雪女ちゃんは初めてがいっぱい! 後編

 スキー場に到着いたしました!


 白銀の世界には胸が踊ります。

 雪が恋しかったのです。

 だってわたし雪女ですから。


 懐かしい雪景色にほっと安堵して故郷の雪女の里を思い出しちょっとしんみり。家族や里村の皆は元気でしょうか?


「大丈夫? 寒い?」

「ああ、いえっ、全然大丈夫です!」


 わたしは夏希先輩にスキーの板や靴にウエアを一緒に選んでもらいました。スキー板の長さや靴のサイズとか初心者のわたしに合わせてアドバイスをしてくださってとっても助かります。


 夏希先輩って親切でそれに格好良い! 切れ長の瞳が涼し気なのに笑うと人懐っこい雰囲気で可愛いんです。


 どきどきが止まりません。

 これが恋なのですね。


 熱くて甘い疼きがして。ぎゅっと胸の奥が切なく痛みます。


 まさかわたしが一目惚れなるものを経験するだなんて!




 お友達はリフトでゲレンデのコースに行くのでわたしも皆さんについて行こうとしたのですが……。


「真雪ちゃん。こっちおいで」

「夏希先輩?」


 わたしは夏希先輩に呼び止められました。

 スキー板を少し体に慣らしておこうって言ってくださったのです。


 夏希先輩に案内されたのは初心者の人達が練習するスノーパークです。


「リフトはまだハードルが高いかもよ? 真雪ちゃん。良かったらここで俺と練習しない?」

「良いんですか? 夏希先輩、ご自分が滑る時間がなくなってしまいませんか?」

「いいのいいの。バスの中でも約束したろ?」


 夏希先輩のご好意で付きっきりの練習が始まりました。


 わたしったら夏希先輩がせっかく熱心に教えてくださるのに彼の横顔や優しい声音についうっとり。


 ごめんなさい。


 しかも気を抜くと夏希先輩に胸キュンして体が溶けてしまいそうになります。

 危ないですぅ。

 寒いスキー場なのでわたしの雪女の妖気は絶好調で溶けてもすぐに回復はしますが用心に越したことはありません。

 誰かに見られないよう細心の注意を……って考えてたから――!


「きゃあっ!」


 すってんころりんって転びそうになって夏希先輩が横から抱きとめてくださいました。


「大丈夫? 怪我してない?」

「だ、大丈夫です! ありがとうございますっ」


 夏希先輩が優しくて。手取り足取りのご指導が嬉しすぎます。

 だけどいっこうに上手くならないのでわたし、段々と一生懸命に教えてくれる夏希先輩に申し訳なくなってきて。

 シュンって落ち込んでしまいます。


「わたし、全然だめです」

「そんな事ないよ? そっか転ぶのが怖い? 真雪ちゃんさ、転んでもここはパウダースノーで痛くないから」


 初心者用のスノーパークは小さな子供でも楽しめる所、故に傾斜は大したことがないのですが、どうも運動全般が苦手なわたしには初めての事をやろうとするとぎこちなく体が上手く動いてくれません。


「真雪ちゃん、もしかして寒い? カイロを買ってきてあげようか? 体があったまってないのかな」

「あっ、いえ。わたし寒さには強いんです」

「そう?」


 わたしは雪女で寒さは敵ではなくむしろ味方で快適なのです。


「さっき教えた転び方さえ出来れば頭打ったりもないはず。……うーん、そうだ! 真雪ちゃん。気分転換にアレやらない?」

「アレですか」

「まず雪遊びを楽しもうよ。真雪ちゃんさえ嫌じゃなかったら俺とスノーチューブかそりで滑ろっ! ねっ?」


 雪に戯れるのは雪女の本分。

 体も妖気も雪の結晶が混ざりあっています。

 そんな私が雪の上を滑走するスキーすら出来ないとは情けない限りです。


 夏希先輩が指をさした先にあったのは大きなゴムチューブで出来たスノーチューブなるものとソリです。

 子供や初心者でも危なくないようコースの坂は低くこんもりとした小山といった感じです。


「白ウサギちゃんの雪遊びの丘だって。可愛いネーミングだね」


 見ると白ウサギちゃんのゆるキャラがゲレンデで愛想を振りまいてソリ遊びをしています。


「はい。白ウサギちゃん可愛いですね」

「真雪ちゃんの方がもっと可愛いけどね」

「えっ」


 夏希先輩は気を遣ってくれてます。

 ご迷惑ですよね。


 こんなことならわたしお休みすれば良かったかしら。

 ああ、でも今日来なかったら夏希先輩ときっと出会えなかった。


 学校の行事と思うと緊張感が襲います。

 体育は何をやっても下手くそで強張ってしまうから。

 スキーを授業と思わずに遊びだって楽しめれば。

 自分の運動神経の悪さが恨めしいです。


「真雪ちゃん?」

「あっ、はいっ。そり滑ります!」

「ふふっ、元気になった? ちょっとあの店で休憩してから行こっか」


 夏希先輩は自分のスノボーの板とわたしのスキーの板を手早くレストハウスの前の置き場所に立て掛けエスコートしてくれます。


 お店の扉を開けたらもわっと暖かい風が対流してきます。中に入ると食堂とお土産物屋さんが併設されていました。エアコンとストーブが焚かれていて外の冷気を忘れちゃうぐらい暑いです。

 スキーウエアも着ているしあっついですぅ。

 わたしは体が溶けちゃわないよう雪女の得意な寒冷の妖気を出し体温調節しましょう。


 あとここはカレーのすごくいい匂いがしてますね。


「俺、ドリンク買って来る。真雪ちゃんは何飲む?」

「あっ、良いんですか?」

「うん、もちろん。俺はココアにしようかな」

「ではあのレモンティーで」

「温かいのだよね?」

「えっと冷たい方で」

「そ〜お? 大丈夫? まあ、ここは暑いぐらいだけど。じゃあ待ってて」


 夏希先輩が戻って来ると手渡されたレモンティーのグラスが手にひんやり心地よいです。

 わたしが代金を払おうとしたら先輩に笑いながら「要らないよ」って断られてしまいました。


「俺、今日は来ないつもりだったんだ」

「えっ? そうなんですか?」

「でも来て正解だったな。君に逢えたから」

「あっ、えっと嬉しいです。わたしも夏希先輩に出逢えて嬉しいです」

「ありがと。実は俺、親の転勤でもうすぐ海外に引っ越すんだよね。真雪ちゃんのおかげで最後にいい思い出が出来そうだ」

「ふえっ、お引越しですか!」

「うん。君とは知り合ったばかりで残念だけど……」


 がーんってわたしの頭に衝撃がきました。

 大きい雪玉を投げつけられたみたいにでっかいショックが襲います。


 せっかく初めて人を好きになったのにもうお別れが近いだなんて。

 もっとこれから夏希先輩のことを知って仲良くなっていっぱいお喋りしたかったです。

 ……なんだかいやです、さみしいです。


「真雪ちゃん? ごめん、しんみりしちゃったかな」

「あっ、いえ、そのぅ。あのっ! 夏希先輩、わたしと一緒にいて楽しいって思ってくれてますか?」

「もちろん。俺、真雪ちゃんといると楽しい。……さあ、そろそろ行く?」


 立ち上がってお店の扉に向かいます。

 その時ですね!


「あっ……」


 先輩が「こっち」って言いながらわたしの手を掴んでいました。

 一緒に並んで歩いて行きます。


 あったかい手……。

 先輩、大きい手です。


 横を見上げてみます。夏希先輩は背が高くって声が柔らかで優しいな。


「真雪ちゃん」

「はい、夏希先輩」


 耳に心地よいのです。先輩が「真雪ちゃん」ってわたしの名前を呼んでくれる声が。気づけばもっと名前を呼んでほしいだなんて贅沢なお願いを抱えてしまっています。


「これ、どうぞ」

「はい?」

「良かったら使ってこれ」

「あっ……」


 瞬間、わたしの顔にぬくぬくしたものが当たっていました。

 目の前に悪戯な笑顔の夏希先輩の顔があります。


「雪だるまの形のカイロですか!」

「うん。さっきそこの店で見つけたんだ。レンジで温めて何度でも使えるんだって。お店の人に温めてもらった。真雪ちゃんにあげる」

「ありがとうございます」


 わたしは雪女ですから寒さなんてぜんぜんへっちゃらで。

 むしろ雪が吹雪いても心地よいぐらいなのです。

 本当は寒空のもとでカイロはまったく必要ない体質なんですが、夏希先輩のお心遣いが嬉しくってたまらないです。


 そのあとわたしは夏希先輩と思いっきりスノーチューブ(わあっ、一緒に)やそり(きゃっ、相乗り!)でランチの時間まで楽しく過ごしました。


    ❄❄


「真雪ちゃん、隙ありっ」


 夏希先輩が投げた小さな小さな雪玉が私の肩にポンッて当たって粒子になり雪がひやっと顔にかかります。


「あーっ、夏希先輩! お返しですぅ」


 夏希先輩がスキーの練習の合間に悪戯を仕掛けてきます。

 わたしもお返しに雪玉をえいやって投げました。


「うはっ、結構本気のスピードじゃん。すげえっ。真雪ちゃんって運動音痴とか言ってけどコントロール良いじゃんか。体育も球技系なら得意になれるかもよ?」

「えっ? 本当ですか? ……夏希先輩に言われるとそんな気になってきてしまいます」

「うん。スキーだってさ、ちゃんと上達してる」

「そ、そうですかっ? ありがとうございます」


 夏希先輩の眩しい笑顔……。

 そこでスキー場にハッピーなラブソングが流れてきてわたしは一瞬息が止まりました。


 歌の歌詞が『わたしだけに向けられたあなたの笑顔が大好き♪』と聴こえちょうどぴったりです。


 ぽーっとわたしは夏希先輩の顔に見惚れてしまっていました。


「すごいよ、真雪ちゃん。何度も挑戦して諦めないって偉いぞ。俺も苦手でも頑張んないとな〜」

「夏希先輩にも苦手だってことあるんですか?」

「もちろん。俺だって完璧じゃないもん」

「あの……うかがっても?」

「俺の苦手なもん?」

「はい。あの無理には……」

「真雪ちゃんには教えちゃおう。えっと俺、人前で歌うのが恥ずかしくって友達にカラオケ誘われるとマジ困る」

「ふふっ、ちょっと可愛いです」

「そお? 大人になると付き合いでカラオケとかあるっつーから練習しないと」

「そんな今から?」

「ちょっとずつね」


 先輩って頑張り屋さんですね!



 午後は夏希先輩にスキーの基本中の基本を教えていただきました。

 時々転びそうになるとさっと抱きとめてくれます。


「スキーとかスノボーってさ、よく転んで覚えるとかって言うけど怪我はない方が絶対に良いに決まってるから。雪の柔らかい場所で正しい転び方すればそんなに痛くないよ。来年からはスキー教室に入るってのもテかな」


 そう言う夏希先輩の顔がすぐ近くにあります。

 どきどきどき。

 胸の鼓動が早くなります。


 わたしは恥ずかしさがマックスです。顔が熱くなってしまい先輩の方がまともに見られませんっ。


「本当は真雪ちゃんがスキーがある程度滑れるまで練習付き合ってあげたかったな」

「わたし、頑張りますっ。集合時間までお付き合いくださいますか?」

「いいよ。明日も一緒に過ごそうか? 真雪ちゃんが良かったらだけど」

「でもそれじゃあ、夏希先輩がスノボーで滑る時間がまったくなくなってしまうのでは……」

「じゃあ、一本だけ滑るから待っててくれる?」


 夏希先輩が待っててと言った場所は展望台でそこからは上級者コースがよく見えます。

 わたしは先輩の姿を目で探してそっと追っていました。

 妖怪雪女であるわたしは太陽の陽光に照らされた眩しい白銀の世界でも目が利くんだって思い出していました。

 

 夏希先輩が頂上から雪を散らしてシュプールを描き滑走してくるのが見えます。


「かっこい〜い!」


 だってジャンプとかしちゃってるんですよ?

 めちゃくちゃ上手なのでびっくりしました。


 夏希先輩――。あんなに楽しそうにスノボーを滑っているのに、初心者のわたしなどを相手してくださって退屈でしたよね。


 先輩、白銀の貴公子って感じです。素敵です。

 まるでお伽話の王子様みたい。優しくってイケメンな夏希先輩。


 初めて好きになった人……。

 やっと訪れたわたしの初恋。


 ですがお別れはすぐやって来てしまいますね。


 この想いを伝えなくてはずっとわたし後悔してしまうでしょう。

 わたしは決心しました。


 ――明日、スキー旅行から帰るまでに夏希先輩に告白しようって。



    ❄❄



 夜はしんしんと新雪が降り積もります。

 踊り出したいぐらいわくわくとするのはわたしの雪女の特性でしょうか。


 わたしはみんなが寝静まった夜中にそっと宿泊先のホテルのテラスに出ようとしました。

 先生に見つかりませんように。


「楽しいです。とっても……」


 土地の特産物をふんだんに使った夕食、学校の仲良しのみなさんと一緒に食べると美味しくて楽しいことを知りました。


 お布団に入ってからのお友達との恋バナはきゅんきゅんしました。

 いざ寝ようと思っても目が冴えてしまいなかなか寝付けません。


 そしてずっとときめいた胸が騒がしいのです。

 夏希先輩に……。


 わたし彼の笑顔ばかりが頭によぎってしまうのです。


「あっ、夏希先輩?」

「真雪ちゃん?」


 信じられない。

 テラスに先にいたのは夏希先輩でした。

 わたしたちが互いを呼びあう言葉を同時に発すると白い息がのぼっていきます。


「驚いた。君も寝れないの?」

「はい、ちょっとどきどきがおさまらないのです」


 先輩に見つめられていてわたしも見つめ返します。


「どきどき? 俺と一緒だ」

「先輩もどきどきしてるんですか? 何に……」


 あっと言う間もなくわたしは夏希先輩にぐいっと抱き寄せられていました。


「――好きだ」

「夏希先輩……」


 わたしもです。

 言葉に出そうとしたのにどうしたことでしょう? 驚きすぎたのか声になりません。


「真雪ちゃん、俺は君のことが好きだ」

「あの、わたしも! わたしも夏希先輩のことが大好きです」

「ほんと? まじでっ?」

「はい、まじです」

「よっしゃあ!! やったあ! 真雪ちゃん、俺すっげえ嬉しいよ」


 わたしだって先輩、嬉しすぎてどうしましょう!

 でも夏希先輩は引っ越しをされてしまうのですぐに会えなくなってしまいます。


 想いが通じ合ったのに離れ離れです。

 それにわたしには重大な秘密があるのですが先輩は受け止めてくれるでしょうか。


「こっちに残れないか両親に聞いてみるよ」

「はい。でももし遠距離でもわたし、頑張ってお手紙書きます」

「ありがとう。だけどさ、両想いになったとたん遠距離とかぜったいに俺がムリ。そんなの真雪ちゃんに会いたくなっちゃうに決まってる。ちょっと我慢できる気がしない」


 夏希先輩に抱きしめられたらなぜか泣きそうになりました。

 言わなくてはなりません。

 誠実な想いをぶつけていただいたのですからわたしだってちゃんと隠し事せずに先輩に接するべきですよね。


「あの、先輩……わたし」

「んっ?」

「わたし、雪女なんです」

「えっ? 雪女?」

「はい、わたしの正体は妖怪雪女なんです」


 夏希先輩はそっとわたしの顔に触れました。


「なにそれ、最高じゃん!」


 わたしの唇に夏希先輩の唇がふわっと重なりました。

 ……あっ、ファーストキス。


 雪の降るゲレンデの雪がライトに光ってきらきらして舞っています。


「雪女の真雪ちゃん。君のこともっと知りたい、俺に教えて」

「はい、もちろんです。先輩のこともたくさん教えてくださいね」

「うん、分かった」


 夏希先輩に握られた手が熱くて溶けて蕩けちゃいそうです。


「明日も一緒に雪遊びしような、真雪ちゃん」

「はい、夏希先輩。よろしくお願いいたします!」


 ふふっと二人で顔を見合わせて笑っていました。


 わたしと先輩、人間と雪女の恋ですからきっと前途多難です

 でも二人で見てるまっさらな雪がとっても綺麗で綺麗で。


 わたしは夏希先輩と心が通じ合った夜のこの景色をずっと忘れることなんて出来ないと思いました。



     ☃おしまい♪

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

「わたしが雪女だからって、すごくクールでスキーが上手いとはかぎらないのです」 天雪桃那花(あまゆきもなか) @MOMOMOCHIHARE

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ