第5話 大学潜入

「え? 映画? いや私興味ないし」


 次の日、ごみ置き場で会った千波を映画館に誘うと、あっさり断られた。


「そ、そうか。なんというか、昨日会ったばかりなのにすまない」


 俺が謝ると、千波は可笑しそうに笑った。


「フフッ、そんなに気にすることないって。まわりくどいデートのお誘いよりはよっぽどいいよ。私引いてないから大丈夫」


 千波が面倒な性格じゃなくて本当に良かった。さっぱりした人なんだな。


「そうか、良かった。じゃあまた、機会があれば……」


「いやさ、それより私に付き合ってよ。行きたいところがあるの」


「あぁ、いいけど」


 と言われ、俺は慌てて準備をしてアパートの廊下に出た。


 千波の私服姿を期待したのだが、普通に制服を着ていた。

 

 電車を乗り継ぎ着いたのは、東帝大学だった。通称東大。日本一頭の良い大学だ。


「え、まさか藍川さん、ここの教授か何か?」


「そんなわけないでしょ。まぁ、いずれはなりたいけど。ここでは毎月、土曜講座が行われているの。東大教授の講義が聞ける貴重な機会よ」


 東帝大といえば、「到底(=東帝)受からない」という文句で有名な超難関校。そんな学び舎に潜入できる機会があったとは、驚きだ。


「何の講義なんだ?」


「西洋音楽史よ」


「藍川さん、音楽にも興味あったのか」


「興味はないわ。でも、アリストテレスは、音楽などの芸術をポイエーシスという学問に分類した。だから、音楽についても知る必要があると考えただけよ」


 相変わらずのアリストテレス狂いだな。


 実際に教室に入ってみると、結構年配の人が多かった。まぁ、学生で土曜講座に来るなんて、相当意識の高い人間だけだろう。それこそ千波のような。


 だが、一人だけ同年代っぽい女子がいた。なにやらギターケースのようなものを背負っている。やっぱ音楽繋がりで聞きに来たのだろうか。


 事前にレジュメが配られたが、何のことだかさっぱりだった。


 アルスノヴァ、ヌーヴォームシチェ、ノイエミュジーク等々、聞いたこともない単語が年表上に並んでいる。


 なんだか知らないが、音楽の時代区分って、バロックとかロマン派とか、そんな感じじゃなかったっけ?


 横を見やると、千波は食い入るようにレジュメを見つめている。さすがは気合の入り方が違うな。


「おい、始まるぞ」


「分かってる」


 千波は眼鏡を取り出し、前を凝視し始めた。


 こいつ、眼鏡もなかなか似合うな。


 俺はしばらく見とれてしまった。


 講義の内容に集中できたのは、始まって五分後だった。

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