第10話 セーフティカードライバー
荻島はSC(セーフティカー)に乗っている。先日のフォーミュラーのレースの時には、トップのドライバーに
「このSC速いよ」
と言わしめたぐらい、飛ばし屋のSCドライバーである。助手席に無線をもった副コース長が乗るのだが、2年続けて乗った人はいない。
「荻島さんのSCに乗ると、ターンやブレーキが激しくて気持ち悪くなる」
とコントロールタワーで評判になっている。それは荻島も知っているが、安全運転をしていてはSCの仕事にはならない。
朝一番、オフィシャルが来る前に一走りする。まずは、コース下見である。この時は副コース長ではなく、コース長が乗ることが多い。1周目は、ふつうに走る。と言っても助手席のコース長はグリップにしがみついている。コースに落ち葉が少し落ちているのが気になった。2周目は、レーシングスピードで走る。裏ストレートでは250kmでる。馬の背コーナーではタイヤがきしむ。続くSPではリアが滑った。でも、すぐにステアリングをあてて修正した。いつものことだ。今年、導入したSCカーはなかなか調子がいい。
走り終わると長副会議が始まる。各セクションのチーフとサブが集まって、その日の打ち合わせをするのだ。その際に、コース状況を説明することがあるが、今日は特に問題はないので、静かにしている。
午前中のフリー走行が始まる。コース整備も終わっているので、5分前にコース確認で入る。第1コーナー手前からコースに入り、第2コーナーを過ぎたあたりからスピードを出す。第4コーナーからS字にかけては、ひとつのラインしかない。これをはずすと、かまぼこ型のゼブラゾーンにのってしまい、バランスを崩してしまう。二輪でのったら、即転倒だ。短いストレートを上り、ハイポイントコーナーで右ターン。レインボーコーナーで、またもや右ターン。ここでオーバーランをするマシンが多い。左タイヤをゼブラゾーンに乗せて走るのが一番速い。そして、裏ストレート。
アクセルを踏む。100mの看板のところで、250kmから100kmまでスピードを落とす。思いっきりブレーキを踏むのでABSの反応を感じる。隣の副コース長は下を向いてげっそりしている。
SPコーナーは、ラインを守って走る。130Rは高速右コーナーで横Gを感じる。そしてまたもや急減速。シケインを抜ける。そこからは加速の勝負だ。おもいっきりアクセルを踏む。10%勾配は馬力がないとつらいが、新型SCは苦もなく加速していく。フィニッシュラインでは280kmに達する。そこからは、上りの第1コーナーとなる。馬の背の方が下りのコーナーなので難しい。第2コーナーを抜けて減速し、第3コーナーの手前でパドックにもどる。これで1周を終えるのである。
副コース長は、げっそりした顔で
「コース異常ありません」
と報告している。荻島はピットレーン出口近くの所定の場所で待機する。万が一の場合は、すぐにピットレーンから出て、先導しなければならない。だが、その出番はなかなかなかった。(出番がない方がいいのだが・・・)と思いながら、じっと待つのも仕事のうちと割り切っていた。
午前中のフリー走行が終わる。しばしの時間があく。コースオフィシャルがコース整備にいそしんでいる。決勝前のコース状況を見るために、SCカーをコースインさせる。まだコースオフィシャルがコースに残っているので、ゆっくり走る。無線では
「SCカーがコースインしています。ご注意ください」
と指示をしている。
管制から、全速力の許可がでたので、2周目は思いっきり走る。たまに、こういう走りをしておかないと、腕がにぶる。
若い時には、耐久レースに参戦していたことがある。優勝したことはないが、表彰台にあがったことはある。だが、30才を越えて地元のSUGOでSCカーのドライバーを探しているという話を聞いて、レーサーはきっぱりあきらめた。自分の力量を見極めたということもあるが、レースをするには多額の資金が必要で、運転するより資金集めの日々がつらかったというのが本音だ。
決勝が始まった。クラスごとに5分前にSCカーを走らせる。副コース長はどんどん無口になる。
「クルマの中ではもどすなよ」
と言うと、
「今日は何も食べていません。もどすものはありません」
と返事がきた。これは歴代の副コース長の申し送り事項になっている。
メインのJSB(スーパーバイク)でトラブルが起きた。転倒したマシンが再スタートをした際に、オイルを吹き出したのだ。やがてレース中断のレッドフラッグが振られた。そこで、ピットレーン出口で待機し、最終マシンの後について走る。皆、速度を落としているので、ゆっくりだ。SCカーが通ることで、コース確認と最終マシン通過を知らせる役割をもっている。全車がピットインしたことを確認すると、また現場のレインボーコーナーに向かう。そのころにはコース長や競技長・主催者も現場にやってきていた。結構オイルラインが長い。荻島も作業に加わる。
30分ほどで、作業が終わる。コース長から
「コース確認で走ってください」
と言われ、SCカーに乗り込んだが、馬の背コーナーでの作業が終わっていなかった。そこで、ピットレーン出口で待機する。
4時40分。コース長から
「オイル処理終わりました。コース確認お願いします」
と連絡がはいった。
そこで、6ポストから11ポストまでは、マシンを左右に振って走ってみた。別にすべる感じはしなかった。となりの副コース長に
「OK」
と伝えると、副コース長はその旨をコース長に連絡していた。
4時45分。JP250のレース開催が決定した。
4時55分。5分前のコース確認。今度はレーシングスピードで走る。問題なし。
5時にコースイン。5時10分にウォームアップラン開始。13分スタートというあわただしさだ。オイル処理もれがないことを願い、無事レースが終わることを願った。
5時半、レース終了。最終マシンの後に続いて走る。だが、やたらと遅いマシンがいる。抜くわけにはいかないので、そのスピードに合わせて走る。やたらと大げさに手を振っている。よほどうれしかったのだろう。9ポスト前でスタンディングをし始めた。隣に座っている副コース長が
「おいおい、危ないよ。後で注意だな」
と言っている。そこで、
「よく見てみろよ。あいつ、オフィシャルにあいさつしているんだよ」
「そうですね。おじぎしていますね。よほどうれしかったんですね」
「だよな。一時はレース中止と思われたからな」
後で知ったことだが、そのライダーは今回初ポイントをとったとのこと。副コース長も今回はおとがめなしにしたようだ。
本日の任務終了。
あとがき
2022年の全日本ロードレースSUGO大会で実際に起きたオイル噴出トラブルとその後に行われたレースをもとに、小説にしてみました。
ふだん、私はコースオフィシャルをしていて、その時は9ポストでフラッグを振っていました。コースオフィシャル以外の仕事に関しては聞いた話がほとんどなので、現実とはやや違うかもしれませんが、そこは創作の範囲内としてご了承願います。
前作「レーサー」はおかげさまで既読者が1000人になろうとしています。ありがたいことです。次回作は、スーパーGTを舞台にした小説を書こうと思い、今執筆中です。よかったら読んでみてください。 飛鳥 竜二
レースの人々 飛鳥 竜二 @taryuji
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