第47話
受け取った鍵には木の札が下げられていて『百七十八番』と書いてあった。
鍵を持って納骨堂に戻り、百七十八番のロッカーを探す。
「あ、あった。メグ、こっちだ」
背が高いユタさんがさくっと探してくれた。
鍵を渡して開けてもらう。
ゆっくりと開かれたロッカーの中には、小さな骨壷が二つ並んで置いてあった。
「かあさんたち……だわ」
備えつけてあるロウソク代わりの電気灯明に明かりをつけて、数珠を手に頭を下げる。
(かあさん……ふたりともかあさんだから、いいよね。今日は結婚するって報告に来たよ。相手は、今日一緒に来てる人。
深く頭をさげた。
(それから、かあさんたちが呼び出していたというメグミ。彼女はほんとうに私の中に生きています。かあさん……ヒトミかあさんが思ったとおりだったわ。産まれてこられなかった双子のもうひとり。マナかあさんのおなかの中で私とメグミの意識はひとつになったらしいの。だからふたりでひとり。ひとりでふたり。これからも、ずっと一緒に生きていきます)
メグミのことも、加えて報告した。
メグミが教えてくれた、
もう一度深く頭を下げて顔を上げると、ユタさんが私を見ていた。
「報告は終わった?」
「うん。結婚のことと、メグミのことも報告したわ。これからもふたりで一緒に生きていきますって」
「そうか。じゃあ、そろそろ行こうか」
「うん。鍵を返してくるね」
鍵を返して、ユタさんの車に乗り込む。
「天気もいいし暖かいから、山道まわりで帰るとするか」
カーナビに行き先───私のアパートを入力する。
「……いい正月休みになったよ、ありがとう」
しばらく無言でハンドルを握っていたユタさんが言った。
「ううん。こちらこそお世話になりました。どうもありがとう……急に二泊もさせちゃってごめんなさい」
「いや、全然構わないよ。おとうさんと飲んだ酒、うまかったし。今度は何か美味そうな酒をお土産にしようかな」
「よかった。あ~あ、それにしても楽しい時間ってすぐ過ぎていくのね。明後日からは、また仕事の日々だわ」
「ま、社会人の宿命だな」
「そうよね。あ、そうだ。私ね、メグミ……彼女から記憶を返してもらうのは、しばらくやめておこうと思うの」
「どうして?返してほしい記憶もあるんじゃないの?修学旅行とか……」
「そうね、返してほしくないわけじゃないけれど。なんとなく、ほんとになんとなくだけど。記憶を全部返してもらっちゃったら、彼女が私の中からいなくなっちゃうような気がするの。知りたいことはいっぱいあるし、記憶を返してもらうためじゃなくても、彼女に会っていっぱい話したいと思うけどね……ふたりともちゃんと生まれていたら、姉妹としておしゃべりもしただろうし。だから、ゆっくりと返してもらうことにする」
「そんなものなのかな……まあ、メグ自身が決めたのなら、そうすればいい。会いたくなったら、いつでも言ってくれよ?また子守歌、歌ってあげるから」
「うん。ありがとう」
「ところでさ、今度はいつにする?」
「なにを?なにか予定あったっけ?」
「予定というか。まあ、予定だな。いや、メグをオレの両親に紹介したくってね」
あ……そうだった。
私のとうさんに会ってもらったから、今度はユタさんのご両親にご挨拶しにいくことになるんだわ。
「そ、そうよね。私もちゃんとご挨拶しなくちゃ……うわぁ、緊張してきた」
「まだ、今日これから行くわけじゃないから。な、オレがメグの家に行くときに緊張してきたって言った気持ち、わかったろ?」
ユタさんが笑いを含んだ声で言う。
「……すっごく、よくわかる」
「実はさ、写真はもう見せてあるんだよ……姉貴にせがまれたからね。かなり好評だった。それと……」
「それと?」
「悪いとは思ったけれど、その、バツがついていることも伝えた……ごめん」
「ううん、大丈夫。ほんとのことだし」
そう。
どうせ隠し通すことなんてできないし。
「それで……どんな反応されてた?」
「そんなの気にしないってさ。まあ、おそらくそうだろうと思ったから話したんだけどね」
ユタさんがおととい話してくれたご両親の話を思い出す。
夫婦で旅行に行ったり、それぞれ趣味を楽しんだり。
素敵そうなご両親だと思う。
私たちも、そんな夫婦になれるかな。
運転するユタさんの横顔を盗み見る。
歳を取って、自分の人生を振り返った時に満足がいくような想い出のタペストリが編みあがっているといいな。
この人と二人で。
───ふたりで紡ぐ、記憶の糸で。
キオクをたどる 奈那美 @mike7691
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