第6話 学問の領域
講義の内容は、ウィリー・アペルの提唱した音楽史150年周期説についてだった。
俺は音楽選択だが、こんな時代区分の仕方があったなんて衝撃だった。思わずメモを取ってしまう。勉強に効率しか求めてこなかった俺がこんなに興味を惹かれるとは。自分でも驚きだった。いや、これはもう既に、「勉強」ではないのかもしれない。これはもはや学問の領域。研究内容の伝授といったところだろう。
対する千波は、メモも取らずに聞き入っている。熱心だな
講義が終わると、教授の前に列ができ、皆が質問し始めた。
「興味深い内容だったな」
「そうね。音楽の中心地の変遷が、時代区分を示す用語に現れているというのは、面白い観点だったわ」
そう。さっきまるで意味の分からなかった用語たち
―アルスノヴァはラテン語。ヌーヴォームシチェはイタリア語。ノイエミュジークはドイツ語らしい―
は、音楽の中心地の変遷を表わしていたのだ。
ラテン語はローマカトリック教会の公用語。つまり、教会音楽として誕生したクラシック音楽が、イタリアに中心地を移し、その後ドイツへと流行の最先端が移ったというわけだ。
「でも、メモ取らなくて大丈夫なのか?」
「私は理解を優先して話を聞くから。ノートには後で書き起こす」
「なるほど」
そういう聴講の仕方もあるのか。
それにしても、熱心に質問している老人たちのせいか、なかなか列は減らない。内容が聞こえてくるが、『それはどこの文献に書いてあった情報か』、などの本質的でない質問ばかり。中には肩書の自慢までしている奴もいる。
「質問が下手なのか、単純にバカなのか……」
千波はあからさまに苛立っている。
「まぁ仕方ない。俺たちは帰るか」
そう言いかけたとき、さっきのギターを背負った女子が最後尾に並んでいるのが見えた。
「迷惑な話よね。きっとあの子も東帝大志望でしょうに」
「ま、老害はどこにでもいるよな」
「ちょっと私、行ってくる」
「え、やめたほうがいいんじゃ……」
まさか、老人たちに抗議しに行かないよな?
「そこのあなた、私で良ければ質問に答えるわよ」
「え、あぁ、ありがとうございます。ちょっと聞き取れなかったところがあって……」
その後、千波はギター少女に色々と解説しているようだった。さすが。講義内容を完全に理解していなければできない芸当だな。
「よく分かりました! ありがとうございます! ちなみに、お名前は?」
「藍川千波。そこのは雨海くん。あなた、音大志望なの?」
「そうですが、どうしてそれを……」
「それ、和声の教科書でしょ?」
「そうです!よくご存知ですね!」
「表紙の色が独特だから、本屋で見かけたとき印象に残ってたのよ」
さすがの博覧強記ぶり。これは俺の出る幕はなさそうだな。
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