第25話 市井調査②

「ここが王国の首都なのね」

「あぁ、クソデケェだろ。自由都市を謳ってるだけあって交易も盛んに行われている。王国が皇国と渡り合えたのも、自由な交易による利益の中抜きが理由の一つだろうな」

「自由な交易による利益の中抜き」

「言い方悪いのは分かるからそんな目で見るなよ。まあ、あれだ。ピンハネ」

「そっちの方が言い方悪いわよ」


 呆れた目線でジトッと俺を睨むアンリを諌めつつ、俺たちは王国の首都、ウェルディスの街並みを歩いていた。

 変装は服装のみ。他はいつもと変わらないスタイルだが、問題ない。

 俺もアンリもリスティル兄上によって【認識操作】が施されているからだ。今の俺達は、他国から旅行にやってきた恋人たちに見えるらしい。

 様相も平凡な顔立ちに見えるそう。 

 一見、完璧で強力な能力に見えるが、物事はそう簡単にできていない。


 一度正体がバレてしまうとその効力は発揮しなくなるし、あくまでだけで実際には違うのだから、写真機や投写魔法で写し出されると一発でバレる。後は、一度違和感を持たれると、徐々に効力が落ちるという難点もある。弱点があるからこそ相伝魔法として強く機能しているが、それを過信してはいけない。


「私の国とは全然違うわ。賑わいはあるけれど、どこか貞淑な雰囲気を重きにしている風潮があるの。こうして見ると、まさしく文化の違いを突きつけられるわね」

「意外だな。武を重んじている国ともなれば、賑わいというか煩いイメージがあったんだがな。や、勿論悪い意味じゃなくて」

「そうね。闘技場とかは貴方の言う通りよ。けれど、いつも戦いに身を投じているからこそ、普段の生活では落ち着いて過ごしたいのだと思うわ」

「そりゃいつまでも血生臭いのは嫌だわな」


 なるほどな。同じく文化風習の違いを突きつけられるようだ。それぞれの国には、それぞれの文化があって、国民性なんかも全然違うだろう。

 これも分かっているようで分かっていない。

 やっぱり直に聞くのが一番だなこりゃ。


「ラス……う゛うん……ティスタ、どう聞くつもりなのかしら?」

「くっ、くく、エグい咳払いだな──痛いって、冗談だっつーの。まあ、初手は順当に店とか周りながら店主に聞いたりだな」


 すぐに殴ったり抓ったりするのやめようや。そんなんだから脳筋って言われんだぞお前。

 ちなみにティスタとは俺のこと。

 アンリはリースという偽名にした。


 ……くだらない会話を繰り広げつつ、街並みを観察する俺達。こうして見ると本当に恋人っぽく見えるんかな、なんて馬鹿らしいことを考えつつ、俺達は人が空いている雑貨屋に入った。


「いらっしゃい。恋人での旅行かい?」

「あぁ、はい、そうなんですよ。レイザードの地方から」

「あ〜、レイザードからね」


 人の良さそうな店主のお婆さん。これは話が聞けそうだ、という印象を持ちつつ、人見知りを発揮するアンリを横目で見る。

 できる限りお前は話すな、と言ってあるが、地味に人見知りだからなこいつ。


「リース、この首飾りはどうかな。君に似合いそうだ」

「ぶっ……! え、ええそうね、綺麗な首飾りだわ……ふふ……」


 噴き出すなよ。キャラに合ってないって理解しとんねんこっちは。合わせろよ。おいこっち見ろ。

 

 幸い店主はアンリの様子に疑問を持つことなく、ニコニコと人の良い笑みで俺達を見ていた。


「これを一つお願いします」

「あいよ、銀貨3枚だよ」

「銀貨3枚ですね、はい」


 そう言って金貨一枚をお婆さんに手渡すと、ん? という疑問を発しかねない眼差しで俺を見た。


「少しお聞きしたいことがありましてね。私達はずっとレイザードの方で農業を営んでいましたから、あまり国の情勢だとかに詳しくないんですよ。少し、教えていただけないかなと。こちらはそのお礼です」

「う〜〜ん、まあ別に構わないけどこっちはしがない雑貨屋だからねぇ。情報には限りがあるよ。それで良ければ」

「ええ、構いません。……街は平和のようでしたが、争いなどは起こっていますか? 皇国の方との戦争はどうなったのでしょうか」

「十年前に停戦状態になってからはお互い睨み合いの状態さね。いつ爆発するか分からないもんで、みんな不安がってる。長い、長い憎み合い、恨み合いだからねぇ。平和にはなって欲しいけど、戦争で家族を失ったもんは復讐に燃えてる。いつまで続くんだか」


 お婆さんの表情は諦念を抱いているようであった。疲れ切ったその瞳は、彼女の人生に何が起こったかを容易に想像できるものだった。

 失ったものはやはり大きい。

 同時に、復讐という言葉を聞いて、アンリは顔を強張らせた。


「なるほど……。和平などはあり得るのでしょうかね」

「さぁ? そこらへんはお偉いさんの仕事だからねぇ。戦火が続けば失う物は更に大きく。和平が成されれば、それはそれで納得のいかない者が暴走するかもしれないさね」

「お婆さんは?」

「あたしは……早くこの戦争が終われば良いと思ってるよ。そうなれば、平和のために殉じた夫も……きっと喜ぶ」


 アンリが問うと、お婆さんさんは静かに答えた。

 激情を携えているようで、言葉は酷く穏やかだった。

 俺達は何も言えずに固まった。悲劇を経験した者にしか分からないことがある。まずはそれを知った。


「おっと、湿っぽい話をした。あんたの聞きたいことは聞けたかい?」

「……ええ、ありがとうございます。辛いことをわざわざ話していただいて」

「良いの良いの。若いもんは知らなくて良い、こんなこと。旅を楽しみな!」

「……はい」


 店を出る。

 歩き始めて数分。その間に産まれた会話はゼロだった。

 

「ねえ」


 沈黙に耐えきれなくなったのか、アンリは顔を曇らせたまま話しかけてきた。


「知らなきゃいけないこと、よね」

「あぁ。目を逸らしちゃいけない。お前にとっては一番辛いことかもしれねぇけどな……」


 ここはアンリにとって敵国。

 聞く情報も王国寄りのものがほとんどだろう。皇国への憎しみ。それをダイレクトに聞かされることになる。

 これもあってアンリを連れて行きなくなかったんだけど……アンリも覚悟を決めてここにいる。それを邪魔することはできない。


「次に行きましょう。私は逃げないわ」

「強いな。今だけは尊敬する」

「一言余計なのよッ」

「痛いって」


 無理やり雰囲気を取り戻すかのような会話。

 俺達は次なる場所へと向かった。

 

 



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


……お、重い……。

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