第46話
「じゃあ、ほんとうに」
「そうなの、とうさん。かあさんの手紙にあった通り、産まれてこられなかった双子のもうひとりだったの」
「そんなことが……」
とうさんは、心底不思議そうな顔をしていた。
「夢の話は、こんなところかな」
「そうか。ありがとう、話してくれて」
「ううん。彼女も話してかまわないと言ってくれてたし、とうさんたちにも彼女がちゃんと存在するって伝えておきたかった。今、この瞬間にも私の中から二人を見てくれているんだよ」
とうさんとユタさんが私を見る。
ふたりとも優しい表情をうかべている。
「あ、話は変わるんだけど、とうさん。今からシーツとか洗ったあとむこうに帰ろうと思うんだけど。とうさんの洗濯物があったら出しておいてくれる?」
「洗濯か?そんなもの、
「そういうわけにはいかないわ。私はお客さんじゃないんだから。ユタさん、その間しばらく待っていてくれる?」
「ああ、いいよ。その間、この辺りを散歩してきていいかな?」
「外村君は散歩に行かれますか?じゃあ、私もおつきあいしようかな。構いませんか?」
「ぜひ、ご一緒しましょう。じゃあ、行ってくるよ」
「いってらっしゃい」
散歩に出かけていくふたりを見送って、私はシーツなどの洗濯物を洗濯機に入れてスイッチを入れた。
朝食の洗いものも済ませ、帰る荷づくりをしていると洗濯終了を知らせるブザーが鳴った。
子どものころから慣れ親しんだブザーの音。
かあさんが一つのメーカーが好きで、買い替える時もずっと同じメーカーの同じ機種を買っていたからブザー音もずっと一緒。
「この音が鳴ると、かあさんいつも言ってたわね。『愛美、干すの手つだって』って。懐かしいな」
ランドリーバスケットに洗濯物をうつし、小物をピンチハンガーにはさむ。
シーツをテラスの物干しざおに広げて、そのとなりにピンチハンガーもつるす。
むかしはかあさんといっしょに干していた洗濯物。
今日は……メグミと一緒に干しているんだ、そう思った。
干し終わるのを見ていたかのように、ユタさんととうさんが散歩から戻ってきた。
「おかえりなさい。ナイスタイミングね、ちょうど今干し終わったところよ」
「ああ、見張っていたからね。と、いうのは冗談だが。取り込むのはとうさんがやろう。帰りにマナとかあさんのお墓に寄るんだろう?あまり遅くならないうちに出発したがいいぞ」
時計を見ると、九時を過ぎたところだった。
「まだ九時じゃない。大丈夫よ」
「いや、正月休みももう終わるだろう。帰省ラッシュに巻き込まれるかもしれない」
そうだった。
喪中だから、お正月と言う気分がスッパリ抜け落ちていた。
「そうね。渋滞に巻き込まれたくないし……じゃあ、またくるね。お邪魔しました」
「すっかりおじ邪魔してしまいまして。ありがとうございました」
「こちらこそ、何のお構いもできませんで。また気軽に寄ってくださいよ」
三人それぞれにあいさつを交わし、玄関の前で手を振るとうさんに手を振り返しながら、私とユタさんは実家を後にした。
「お散歩は楽しかった?」
「ああ。おとうさんに案内してもらって、神社とか駅とか見てきたよ。古そうな建物で興味深かったな。また来た時にゆっくり見せてもらうよ」
「それは、よかったわ。ところで……今さらながら気がついたんだけど」
「何に?」
「私ととうさんは喪中だからお正月は関係ないとして。ユタさんはよかったの?」
「何が?」
「実家に、お正月に顔を出さなくて……ご両親とか帰省を楽しみにされてたんじゃないの?」
「そのことか。うちの方は問題ないよ。結婚したい相手の実家を訪問することになったと言ったら『結婚の許可をもらうまで、うちに顔を出すことはならん』とまで言われてたからね」
「……そうなんだ」
「そう。だから気にしなくていいよ。ところで、メグのおかあさんたちのお墓ってどこにあるんだい?」
「あ、お墓はね」
私はかあさんが納められた納骨堂がある寺の名前を口にした。
信号停車の隙にユタさんがナビに入力する。
ナビに従って、順調に車は進んでいく。
まだ朝のうちだから渋滞は発生していないみたいだ。
「そんなに混んでないようだね」
「こっちのほうはね。あのね、うちの近くにはもうひとつ神社があるんだけど、そっちの道はこの時期大渋滞するの」
「へえ、そうなんだ」
「そこそこ有名な神社ということもあるんだけど、道が片側一車線のうえに駐車場が狭いのよ。だから駐車場に入るのを待つ車で渋滞しちゃうの」
「一本道での渋滞は、確かに困るな」
「あの周辺に住んでいる人は時間をずらして外出するか、遠回りして裏道を使って移動しているのよ。おかげで裏道に結構詳しくなっちゃった」
「それは頼もしいな。渋滞に捕まった時には案内してもらおう」
「こ、この車だと、ちょっとツライかも」
そんなことを話している間に、車はお寺に到着した。
駐車場に車を停めて納骨堂に歩く。
「ここは、いつでもだれでも入れるように入口は開けてあるんですって。ウチはロッカー式のだから、扉を開けたいときは住職さんに頼んで鍵を借りることになっているの」
「鍵を借りてこなくていいの?」
「あ」
「中におかあさんがふたりとも入っているんだろう?会っていかなくていい?」
「……会いたい」
「じゃあ、借りに行こう」
お寺の玄関に回り、インターホンを押す。
「はぁい」
声がして、中年の女性が顔を出した。
「何かご用事ですか?」
「あの、納骨堂のカギを貸していただきたいんです。相川です」
「フルネームをお伺いしてもよろしいですか?」
「フルネーム……埋葬されている人ですか?それとも契約した人」
「ご契約頂いた方でお願いします」
「たぶん
「相川……保様。はいご確認できました。鍵は、こちらになります」
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