い直したわたしであった。







 日が暮れ始めて、夜の帳が目を覚ます時間になっても、わたしと火燈さんは山道を歩き続けていた。


 雑談をしていたのに急に火燈さんは、木に手を置くと、またわたしに問うた。



「祓殿何年目? 推薦で派遣されたんだから祓殿、やってたんだろう?」



 わたしは答えようとした。答えを探しても上手く見つからない。



「ぁ………さ、三……年?」



 駄目だ。まだ頭に霧がかかって晴れてくれない。



「そりゃあ身体が勝手に動くわけだ」



 進みながら相槌を打つ火燈さんは、立ち止まり私を見た。



「……祓殿やってて後悔、したことある?」


「ありません」



 わたしは即答していた。


 分からない。わたしが何処の生まれで、何年祓殿としての務めを全うしようとしてきたか。


 どうしてこんな道を選んだのかも。



「……へぇ………でも、こんな道と思ってる割には、歩んできたことに後悔はしてないんだ?」


「………」



 ………そう。それだけが確かだったから答えた。


  火燈さんはわたしの話を聞きながら前を向くまえに、目を歪ませ笑った。


――祓殿はらいど


 さっきの戦闘で火燈さんが使ったような邂刻を用いて妖門能と対立する役職。

 古来よりその仕事はあったが、年々妖門能の力が絶大なものになって来たのを理由に個人ではなく、集落を作り一つの団体として活動してきた。


 主な仕事は、妖門能を浄化し消滅させること、人々を守ること、平和を求めて闘い続けること。


 そして最後に、




「大義の執行だ。」



「!!」



 酷く冷たい視線がわたしを刺す。



「夜桜の中での大義は何だい?」


「わ、わたしの中の大義………」



 この人は、ずっとわたしに質問し続けている……。ほんとうに知りたがりだ。


 でも、これはどの里の面接の時にも聞かれる質問であって。即答できなければ祓殿はやっていけないと判断される。


 だから、結局は、妖門能とこの祓殿という仕事に対する素直な感想を言えばいいだけのこと。




「とある妖門能を、殺することです」




「…………………………………ふふ、いい大義だ」



 それだけを、憶えているし。それまでは、きっと私は止まれない。

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