第12話 穴に託す未来

 ランティア領へ戻る馬車の荷物だが、シルクの反物が半分売れたかわりに同行者が増えていた。そう、イジョーレだ。

 メダヒ・ナリナ領は姉のイジョーレが正式に領主の座を継いだが、俺たちと同行するため弟のコムドラスを領主代行に指名し政務を丸投げしてきた。

 思惑通り実利主義のコムドラスは間を開けずシミターギ領に停戦協定の使者を送り、マオチャボ新領主もこれを了承。長く続いた睨み合いも一時の終息を見せる。


 ソドネレコ領の新首都を通過するついでに、領主となったコンダン将軍を半ば無理やり馬車に乗せ出発。

 ヨコーソノの領主もランティア領へ来るよう連絡を入れた。

 こうして、ランティア、ヨコーソノ、ソドネレコ、メダヒ・ナリナの領主が一堂に会し和平について話し合うこととなる。






 ランティアの領主邸。いつもは応接室で会話していたが今日は参加者が多いので会議室に集まっている。

 広い部屋はハッキリ言って地味。装飾品は一つもなく、会議に集中しなさいと言われてる気さえしてきた。

 中央にはどっしりとした長机がおいてあり、大陸が描かれた大きな地図が広げられている。

 本来ならホスト役であるイーヒトー様は議長席、言い換えるならお誕生日席に座るのがセオリーなのだが、俺がお願いし参列者と同じく横並びで着席してもらった。

 席順は上座からイーヒトー様、俺、メダヒ・ナリナ領のイジョーレ。向かい側にヨコーソノ領のカケダミオシ殿、ソドネレコ領のコンダン殿が着席している。

 イーヒトー様はこの面子を前にしても相変わらずほがらかな雰囲気を漂わせている。やはり只者ではない。

 等間隔においてあった椅子をイジョーレは移動させ、俺のすぐ近くに座っている。光が零れんばかりの笑顔で……。

 策謀が大好物の軍師カケダミオシ殿はブツブツ呟きながら不敵な笑みを浮かべていた。おそらくこの集まりの意味や展望を模索しているのだろう。

 緊張しているのは老騎士の元将軍コンダン殿だ。新領主となったばかりなのに、いきなり首脳会議への出席、可哀そうだが耐えてくれ。


「え~本日、お集まり頂いたのは――」

「私とキミの結婚式について、だな!」

 俺が話している途中なのにイジョーレが割って入る。

「ゴホン……。え~本日、お集まり頂いたのは――」

「仲人をお願いするため、だな!」

 脳筋馬鹿姫は満面の笑みだ。

「ちょっと黙っていようか、これから大事な話をするんだよ」

「結婚以上に重要な話などあるものか」

 信じられない、この子本気で言っている。

「黙らないと別れるからな」

「えっ!!」

 イジョーレは慌てて両手でクチを押さえた。

「あらためて、お集まりいただきありがとう。この会合は私の夢を成就させるため、皆様のお力をお貸し頂くための説得の場と考えてほしい」

「夢じゃと?」

 コンダン元将軍が渋い顔をしている。

「コンダン殿とイジョーレ殿にはまだ話したことのない俺の夢だ。改めて説明すると――」

 戦争撲滅のため大陸統一が必要不可欠な理由を詳しく説明した。


「なるほど。なるほどのぅ……。お主がワシに説いた責任とはこの事だったのじゃな。いいだろう力を貸そう」

「ありがとう」

「キミが私に近づいたのはその夢を成就させるためだったの?」

「最低な男だと理解している。この場に皆を連れてくることこそ俺の役目。だから会議が終わればお役御免だ。俺を切り殺すのは会議を終えた後にしてくれ。頼む」

「一つ聞かせて。私のこと愛してる?」

「まだ愛を語れるほどキミと時間を共有してないだろ」

「許さない。絶対に。あとで覚えてなさい。もういちど腹に風穴を開けてあげるわ」

「我慢してくれてありがとう」

 イジョーレは顔を背け肩を震わせる。

 本当にすまない……。なるべくなら痛みなく殺してくれると有難い。


「さて、大陸統一の方針。聞かせてくれるのだろう?」

 軍師カケダミオシが愉快そうに俺を見てくる。まるで玩具を前にした子供のようだ。

「もちろんだ。まずは合衆国を建国する。合衆国とは複数の領土が集合した新たな集まりだと考えてくれ」

「同盟や連合とは違うのかね?」

「それらはあくまで軍事的協力関係で治世的考慮は含まれていない。合衆国の目指す最優先事項は民の安寧だ。法を整備し、民は居住地を自由に選択できるようにする。圧制を強いる領地からは人が減り、厚遇する領地には人が増えるだろう」

「ふむ、理解した。続けてくれ」

「次に君主制から共和制に体制を変える。この世界は神職という呪いに縛られている。領主の家系に生まれたという理由だけで将来が決められる。それは悲劇を生む種でしかない。職業を自由に選ぶ権利は領主にもあるべきだ。それに無能な領主のせいで民が不幸になるのも避けられる。有能な領主を民が選挙で選ぶことで、より民のための治世が行われる。皆さんは領主の立場と権力を手放すことになるが、どうか一考して欲しい」

「俺は民の安寧が保証されるのなら領主の立場など捨てても構わない。それに領主は選挙で選ばれるのだろ、なら民に好かれる俺様が選ばれて当然だ、何の心配もないわ。ハッハッハ」

 民の安寧を重んじる人を俺は選んできた。軍師カケダミオシなら案に賛成してくれると期待していた。


「断る理由などありはすまいよ。初めからワシは傀儡だと言われとったし今更じゃ。早々に選挙を行い領主の座を誰かに投げたいわ」

 コンダン殿は政務より将軍のほうが似合う。


 イジョーレは椅子を等間隔の位置へ移動させていた。椅子の距離が心の距離だと言わんばかりだ。

「実権は既に弟に丸投げしてあるし私も依存はないわ。弟は嬉々として選挙に立候補するでしょうし、姉弟で無益な争いをせずに済むのは良いわね。それで、合衆国とやらの支配者にはキミがなるのかしら? それともイーヒトー殿?」

「合衆国のトップは大統領と呼ぶことにする。もちろん大統領も選挙で選ぶぞ」

「キミがその大統領になればいいじゃない」

「断る。俺には向いてない」

「あらそう、結構イケると思うのだけど、まあいいわ」

「それに俺より相応しい人がいる」

 横目でイーヒトー様を見ると深いため息をつかれた。

「そんな追い込むような目で私を見ないでくれ。わかっている。キミの期待に応えるよう私も立候補させてもらうとするよ」


「さて、大陸の三分の二が合衆国の領地となるわけだが、残る領地に対しても合衆国への参加を打診する。勝ち目のない争いだ、殆どの領地は抵抗なく参加を表明すると予想しているが、ロプシチア領は抵抗するだろう」

「仕方あるまい、侵略してきたばかりだからのぅ。舐めた相手が突然宗主国となるのだ絶対に折れることはないじゃろう。歴然とした兵力差じゃ攻めては来ぬだろうが……。お主はどうするつもりだね」

 コンダン殿が将軍らしい分析をしてくれた。

「相手の出方次第だ。もし強硬手段に訴えるのなら最後の汚れ仕事をするさ」

「そうか……最後の責任を果たすのだな」

「恨まれても仕方ないと思っているよ……」


 決めなければならないことは山ほどある。休憩のため会議は一時中断された。

 会議室を出ると、

「ちょっと待ちなさい」と、イジョーレに呼び止められた。

 俺の命もここまでか。両手を開き目を閉じる。

「叶うなら痛みを感じさせることなく一瞬で意識を断ってくれ」

 生まれ変わることができるのなら、次は空を飛ぶ鳥になりたい……。

「早合点しないで」

「え?」

「キミの命、暫く預けておいてあげる。合衆国とやらが私を利用するに値する価値があるのなら失恋にも納得できる。けれど、もし絵空事で終わるのなら世界の果てまで追いかけてキミの命を断ってみせる」

「それは不安だな」

 無意識に刺されたお腹を撫でていた。

「死ぬのが怖いの? 私のナイフを叫び声すらあげずに受けたくせに」

「違う。合衆国の成功は俺の力じゃ叶わない。立候補者と、それを選ぶ民の意思だ」

「イーヒトーさんに責任を押し付けて知らんぷり? それって逃げじゃないかしら」

「より適任者に委ね、俺は自分にしかできないことをするだけだ」

「女を騙すことが、自分にしかできないこと、ねぇ~」

 鼻で笑われてしまった。

「それについては誠心誠意謝らせてもらう」

「誠意ね……。なら最後に本音を聞かせて。キミの恋人に立候補したら叶うかしら?」

「俺は年下が好みだ」

 視界から一瞬で彼女が消えると、次の瞬間、彼女の握り拳が俺の下腹部にめり込んだ。

 軽々と宙を舞う俺の体、意識が薄れていく。

 優しく俺の体を受け止めた人がいる、ミリング、だ――。






 半年後。オマン合衆国の建国が大陸全土に宣布された。狙い通りロプシチア領を除く全ての領土から合衆国への参加が表明された。

 俺の名前を付けるのに断固反対したのだが聞き入れてはもらえなかった。


 兄殺し暗殺未遂の罪で軟禁しているヤツワイルの屋敷に俺は来ている。

「生きてるか~」

 薄暗い部屋の中でやせ細ったヤツワイルがブツブツと独り言を呟いていた。

 メイドたちは解雇されているので部屋は汚れ荒れ放題になっている。コイツからも酷い悪臭が漂っていた。

「軟禁は終わりだ、オマエへの監視は解除された。好きに生きるがいい」

「兄が死んだから俺を呼びに来たのか?」

 歓喜を含んだ声で聞いてきた。身内の不幸がそんなに嬉しいのか。

「ピンピンしてるぜ」

「解せぬ、なぜワシは解放されるのだ」

「君主制から共和制に変わったんだよ。兄を殺してもオマエが領主になることは絶対にありえない」

「ワ、ワシはランティア家の者だ! 代々領主を継いできた名家だ! 勝手に体制を変えるなど許さん!!」

「不服か。なら立候補するんだな」

「なん、だとっ」

「領民が相応しいと認めた者ならば誰でも領主になれる、それが選挙だ」

「認めるだとっ! 下々の者が、愚者が、このワシを認める? そんなフザケた話があるかぁ!! イーヒトーだなワシを苦しめるために汚い手を使いおって、みておれ、必ず殺してや――うぐっ! がはっ!!!」

「チャンスはやった。捨てたのはオマエだ。イーヒトー様の悲しむ顔は見たくなかったんだがな……」

 俺に残された汚れ仕事もこれで最後だ。

 いつの間にかミリングに背後から抱きしめられ頭を撫でられていた。






「アーセナルとの旅もこれで終わりだな」

 ロプシチア領へ続く道を馬車で移動する俺とアーセナルとミリング。

「そうですね、長かったような、短かったような。そうだ、俺、ランティア領に戻ったら結婚するんです」

 大陸統一は目前だし、エネマの出番はなさそうなのでランティア領でお留守番だ。

「不穏な話だな」

「どうして結婚報告が不穏になるんですか」

「オカルト的なジンクスがあるんだよ、旅先で故郷に残した恋人の話をすると不幸が訪れるってな」

「嘘でしょ? オカルト大好きですけど聞いたことありませんよ」

「なら主様は安心だな、ボクは常に一緒なんだから」

 俺の腕に絡みついているミリングが猫なで声で甘えてくる。

「ああ安心だ。俺の不幸はオマエが引き受けてくれるからな」

「ボクって弾避け?!」

「期待してる」

「うぐっ、主様の期待には死んでも応えるのか使命!」

 フンスと気合を入れている。言動は変だが可愛いところもある。


「しかしロプシチア領への特使、なぜ引き受けたんですか? 知ってますよね、前任の特使は耳を削ぎ落されたんですよ」

「安心しろ、ミリングが引き受けてくれる」

「耳さん、もう少しでお別れだね、寂しいよ」と言いつつ、自分の耳を愛おしそうに撫でている。

「茶化さないでください。護衛として心構えが必要なんですから」

 馬車の手綱を操りながら器用に突っ込みを入れてくる。彼との付き合いも長いしこなれたものだ。

「直接会って話がしたい。なぜランティア領に侵攻したのか、その理由、目的。何を欲し覚悟はどれ程か、どんな未来を見据えているのか。手段が違うだけで俺の目指す未来と同じかもしれない、それなら手を組むことだってできる。そう、聞きたいことが山ほどあるんだ」

「わかりました」

「随分とアッサリだな、文句の一つでも言われると思ってたが」

「噂話でその人のことを知った気になるな。これ爺さんの教えなんです。だから会って話したいという気持ちは理解できます」

「素晴らしい爺さんだな」

「はい!」

「ボクも爺さんの教え覚えてるよ。良い男は死んでも離すな」

 そう言いながら俺の腕にしがみついてくる。

「あのジジイ孫にろくでもないこと教えるなよ」

「そろそろロプシチアの首都に到着します」






 軍事費は大陸随一と言われるのに相応しく強固な防壁、屈強な兵士、厳しい軍規、統率された行動。はっきり言って息苦しさを感じる。

 町行く人々も不幸には見えないが、かと言って幸福そうでもない。進んで住みたいと言える町ではなかった。


 先触れを出してあるので難なく謁見を許された。

 謁見の間に向かう回廊の左右には、完全武装した兵士が一糸乱れぬほど綺麗に整列していた。

 まるで置物のように微動だにしない兵士は異様な雰囲気を醸し出している。

「ランティア領の特使殿、入室します!」

 扉の前で案内をしてくれた兵士が大声で叫んだ。

 重く厚い扉が軋みながら開かれた。


 中央に伸びる紫の絨毯の先、玉座には眉間にシワを寄せた二十代くらい男が座っていた。

 室内にも完全武装の兵士が並び、特使を歓迎するような雰囲気ではなかった。

 俺とアーセナルは部屋の中央まで進む。ミリングは気配を殺しどこかに潜伏しているはずだ。


「お会いできて光栄で――」

「うるさい、喋るな」

 鼻にかかったような高い声。領主にしては威厳がない。

 不機嫌だとしても挨拶ぐらいさせろよ。

「!!!!!」

 声が、出ない!

「跪け」

 なぜだろう、気が付いたら俺は跪いていた。

 迫力に負けたのだろうか。いや目の前の男からはプレッシャーを感じない。

「何もするな」

 指先すら動かすことができない。まさか、これは、領主の神職?

「性懲りもなく特使など送りおって、目と耳を潰し送り返せ。飼い主に伝えろ、オマエらの軍門には下らぬとな」

 反論は許されず、抵抗も叶わず、激しい痛みと共に光と音が失われた。






 気が狂いそうなほどの激痛なのに体は動かせない。叫び声も出せない。もがき苦しむことさえ叶わない。スキルが使えれば目と耳を治せるのに発動しない。

 体に伝わる振動、たぶん馬車で運ばれているのだろう。

 いつまでこの苦しみは続くのだろう、永遠とも思える闇の中、かすかに体に水滴が垂れているのに気づく。

 頬をなでられる感触。手を握られる感触。クチの中に水を流し込まれる感触。

 時間の感覚すらわからぬまま、激痛で何度も意識が途切れた。



 ふと体が軽くなり手足を動かすことができるようになった。

 スキル『穴復元』。

 傷は癒えたが神経が痛みを覚えているのか、まだ完全に感覚が戻らない。

 頭に巻かれていた包帯を乱暴に剥ぎ取ると光と音が徐々に戻ってきた。

「****ま! ***様! 主様!!!」

「ミリング聞こえる。心配かけた」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!」

 力強く抱きしめられた。

 子供のように泣きじゃくるミリングの頭を撫でて落ち着かせる。

「アーセナルはどこだ」

 まだうまく見えない。

「横で固まっていますぅ~。容態は主様と同じですぅうぅ~」

 手探りで位置を特定しスキル『穴復元』を使用する。

「状況を教えてくれ」

 ズビズビと鼻をすすりながら涙声で話し始めた。

「ランティア領に戻る途中ですぅ~。ひっく。ちょうど領土の境を通過したところですぅ~。ロプシチアは警戒が厳重で謁見の間に忍び込むことができませんでしたぁ。顔から血を流しながら引きずられる主様を見て心臓が止まるかと思ったですぅ~。馬車に放り込まれて、立ち去れって言われて、主様はずっと動かないし~。もうボク、ボク、ダメかとぉ~」

「たぶん領主の神職だ」

 異能バトル漫画みたいな展開だけは避けてきたのに!!!

 戦えば戦うほど強敵があらわれる。熱血主人公ならそれも良いだろう、だが俺は戦いが嫌いだ、進んで危険に身を投じようなんて馬鹿がすることだ。

 くそっ!! くそっ!! くそっ!! 

「ううっ……」

 気が付いたようだ。

「アーセナル具合はどうだ?」

「痛みは消えましたが、まだ体がうまく動かせません」

「俺もだ。首都で治療してもらおう」

「すみません、結婚の話なんてしたばっかりに不幸を呼び込んでしまいました」

「それを言うならボクだって身代わりになれなかったよぉ~」

「違う、悪いのは気が緩んでいた俺だ。大陸統一を目前に既に勝った気でいた。詰めの甘さが露呈した結果、二人には辛い思いをさせてしまった。ごめん……。だが次は負けない、力を貸してくれ」

「もちろんです!」

「おまかせあれ!」


「まずは敵の情報を整理しよう。ロプシチアの領主に関する情報を集めてくれ」

 通信蟲ネットワークでミリングに情報が集められているようで、時折ウンウンと頷いている。

「領主は警戒心が強くて近づけるのは側近だけみたい。口数が少なく誰とも話さないから彼のこと詳しく知る人がいないんだって」

「いない? 両親の線から追えそうだが」

「出自は不明。血縁者でもないのに前領主が後継者として推挙。議会も反対せず承認したみたい」

「洗脳系の神職かもしれませんね。条件が整うと相手を意のままに操れるそうです。魔術師よりも数は少ないですし、危険視されるので見つかると処分されることが多いとか」

 俺を誘拐したメス豚も洗脳できるスキルを持っていたな。相手が子供で目を見ることが発動条件だった。

「謁見の間で『跪け』と命令を聞いたはずの兵士が動かなかった。声を聞くことが条件ではなさそうだな」

「主様はランティア領に入るまで体が硬直してたよ」

「領地が有効範囲……。だからロプシチアはランティア領に侵略戦争を仕掛けてきたのか?」

「ソドネレコのように首都を地中に埋めてしまいましょう」

 いつになくアーセナルが過激だ。たぶん根に持っているのだろう。気持ちは痛いほどわかるが、

「軍人が死ぬのは構わないが、無垢な民を巻き込みたくはない」

「なら側近を狙うのはどうでしょう。唯一の接点ならば命令系統を混乱させられるかもしれません」

「代役がいるんじゃないか?」

「フムフム、新たな情報だよ、側近は一人たけ。女性で夜を共にする間柄みたいだね。羨ましい!」

 冗談が言えるくらいまで気分は回復したようだな。

「側近? 妃ではなく?」

「扱いはメイドに近いみたい」

「確かに領主の隣に軍服を着た女性が立っていたな。アレがそうか。ミリングその女性を誘拐できるか?」

「ヨユーヨユーあくびが出るくらいっす」

「手荒な真似は無しで、快適な軟禁生活を謳歌させてあげてくれ」

 ミリングが珍しく怒りを含んだ表情をしている。

「怪盗紳士気取りですかこのお子様は! どんなに丁重に扱っても人質に恐怖は刻まれるんだ。自分の罪悪感を紛らわすために負担を強いる命令は最低だぞ」

 思いもよらない言葉に胸がチクりと痛む。

「俺、無意識に逃げてたのか。すまない許してくれ、ミリングの負担が最も軽くなる方法で頼む」

 ミリングが俺の手をぎゅっと握る。

「ありがとう、主様」

「誘拐が成功したら文を出してくれ、文面は『側近を返してほしくばランティア領まで来い』と」






 考えが甘かった。

 文面に『もし単身で来なければ側近の命はない』と付け加えるべきだった。

 街道は群衆により埋め尽くされ、その流れは遥か遠方まで続いている。

 信じられないことにロプシチアの領民が総出で移動しているのだ。

 実効支配とは、承認を得ず軍隊を駐留させ一定の領域を掌握する侵略行為だ。

 おそらく領主のスキル効果範囲は領土内なのだろう。その制限を突き破るため実効支配を行い領土を広げたのだ。

 領民の移動を静止しようとしたランティア軍は近づいただけで洗脳され群衆に吸収されてしまった。


「ん゛~ん゛ん゛ん゛ん゛~!!」

 例の側近が俺の後ろで唸っている。猿轡さるぐつわを噛ませてあるのでまだ静かな方らしい。誘拐した直後に舌を噛み切ろうとしたので仕方なく拘束したそうだ。

「主様~ダメだ~、領主は変装してるみたいで位置が特定できないよ~」

「そこまでするほどこの側近が大事なのか」

 お世辞にも綺麗とは言えない普通の容姿をしている。

「超絶技巧の持ち主なのかな。もちろん夜のだよ」

「そうかもな」

「うぇっ? フザケルナって怒られるかと思ったのに、主様が変!」

「余裕がないんだよ」

「たしカニ~、このままだと大陸全土が奪われちゃうもの」

「いや、それはない。群衆の顔を見てみろ廃人のようだろ。強力な暗示のせいなのか寝食なく歩いてるんだ、あと二日もすれば侵攻は止まるさ」

 小高い丘の上に立つ俺たちは望遠鏡で群衆を監視している。まるでゾンビ映画のようにフラリフラリと歩く廃人の群れが近づいてくる。

「なら放置しちゃおうよ」

「ダメだ。戦時中とはいえ民に罪はない」

「出た! 主様の偽善者アピール。ここにはボクと主様しかいないんだ、本音を語っちゃいなよ」

「後ろに人質がいるだろ」

「ん゛~ん゛~ん゛~ん゛~!!」

「邪魔だなコイツ殺そうか」

 短刀を首筋にあてている。

「ん゛????」

「大切な人質だぞ」

「いいから本音を教えてよ!」

「俺流、戦の美学。無差別殺人は醜悪の極み。知性なき戦は獣の捕食行為だ。俺はそこまで堕ちたくない」

「アンタの大事な人、獣って言われてるよ」

「ん゛~~~~!!!」

「無駄に挑発するな。さて、偉そうなことを言ったが近寄ることも暗殺することもできない……。お手上げだな」

「主様、胸を張りなよ! 高飛車で、無遠慮で、不遜的で、強欲で、我がままが主様の素敵なところでしょ。不可能は穴を掘って捨てる。いつものようにボクを驚かせてよ!!」

「簡単に言ってくれる。そうだな、落ち込んでいたらアイツに愛想をつかれるだけだ」

「誰のこと?」

「愛を誓い合った人」

「聞いてない!!!」






 廃人のように歩く群衆の前に巨大な穴が開いている。

 深く、とても深く、覗き込んでも底が見えぬほどの深淵。

 群衆は少し手間で左右に別れ穴を回避して進軍する。

 これまでの観察の結果、群衆は木や穴を回避しながら進んでいるのを発見した。だから巨大な穴に落ちないのは予想通りなのだ。


 どれ程の群衆が通り過ぎただろうか。

 ピタリとその歩みが止まった。

 穴の手前に男が立っている。フードを深くかぶり顔は見えない。

「俺の顔、覚えてるか? 覚えてないよな。名乗る前に追い返されたからな」

 星のない夜に浮かぶ月のように、深淵の中心には俺の立つ足場がある。中心部を残し周囲に穴を掘ったのだ。

 対岸までは約百メートル。

 アイツのスキルが予想通り効果範囲が領土に限定されるタイプだとして、この足場が領土とみなされるのか、それとも海に浮かぶ孤島のように別の領土とみなされるのか、これは俺の命をベッドした賭けだ。

「ん゛ん゛~ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛~!!」

 足場には俺と側近だけがいる。

 暴れて落ちないよう側近の手足にはロープを巻き、その端を俺は強く握っている。


 しばらく沈黙が続き、男がフードを脱いだ。やはり領主だ。前に見たときより痩せている気がする。

「その女を離せ」

 黙って相手の出方を待つ。

「その女を返せ!!」

 体に違和感はない。

 賭けに勝った! この足場は支配地として認識されないようだ。

「うるさいな、聞こえているが命令に従う気はない」

「くっ……」

「俺の目と耳を潰したのを覚えているか」

「お、オマエはあの時の特使か」

「ああそうだ。借りは返させてもらう」

 スキル『穴消去』でヤツの目を奪う。痛みはないはずだ。

「オマエは魔術師なのか」

 光を失ったのに冷静だ。

「聞かれて答える馬鹿はいない。それはオマエもだろ」

「我の神職は独裁者。我の発言には誰も逆らうことができぬ。スキルは常時発動し効果は全ての民に伝搬する。我の意思で止めることができぬのだ。そこの女は生まれつき耳が聞こえない。我の命令に縛られることが無い唯一の存在」

「聞いてもないのにベラベラと! ……まさか、オマエ諦めてるな!!」

「ああそうだ、我はここまで。敗者が長々と語るなど愚劣の極み。命乞いなどプライドが許さん。その女が無事なのを確かめたかっただけだ」

「待て! オマエには聞きたいことが山ほどある」

「会話など呪いだ」

 男は声を出さずクチを動かし言葉を伝える。

 側近は理解できたのだろう、必死に何か訴えようとしている。

「ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛~~~ん゛ん゛ん゛ん゛ん゛、ん゛ん゛ん゛ん゛!!」

 そのままゆっくりと前へ進むと深淵へ身を投げたのだった。

「ん゛~~~~~~~~~~~~~~~~~~!!」

 側近は泣き崩れ足場に横たわる。

 群衆たちも糸の切れた操り人形のように、その場に倒れてしまった。

「オマエ、いったい何がしたかったんだよ……」

 捕らわれの姫を助けるため自らの命で救い出す、これじゃオマエが勇者で俺が魔王じゃないか。

 後味の悪い、いや、気分良く大陸統一するやつがいて良いわけがない。俺は、俺だけは、この苦い思いを忘れちゃダメなんだ。





 ロプシチアの領民たちは数日間の記憶を失っていた。

 議会の役員は洗脳されている自覚はあったが、逆らうことができなかったと後に証言している。

 合衆国への参加も表明し、新たな領主は選挙で選ばれた。

 こうして大陸は統一され俺の役目も終わったわけだ。


「はぁ~暖かくていい天気だ」

 自室のベッドに横になりながら物思いにふけっていると、廊下を走ってくる音がする。

 ドアが乱暴に開かれるとアーセナルが飛び込んできた。

「軍艦が浜に到着し、無条件降伏しろと使者が言っているそうです!」


 次の敵は海外か。






 ―― END ――

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穴を掘るしか取り柄のない穴師です 八ツ花千代 @yomisen45

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