第45話
「あのね、ゆうべ見た夢の話なんだけど」
私はそう前置きして話し始めた。
「ゆうべ眠っていたら夢の中で歌声が聞こえたの。例の子守歌だったんだけど、歌詞の最後が少し違っていて。そのあと名前を呼ばれたの『
「メグミ……マナたちが呼び出していたメグミが自分から出てきたというのか?」
「そうなの。私に謝りたいって。私の記憶、思い出を横取りしちゃってごめんなさいって。自分は私の中から外を同時に見ることができていたけど、かあさんたちは愛美はメグミが表に出てきている間の記憶を失くしているからメグミもそうだと思っていたみたいって。私も自分と同じで表に出ていないときも、同時に外のことを見ることができていると思ってたって」
「それで、どうしたんだ?」
「それで、記憶を返したいって。一度に全部は無理だけどって言って、おでこを合わせて記憶を返してくれたの。一番最後に自分が呼び出された時の記憶……私の十二歳の誕生日の日の記憶」
「どんな記憶だ?」
「あの日の朝。かあさんもとうさんも、私が言いかけようとした言葉をさえぎって顔を洗えとか朝ごはんを食べろって言ったでしょう?それで私がへこんでいたら、二人揃って『誕生日、おめでとう』って言ってくれてプレゼントをくれたわ。欲しかったバッグと腕時計」
「ああ、そのとおりだ」
「そして、とうさんたちを呼ぶときは『パパ・ママ』ではなく『おとうさん・おかあさん』か『とうさん・かあさん』にしようって。それで『とうさん・かあさん』と呼ぶように決めたの。そのあと記念写真を撮ったのよね。私が三枚撮ってもらって、そのあととうさんのカメラを借りて、かあさんととうさんの写真を私が一枚ずつ撮った。そのあとドライブに連れて行ってもらったのよね」
「ああ、間違いない。……ほんとうに記憶が戻ったんだな。不思議な事があるものだ」
「返してもらった記憶は、その一つだけ?」
ユタさんが聞いてきた。
「ううん。もう一つ。メグミ……ややこしくなるから、彼女って言うけど。彼女が『自分はずっと全部を見てきているから
「また、変な部分を聞いたもんだ」
とうさんが笑いながら言う。
「だって、大人になってから見ても驚くんだもの。子どもの私からどう見えたんだろうって気になるわ」
「汲み取り式を知らない世代なんだな、メグ……ミさんは」
ユタさんが感心したように言った───ちょっと噛んでたけど。
「それで、どうだった?」
とうさんが先をうながす。
「私、すごく大泣きしていたわ。トイレに行きたくなったって言って連れて行ってもらったのはいいけど、真っ黒い穴が怖くて。穴に落っこちちゃうんじゃないか、落ちたら食べられちゃうんじゃないかって思ったのよね」
「ああ、食べられちゃう……わからないでもないな。で、ちゃんと無事にトイレは済ませられたの?」
「うん……庭で、ね」
「庭、で?」
「そうそう。抱っこしてあげるから大丈夫って言ったが、それでも納得してくれなくて。しかたなく庭でさせてもらったんだよな」
「しゃがんで使うタイプのトイレは、幼稚園で使ってたから大丈夫だったわ」
「そういえば、最近は腰かけ式が主流だから、若い子の中にはしゃがんで済ませることができない人がいると聞いたことがあるよ」
「そうなんだ。そういえばあの日は、マナさんの静養の相談に行ったんでしょう?彼女があとから知ったことだけどって教えてくれたわ」
「そうだよ。マナの退院が近づいていたからね。納屋の部屋の状態を確認しに行ったんだ。愛美のトイレ騒動でほとんど何もできなかったが」
「じゃあ、準備はどうしたの?」
「日を改めてとうさんがひとりで行ったりしたかな。まだ戻っていない記憶なんだろうが、あのトイレに洋式トイレになる簡易便座を取りつけてもらってからは、愛美も連れて行けるようになったんだよ」
「おばあちゃんが『ばあちゃんが何かいい方法を考えておく』って言ってくれたのは、そのことだったのね」
とうさんがうなづいた。
「返してもらった記憶は、そのふたつ?」
「うん。もう、朝になるからって。また来るって言ってたわ」
「そうか……」
「そう、『私に返してほしいと思う記憶が出てきたときに、子守歌を歌ってくれたら、出てくる』って。それも歌詞を一部分変えた子守歌」
「子守歌を、か?」
「そうなの、とうさん。私が彼女の存在を認識して、ちゃんと納得したから出てこられるようになったけれど、いつでも好きな時には出てこられないみたい」
「……彼女は、とうさんたちが『メグミ』と呼んでいた彼女はどうやって愛美の中に入ったんだ?」
「確かに、オ……ぼくも気になりますね、それ」
「私も彼女に聞いたの。『あなたは私なの?それとも、もうひとりの……?』って。そうしたら『最初はもうひとりの方だったけれど、生きて産まれられないとわかった時に私が彼女の意識を私の中に吸収してくれた』って。『ふたりで一人として生きよう』って言ってくれたって」
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