第26話 市井調査③

「味付けが細かいわね。美味しい……。豪華絢爛、魅せることが重視で大味の皇国とはまた違う」

「何となく理屈は理解できるな。そっちの市井じゃあ、男飯みてぇのも多そうだし」

「そうでもないわよ? 戦いで疲れ果てた男衆を元気づけるためにも、侍女や妻が豪華な食事を作って待っているのよ。例えお金がなくても。見せかけでも良いから労いの気持ちを伝える」

「なるほどな……。思いやりってのが細部まで伝わってんのが皇国なのか」


 国の違いを知ることは存外面白い。

 適当に入った食堂で料理をつまみながら話す俺達の雰囲気は、先程と打って変わって朗らかだった。

 切り替えよう、という意思もそこにはあるが、互いに知ることをフォーカスに当てているからか、知識欲を満たすことに集中しているのだ。


「まあ、美味しいのは王国の料理ね」

「単純に料理人口が多いってのもあるけどな。この国じゃ男も女も関係なく作りたいやつが飯を作る。貴族を除いて。かく言う俺も料理は結構得意なんだよ」

「あなた貴族でしょう……。というか大雑把そうなあなたが料理なんて意外ね」

「一言余計だわ! ……まあ、モテねぇかなぁ、って思って始めてるから何も言えねぇ」

「思ったより不純な動機だったわ……。あなたの立場なら取っ替え引っ替えなんじゃないかしら?」

「取っても替えても出世欲ギラギラな奴か、玉の輿に乗っかろうとする打算だらけの子女しか集まんねぇだろ……。俺は純愛が良いんだよ、純愛が」

「……否定はしないわ」


 でしょうね。むしろ否定したら疑問しかないわ。

 ちなみに不純な動機で始めた料理は、王城付きの料理人に褒められたりたまに手伝ってください、と言われるくらいには上手くなった。

 立場柄、作った料理を食べて笑顔になる人たちを見ることはできないが、そこまで生粋の料理人魂があるわけでもないので別に良い。


 あと大事なことだが、この会話を誰かに聞かれるのは面倒なので、アンリに消音結界を貼ってもらっている。さすが相伝魔法。日常にも便利である(不本意な使われ方)。


「そろそろ出るか。調査の続きだ」

「分かったわ」


 キリッとした表情に戻ったアンリはやる気満々だ。

 辛くても逃げない。目を背けない。言葉にするのは簡単だが、行動に移すのは酷く難しい。

 人は逃げたくなるものだ。それでも立ち向かった者だけが得られる経験。それはきっと得難いものになる。

 そういうところは素直に尊敬する。

 


 

☆☆☆


 店を出た俺達は、露店街を抜けて、落ち着いた雰囲気の住宅街へと辿り着いた。

 ここは平民の中でも上流階級に位置する者が住んでいる住宅街。成功した商人や、一代貴族の末裔、単純に金を持っている人達……などなど。

 住宅街ではあるものの、商店や高級店などがちらほらと点在している。生活に余裕のある者から聞ける声もあるだろうと踏んでのことだ。


「綺麗な街並みね……」

「この住宅街に住んでる人々は、大概、家の建築に宮廷魔法使いを派遣してるからな」

「あぁ……土魔法の使い手ってかなり多いものね」

「そうそう。それに、宮廷務めってこともあって流行りや高級感のあるものに触れているだろうから、結構人気なんだよな」

「でも、建築に宮廷魔法使いを派遣するってシュールよね」

「分かる。あの気難しい奴らがニヤニヤしながら図面見てたの見て爆笑したもん。お前の仕事ちゃうやんって」

「ふふっ……確かに面白そうだわ」


 まあ、実際建築は土魔法の修練に役立つのもあって、若手や金に困ってる奴らが請け負うことが多い。宮廷魔法使いと言っても、数は多いし実力はピンキリだ。

 騎士団と一緒っつーわけ。

 

「お、あそこに入ってみるか」

「……結構高級感あるお店だけど大丈夫かしら?」

「旅行客は良く金を落とすからな。歓迎はされど、追い出されることはねぇさ」


 そこそこ大きい商店を発見した俺達は堂々と入店した。

 内装はかなり豪華で、清掃がしっかり行き届いていることが分かる。

 駆け寄ってきた店員は、燕尾服を身に纏い、気品のようなものが感じ取れた。


「いらっしゃいませ。本日はいかがなさいましたでしょうか」

「突然すまないね。誰かの招待というわけではないのだが、ここは品質が良いと聞いてね。少し商品を見せてもらっても良いかな」

「…………っ」


 笑いをこらえるなって。さっきみたいに噴き出してないだけマシだけどよ。


「勿論です。お客様。こちらへどうぞ」


 笑いをこらえるアンリを適度に睨みつつ、店員に案内された棚に並んでいたのは大小様々な酒が並んだ場所だった。

 なるほど、ここは酒屋から発展したのか。

 どれも高ぇやつだな。王城に入品しててもおかしくねぇものまである。適当に煽てるために言った口上ではあったが、案外間違ってもいないようだな。


 さて……。あぁ、あれが良いか。


「ん、こちらの酒はレイザード産か。私達もレイザードからやってきたんだ」

「そうでしたか。あちらの方は良い小麦や果物が豊富に穫れるでしょう。お酒に使われている果物にもレイザード産が多いと耳に挟んでおります」

「そうだね。周辺国家との取引では結構好評をいただいているよ。あぁ、ところで聞きたいことがあるんだけどね」

「はい、何でもお聞きください」


 店員と世間話を繰り広げながら、俺は早速本題に入ることにする。


「……」


 いよいよ話が始まるだろうと、隣でアンリが血色の悪い顔で身を縮ませていた。……覚悟は決まっていても怖いのは当たり前だ。


 俺は殴られることを覚悟で、アンリの冷え切った手のひらを握る。

 しかし、いつまで経っても攻撃はやってこない。


「…………ふぅ」


 隣を見ると……こちらを睨んでいるものの、唇をきゅっと引き締め、心を落ち着かせているようだった。

 誰かの温もりが必要な時もある。

 攻撃が来ないことを良いことに、俺はアンリの手のひらを握った。


「お客様……?」

「あ、すみません。私が聞きたいことは最近の国の情勢のことでしてね。農業を営んでおりますが、何分商売の方は別の者に任せていまして、そういうことには詳しくないのですよ。こうして旅行している間に何か起こるのも不安ですので。少々お話をお聞きしたく。あぁ! 当然お酒の方は幾つかご購入させていただきますよ」


 少し渋っていた様子だったが、商品を購入することを明白にした途端、目の色が変わったと言わんばかりに笑みを深めた。……店員っつーか、ここの商人だなこの人。

 商魂たくましい……というわけでもないか。商品も買わずに情報だけ寄越せなんて横暴にもほどがあるし。


「そうですね……。私共も商人でありますので、視点が商売の方にシフトしてしまうかもしれませんが、よろしいですか?」

「ええ、勿論です。お聞かせください」


 すると、店員は気難しい表情で語り始めた。


「……十年前は商売上がったり、でしたね」

「商売上がったり、とは?」

「あぁ、西の方の方言で、商売が上手く行かないことを指す文句ですね。武器や防具を売っている商店は、軍需産業で儲かっていたようでしたが、我々は元は酒屋で、貴族用でない高級酒を売っているものですから、当然戦争の影響で泣かず飛ばずでした。商人としては……そうですね、戦争があったことで生まれる利益よりも、戦争ので失った利益の方が痛い。……個人の感情としましては……妻を、失っていまして」

「「……っ」」


 痛々しい表情に、堪らず俺達は顔を歪めた。

 店員の表情には、怒りとやるせなさが詰め込まれていて、戦争から十年経っても割り切れない激情が見えた。


「当時住んでいた街は、戦火の中心部でした。国境沿いというわけでもありませんが、皇国軍の進軍ルートに丁度私達の街がありました。補給も兼ねていたのでしょう。しかし、奪えばもう全て用済みでしょう。火の手が上がり。街は蹂躙され、何もかも失いました。肉が焼ける気持ち悪い臭いと、誰かの悲痛な叫びが響いていたそうです。その頃、私は商売で別の街に行っておりました。妻の苦しみも知らず、のうのうと笑顔を振り撒き、酒を売っておりました。……どうしてでしょうね。せめて妻の最期を看取れば、私はこの感情を整理できるのでしょうか。いえ、きっと最期を看取れなかったからこそ、内に沸き上がるのは、怒りではなく哀しみなのでしょう」


 店員は途中から止まれなくなってしまったのか、顔を覆いながら内に秘める心を吐露する。涙も出ず、彼の記憶に残るのは、健やかで、自分を送り届けた妻の姿なのだろう。

 

「すみません。完全な私情でしたね。商人たるもの、冷静に物事を見渡せと良く言われるのですが」

「……いえ。辛いことを思い出させてしまいました」

「良いのです。全ては終わったことですから。……あぁ、情勢といえば、今は停戦していますよ。和平の兆しもあるのではないかと噂されていますね。まあ、これは確証が無いので何とも言えないのですが」

「和平、ですか。どうなるのでしょうか」


 店員は、静かに笑って言った。


「さぁ……。ただ、これ以上の悲劇が繰り返されないのならば、私は喜んで和平を受け入れましょう。恨んだって、失ったものは帰ってこないのですから」








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重くてすみません……。

物語としては進んでいませんが、主人公'sにとっては必要なお話ですので……!

あと二、三話で市井調査編は終了する予定です!

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