第二撃 漢、咆哮す


「なっ?! なな、ななんだてめえは?!」


 ゆっくりと、だが確実にこちらへと近づいてくるおとこの姿を見て、少女を拘束しているチャラ男が先ほどまでの耳障りなふざけた口調とは対照的な怯えきった口調で漢に吐きかけた。


 されど漢はチャラ男の言葉に答えることはなく、全身から異様な空気を発散させ、凄まじい眼光をチャラ男に向けながらチャラ男の元へと力強い歩を進めていく。


 チャラ男に拘束されている少女は、いったい何が起こっているのだろうかと困惑した瞳を漢に向けていた。そんな少女の困惑の瞳に、漢は一本筋の通った鋭い眼光を少女に向ける。その眼光は、少女に無言で語り掛けていた。


 ――――案ずるな。すぐに助けてやる。


 少女の心が、言い知れぬ安堵感によって包まれる。それと共に、少女は自分の心に、ほのかな淡い感情がわき上がってくるのを感じていた。


 これって……恋……?


「そ、それ以上近づくんじゃねえ!! お、おいお前ら、あのふざけた学ラン野郎をなんとかしてこい!!」


 少女を拘束しているチャラ男が、他のチャラ男共に命令する。どうやら、リーダー格のようだ。


 だが、しかし。リーダーの命などよりも、チャラ男共は自分の身のほうがかわいいらしい。


「はぁっ?! か、勘弁してくださいよぉ!! あんなバケモンと絡むとか、命がいくつあっても足んないッスよぉ!!」


 というような捨て台詞を吐きながら、リーダー格以外のチャラ男共は、我先にとこの場から走り去っていった。リーダーが逃げていくチャラ男共に視線を移し、声をあげる。


「おっ?! おいっ?! お前らどこに――――」


 リーダーの情けない声は、漢が鉄ゲタで地を踏みしめる音によって中断させられた。リーダーが前方へと視線を戻すと、そこには圧倒的なる存在感をもった漢が、眼前へと立ちはだかっていた。


 漢の無言の圧力が、漢の見下ろす視線と共にリーダーへと降り注ぐ。リーダーは身を震わせながらも、


「て、てててめえ! な、なにか文句でもあんのかよ?!」


 と、精いっぱいの強がりと空威張りを漢に披露してみせた。


「文句――だと?」


 漢の瞳が激昂げっこうの色に染まりあがったかと思うと、


「うぬはッッッッッッッ!!! それでも男かッッッッッッッ!!!」


 という、空気を切り裂くほどの怒号が、リーダーに浴びせかけられた。


「ひぃっ?!」


 怯えるリーダーに、漢がさらにたたみかける。


「嫌がる無垢な少女を多勢で囲みッッッッッッッ!!! 卑劣にも抵抗もできぬようにしてかどわかそうとは言語道断ッッッッッッッ!!! うぬは男にあらずッッッッッッッ!!! うぬのような外道ッッッッッッッ!!! この藤堂薫が成敗してくれるッッッッッッッ!!!」


 地を揺らすほどの怒号。そして虎でさえも尻尾を巻いて逃げるような迫力。これを聞いたリーダー、


「ひっ?! ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!」


 と、漢の風上にもおけぬような情けない涙声を発しながら、抱きとめていた少女を放り出し、その場から逃げ去った。


「きゃっ――――?!」


 とつぜん突き飛ばされた少女が小さく悲鳴をあげつつ、前方へとつんのめった。その先には、漢の丸太のような脚がそびえたっており、少女は図らずも、漢の足にしがみつく格好となってしまった。


「はうっ?! あ、あのっ、え、ええっと、その……」


 漢の足にしがみついたまま、少女が頬を真っ赤に染め上げながら、わきゃわきゃとじたばたしながら言葉に詰まらせていると、漢は少女から足を離し、ゆっくりと少女に背を向けた。


 少女は、漢のあまりにも頼りがいのある巨大な背中を見て、しばしの間、その背中を見つめることしかできなかった。


 しばしの時が過ぎたところで、少女は己が呆けていたことに気づき、慌てて我に返ったところで、少女は漢の背中に慌ててちょこんっと頭を下げた。


「あっ、あのっ、あ、ありがとう、ございます……」



 少女が感謝の言葉をのべても、漢は振り向くことなく、ただただその背中を少女に向けているだけであった。


 言葉なぞ蛇足でしかなく、真の漢はただ背中でもって語るのみ。


 少女は、漢の行動に、感覚ではなく、心で理解した。


 この人は、きっとお礼なんて必要ないっておっしゃっているんだ。


 少女が頬を赤らめて、漢の背中を恋慕れんぼの情が混じった憧れの瞳で見つめていた――――。


 だがっっっっっっっっっっ!!!!!!!


 少女の推測はっっっっっっっっっっ!!!!!!!


 間違っていたっっっっっっっっっっ!!!!!!!


 漢は別に深い意味をもって背中を向けているわけではなかったっっっっっっっっっっ!!!!!!!


 漢は背中を向けざるをえなかったからこそ、背中を向けていたのだっっっっっっっっっっ!!!!!!!


 漢はっっっっっっっっっっ!!!!!!!


 鼻血を垂れ流していたっっっっっっっっっっ!!!!!!!


 漢はっっっっっっっっっっ!!!!!!!


 少女のあまりの愛らしさに、全力で萌えてしまっていたのだっっっっっっっっっっ!!!!!!!


 ファンシーグッズと愛らしいものに目がない漢にとって、小動物のような愛らしさをもった少女は、まさに、かけがえのない価値をもったものだったのだっっっっっっっっっっ!!!!!!!


 ぷるぷると身を震わす漢の背中を、ただただ真っすぐと無垢な瞳で見つめる少女。


 声をかけねばならぬッッッッッッッ!!! このまま無言で去るなど、俺にはできぬッッッッッッッ!!!


 このような愛らしい少女と会話する機会など――――二度とこぬかもしれぬッッッッッッッ!!!


 女とまったく縁のなかった漢にとって、今、己の背の先にいる、愛らしさの権化ともいうべき少女と会話をすることなど、それこそ筆舌にしがたい困難であるといえた。


 しかし、このまま声をかけずにここを去っては、きっと一生悔やんでも悔やみきれぬ後悔を残してしまうだろう。漢は、覚悟を決めた。


 漢は、満身の力をこめ、少女に背を向けたまま、こう言った。


「礼など……必要ない」


 なんということか。漢がかろうじて口にできた言葉は、少女が思っていた言葉と一致してしまっていたのである。


 やっぱり、そうだったんだ。身体が大きくて、すごく声も大きくて怖そうな人だけど、本当はとっても優しい人なんだ。


 少女が顔をこれでもかと赤らめながら、プルプルと小刻みに震える漢の背中に、遠慮がちに手を添える。


「ぶふぉっっっっっっっっっ!!!!!!!」


 悶絶。噴出。解放。


 漢は盛大に鼻血を吹き上げた。


 このままここにいては、末代までの恥をさらすことになろうぞっっ!!


 漢は一目散にその場から駆け出したっっ!!


 そのおぞましい脚力によって地面に穴を空けながら走り去る漢の背中を、少女は淡い恋心を抱きながら見つめていた。


 またきっと……会えますよね……。


 果たして、少女の願いは叶うのであろうか?


 おお、神がまことに存在するというのならば、どうか少女の願いを叶えてくれたまえ。


 そしてそれはまた、漢・藤堂薫にとっても、大願でもあるのだから。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

派遣社員・藤堂薫は漢を目指すッッッ!! 日乃本 出(ひのもと いずる) @kitakusuo

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ