異世界モノの実験

田中満

第1話 夢が叶った!

 グシャッ!

 鈍い音と共に俺の頭蓋は中身をまき散らして空っぽになってしまった。

異世界で勇者になる夢くらいしか詰まっていなかった頭蓋だから、飛び散った所で別に損はない。俺自身の命が尽きた事を別にすれば、だが。


 ああ、あ。死んじゃったよ、俺。何が悔しいって、二十歳で他界した事でも、彼女いない歴と人生が同じ長さになっちゃった事でも、後で食べようと取っておいたプリンがアパートの冷蔵庫で朽ちていく事でもない。1週間も我慢して一気に最新の7話分を読もうと思っていたWeb小説。これよ、これ。まだ半分も読み終わっていないのに。マンションの工事現場横を歩きながらスマホで読んでいたのがいけなかったのかな?


「危ない!」って声だけ聞こえて、上を見たら鉄骨があったんだ。で、今。


 すげぇ小説の続きが気になるんだけど。丁度勇者パーティーが魔王の玉座の前に辿り着いたところでさ。主人公とヒロインが新しく編み出した必殺技をいつ使うのかって、マジで気になる。くっそう、誰だよ、鉄骨落としたの?


 って、待てよ?俺、死んだんだよね?何で悔しがってるの?意識があるって、どういう事?


 俺は目を開けた。開けられる目がある事にも驚いたが、目の前の風景にはもっと驚かされた。銀色の光が滝のように流れ落ちている。俺を取り囲むように、何もない上空から、これまた何もない足元に吸い込まれていく。手を伸ばして触れようとしたら、その光のカーテンは二つに割れてパッと消えた。途端に音の奔流が俺を包む。


「勇者様!」

「万歳!」

「おお、なんと神々しい!」


 四方八方から聞こえてくる歓声。俺はお立ち台のような物の上に乗っていて、回りをいかにも魔導士といったローブ姿の男たちに囲まれている。その後ろには目に痛いくらい鮮やかな服をまとい、花束を持った人の海が広がっていた。


「あ?え?」


 素っ頓狂な声を上げる俺は両脇から抱えられて運ばれていく。口々に俺を称えながら花びらを投げつけてくる群衆を抜けると、王宮といった感じの建物にそのまま入っていった。中も人であふれ、辺りには様々な花から発せられる甘い香りが立ち込めている。


 どうやら、大歓迎されているようだ。俺を勇者と呼んで喜んでいる。これは、ひょっとすると、俺ってば異世界に来ちゃったって事?やっべ、夢が叶ったってか?


 思わず顔がにやけてくるのが自分でもわかる。この際、夢でも良い。本当に異世界で勇者になれるのなら、何だって良い。


 王宮の中を突き進んで、立派な広間に出たところで俺は優しく床に降ろされた。目の前には巨大な玉座。そのわきに巨大な水晶玉と……そこまで認識して俺は固まった。水晶玉の横にはお姫様っぽい女の子が立っていたのだが、これがまた超絶可愛い。いや、可愛いなんてものじゃない。大好きだった『黄昏勇者珍道中』って作品のヒロインにそっくりだ。何度デートを夢見たか分からない、アイーシャちゃんにそっくりの女の子が目の前に居て、俺に向かって微笑んでいる。ああ、もう、死んでも良い、ってもう死んだんだった。一度死んでるんだから、もう何しても良いよね?


 俺も笑顔で女の子に向かって手を振った。リアルなら100%そんな勇気は無いが、死後の異世界だ。しかも、俺は明らかに勇者。女の子に手を振るのだって許される。


 木偶のように手を振り続ける俺に玉座の上から声がかかった。


「おほん。ええ、勇者よ!いきなりで悪いがおぬしには勇者特有の能力を開眼してもらい、この国の民を苦しめる魔王討伐の旅に出て欲しい!」


 おお、キタァ!


 これだよ、これ。俺はずっとこれを待っていたんだ!


「はい!王様、喜んで!どうしたら良いですか?」

「はは、威勢が良いな、勇者よ。実に喜ばしい!だが、ワシは王ではない。この地を大王ロドリゲス・パプアドス・フェルナス6世から預かるメック・ポップ・チャック大公である。さぁ、我が娘、アイ・ダイ・パイ姫の横にある水晶に触れるが良い!」

 

 謎過ぎる名前をいっぱい出されて俺は面喰ったが、展開は予想通り。あの水晶に触れたら女神か何かから能力を授かるんだろ?よぉし、任せろ。


 笑顔を振りまきながら俺はアイーシャちゃん(アイなんちゃらバイなんて呼びたくないから、俺の中ではアイーシャだ)の所まで歩き、促されるままに水晶に触れた。体を電流が抜ける衝撃と共に俺の意識は飛んで、気が付いたら何もない白い空間に一人で立っていた。


「よくぞ来た、勇者よ。幾万年もの間、我はそなたを待ち続けておったぞ。さぁ、そなたの秘められし力、解き放とうぞ!」


 周りの空間全体から響く声でそう聞かされると、再び電流が流れる感じと共に俺になかで何かが目覚めた。


「事は成された!さぁ、行くが……ん?」


 突然黙る声。なんだよ、「ん?」って?能力には目覚めたし、アイーシャちゃんの所に返して欲しいんだけど。


「ん~、まぁ、良かろう。おほん。さぁ、行くが良い!使命を果たし、この世に永遠の平和をもたらすのだ!」


 再び意識が飛んで、我に返ると目の前にはアイーシャちゃんの顔が!どうやら、水晶に触れた瞬間に俺は倒れて、彼女が膝枕をしてくれている。最高過ぎるが、彼女との結婚は後だ、後。魔王を倒してからだ。


「目覚めたか、勇者よ!おぬしの能力は開眼したばかり。これから鍛えていくのだぞ。だが、その前に、能力の鑑定をせねばなるまい。もう一度水晶に触れるのだ。増幅されたおぬしの能力が発動する」


 某ゲームみたいに雷の力とかが良いんだけど。勇者限定の雷落とすやつ。俺も自分の能力を早く知りたいから言われた通りに水晶に手をかざした。


 体の奥底で何かが弾ける感覚と共に急に俺にエネルギーが流れ込み始めた。すげぇ、気持ちいい。思わず喘ぎ声が出そうになる。自己強化系の能力だろ、これ。こんなに気持ち良いのか。力が溢れる。今ならリンゴどころか、石だって握りつぶせる気がする。やれる、やれるよ、俺!勇者として魔王を倒して、平和をもたらすよ!水晶から手を離した途端にその感覚は無くなったが、そのうち自分でも呼び出せるようになるだろう。


 能力を教えようと、満面の笑みを浮かべて俺が振り返ると、異様な光景に笑顔が凍り付いた。


 心臓を抑えて苦しそうにしている大公。涙をため込んだ目を大きく見開いて俺を床から見上げるアイーシャちゃん。蒼白な顔面に恐怖の表情を浮かべ、俺に向かって剣を抜いている衛兵たち。


 どうしたんだ?俺の後ろに魔王でも居るのか?


 そう思って後ろを確認したけど誰も居ない。やっぱり全員俺を見ている。なんだ?どうした?


「ぐっ、ぐふ……はぁはぁ、こ、こんな事が」


 大公が苦しそうにしながら玉座から立ち上がり、震える手で俺を指した。


「こやつは勇者などではない!予言にあったもう一人の可能性、『死食らいデスイーター』だ!こ、殺せ!こやつの力は、全ての生命を枯渇させる、『死』の力だ!能力を使えるようになる前に殺せ!」


 ええ!?話が違う!俺は勇者だよ!


 口を固く結んだ衛兵たちが剣を振りかぶり、俺に向かって走りだした。死んだばかりでまた殺されるとか、あんまりでしょ!

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異世界モノの実験 田中満 @Meruge

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