第27話 市井調査④
「スラム街?」
「あぁ。生活に余裕がある者だけに聞くのは情報が偏るからな。危険は伴うけど、必要経費だ」
少し休憩して、心身を休ませた後、俺達は再び街を歩き始めた。
次の目的地を示すと、アンリの片眉が上がる。
何か思うところがあるらしい。
「皇国ではスラム街は無いのよね。いや……似たような場所はあるけれど、その日暮らしのような生活が困窮している状況では無いわ」
「そうなのか。普通に珍しいなそれ。どこの国にも大抵スラム街はあるもんだけど」
「役所に申請して真偽魔法審査を通れば、死なないだけの生活費を貰えるのよ。まあ、主に審査に通るのは余程生活に困っている者だけれどね」
「なるほどな……。うちの国じゃまずできねぇな」
制度自体は良いものだと思う。
真偽魔法は強力だし、聞いてる限りじゃ厳正な審査っぽい。その上で生活困窮者がお金を貰えるならば、明日も生きれずに飢え死にする人達は自ずと減る。
だが王国じゃそこまでする金が無い。大国ではあるが……取り繕わずに言えば、スラム街にまで回る金が無い。
戦争の影響もあるし、ここ数年で景気は良くなってはいるが、完全復活には程遠い。それに、復活したとて、優先すべきは国の立て直し。戦争の影響は未だ色濃く残っているのだ。
「皇国の男性は皆兵士のようなものよ。戦死したとて、家族に慰霊金が入る。それに物価が安いのもあって、飢え死にするほど困窮している民はいないわね」
「皇国だから成り立ってるのか、あの皇帝だから成り立ってるのか……。分からねぇけど見習うべきとこは多そうだな」
「意外と真面目よね、あなた」
「意外ってなんだよ。すこぶる真面目だぞ俺は」
何でそんな信じられないみたいな目で見るんだよ。わりと真面目だぞ俺は。確かに頭が弱くてチャランポランなとこもあるが、基本は考えて動く……とは言い切れないな。アンリとの一夜があるから。……本能的な部分は仕方ねぇだろと言い訳はさせて欲しい。
「お、もうすぐ着くな。まあ、厳密にスラム街って場所はないんだけど、多くは大通りの市場の裏路地辺りが総称してスラム街って呼ばれてんだ。生活困窮者以外にも、表舞台に姿を現せられない犯罪者だったり盗賊の根城があったり……的なのもあるから気をつけろ」
「そうね……。あまり私が行動を起こすわけにもいかないし。荒事になった時は任せるわよ? ヨトゥン様に聞いた話じゃ腕も立つらしいわね」
「まあ、そこそこだな」
ピンチになったらそうはいかないが、基本はスターティとしての戦闘スタイルは隠すつもりだ。伊達に長いこと相棒をやってない。下手したら戦ってる後ろ姿で普通にバレる。
スターティとしての俺は、基本的に魔力で強化した身体能力に物を言わせて魔物を叩き斬る脳筋方式。だからこそ、ラスティとしての俺は、魔法を主に使う知能系で行くことにした! この発言がバカっぽいのはさておき。
「ふぅん。まあ、期待してるわ」
「何で上からなんだよ」
得意気なアンリをいなしつつ、俺達は路地裏への入っていく。
騒がしかった表通りとは一変して、薄暗くジメジメした気持ち悪い温度が出迎える。街の喧騒は遠のき、代わりにカサカサと虫の蠢く音が響き渡る。
控えめに言って今すぐ戻りたい感じだな。虫が嫌い。
とはいえ、目的を果たすまで戻ることは許されない。アンリはすでに覚悟を決めているのか、堂々とした足取りだ。まあ、剛胆な奴だ。虫系モンスターでも嬉々として斬りに行くからな。
「……」
「……」
少し歩くと、出迎えたのは腐りかけの死体だった。
目立った傷はなく、痩せこけた頬と全身から、餓死したことは明白だった。早速出迎えたスラム街の洗礼に、俺達は足取りが重くなる。
再び歩くと、今度は生きた人間がいた。
薄布を羽織り、髪はボサボサでやつれている。
だが、ギラギラと狂気に染まった瞳と、手にはナイフが握られている。あからさまに待ち構えられていたな。
「よう、随分と良い身なりじゃねぇか。男は身ぐるみ剥いで殺す。女は奴隷館に売り飛ばす」
「目的を自分から言ってくれるとは優しいな」
「これから自分たちがどうなるか知っておいた方が良いだろ? せめてもの優しさってやつだ」
飄々と軽口を叩く男は、油断なく俺を見ている。
場慣れしている。初犯ではない。かつ、立ち姿から弱くはない。盗賊崩れなのか、単独の盗賊なのか。ともかくやってることは普通に犯罪だからな。
「死ねええええええええ!!!!!」
一直線に男が向かってくる。何らかの技を使っているのか、やつれているとは思えないほどの速度だった。
弱くはない。一般人が叶う相手ではないだろう。
だが──
「相手が悪かったな」
「がっ……!」
俺は向かってくる男に手をかざし無属性の魔弾を浴びせた。威力が低いかつ、魔力を持っていれば誰でも使えるお手軽魔法である。
魔弾に撃たれた男は、もんどりを打ってひっくり返った。念の為動けぬように足の骨を折ったからな。
「魔法使いかよふざけんな……ッ!!! 持ってる奴は良いよなッ! 奪われずに済む! だって、お前は奪う側だ」
「…………っ」
間違っては、いない。
男の言葉は、俺の立場からも刺さるものだった。確かに王族は、与えもするが奪いもする。人の人生を左右する権利が産まれながらに存在しているのだ。
確かに俺は奪う側だ。だが、決して理不尽に奪いなどはしない。それだけは自身を持って言える。
だが、男の悲痛な叫びは、思いの外俺の心を動かした。
──その僅かな隙を、男は見逃さなかった。
手に持ったナイフを、倒れたまま俺の顔面に向けて投擲してきたのだ。
空白の思考。
俺がナイフに気がついたのは、もうどうすることもできない程の距離に迫ってからだった。
──ガキンッ!
硬質な音が響き渡る。
音の発生源は、アンリが張った結界にナイフが当たった音だった。
「注意散漫、ね?」
「……助かった」
小さく礼を呟くと、アンリは微笑んだ。
「なんだよ……お前も奪う側か!!!?」
「……奪われた貴方も、奪う側に立つのね」
「そうすることでしか生きていけなかったッ!」
「誇りを捨てた貴方に糾弾される理由は無いわ。奪おうとした時点で、貴方は貴方が嫌いな目線に立ったのと同じなのよ。理不尽に奪われる辛さを知っているのに、貴方はさも当然のように言い訳をして。自分を正当化して。理不尽に奪おうとしている。奪われたのならば取り戻しなさいっ! それができないのなら──潔く死ぬことね」
「お、おい」
アンリは静かにブチギレていた。
あまり私が行動を起こさないとは何だったのかと言わんばかりに、アンリはひたすらにキレていた。
男の言葉が癇に障ったのか。過去の経験と照らし合わせているのか。
アンリの言葉は過激ではあるが、正論だ。だが、正論だからこそ男には届かない。
「あなたに、何があったの?」
その言葉に、男は空虚な瞳で語り始める。
「俺は兵士だった。十年前だ。戦争が終わって故郷に帰って見た光景は、信頼していた親友と妻が恋人のような口吻をしているものだった。まだ幼かった息子は、親友をパパと呼んで慕っていた。俺の財産も家も、全てが無かった。何もかも奪われて。戦争で疲弊した身じゃ、怒りで事を起こす気力も無かった。逃げるように王都に行っても、職には就けねぇし、戦争で左腕が上手く動かなくなったこともあって単純な力仕事じゃ無理だった。人を殺してきた俺は、魔物を殺すことに向いてなかった。冒険者も無理だ。金も家族も親友も失くした。泥水を啜った。ゴミを漁った。死んでやるつもりはねぇ。俺から全てを奪ったアイツらに復讐するまで、死ねねぇんだよ……!」
男の目に光が宿った。なんと折られた足で立ち上がる。
男の言葉に思うものがなかったと言えば嘘になる。
戦争は人を変えると言われる。人を殺した経験が人格を歪めたり、戦争が産み出した悲劇が、精神を歪ませたり。男の場合は、戦争が直接的に作用したわけではなくとも、発端であったのは事実だった。
ゆえに、やり切れない。
「だからと言って、私達が奪われる理由はないはずよ」
「それが人の都合の良いところだろ。奪われた憎しみがあっても、それが他人のことならどうだって良いんだ。俺は奪われたくないが、お前から奪ったとて俺は何とも思わない」
清々しいほどのクズだ。
だが、気持ちが分かるのは同じ人間だからなのか。対岸の火事というか、自分と同じ災禍が降りかかろうと、それは所詮他人事だ。自分に起こったわけじゃないなら、まあ良いかと思い込む。
「そう……。それが貴方の答えならば、何も言うことは無いわ。さよなら」
「あ──?」
アンリは俺も同じ魔弾を精製し、男の額にぶつけた。
白目を剥いた男は、そのまま意識を喪失して倒れた。
「やり切れないわ」
「次で最後にしようか」
気持ち悪い感覚を覚えつつ、俺達なその場から立ち去った。
身分隠して冒険者やってたら、敵国の皇女とベッドインしてて詰んだ 恋狸 @yaera
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