第7話 楽に成る
「それはヴァイオリンね? 別に音楽史を学ばずとも、実技や楽典はクリアできるでしょうに」
俺がギターケースだと思っていたものは、ヴァイオリンケースだったようだ。
「そ、そうなんですけど、やっぱり音楽の歴史も知っといた方がいいかなって思って……まぁ本当は、練習の気晴らしみたいなもんなんですけど。あ、私は藤堂瑠香っていいます」
瑠香が気恥ずかしそうに笑うと、千波は相手の手を握った。
「いや、勉強とは本来そういうものよ。学校を意味する『スコラ』も、もともとはギリシャ語で『暇』を意味する単語が由来だし。暇なときや気晴らしに勉強するは大いに結構なことよ」
「ありがとうございます。博識なんですね。実は私の志望する音大、共通テストの点も加味されるんです。だから本当は勉強しなきゃなんですけど……」
「なら、当然勉強もしなくちゃね」
ということは高3か。俺たちより一つ年上だな。だが、千波は一向に上から目線の態度を崩すことはない。
「でも、こうとも言う。『詩に興り、礼に立ち、楽に成る』」
「え、どういう意味です?」
「人間、詩によって思いを興し、礼儀によって規範を身に着け、音楽によって人格を完成させる、という意味の孔子の言葉よ。音楽には高度な技術と精神性を要求される。いわば学びの最高峰。勉強以外のことを究めるために、勉強や教養も当然必要になってくるというわけよ」
なかなかに説得力のある言葉だな。俺が言っても空疎に響くだけだが、全国模試一位の千波が言うと重みが違う。いや、瑠香は千波が全国レベルの秀才だとは知らないはずだ。それなのに、言葉や立ち居振る舞いからそう感じさせている。
まさに、『世界征服の精神』を探求するにふさわしい人間だと思った。
ま、俺はそれでも、金が手に入って美女にモテればいいけどな。
究極、それが人生の成功と言えるものに決まっているからだ。
意識高すぎるJKと目指す!学歴の最高峰! 川崎俊介 @viceminister
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