第24話 市井調査①
何やってんだあの脳筋ども。
……といった、訓練場での一幕があったが、少なくともヨトゥン兄上はアンリを認めているような節があった。
脳筋で単純なように見える兄上だが、その人を見る目は侮れないものがある。
過去に一目で王国を裏切ったスパイを見つけ出したりと、神業染みた選別眼がある。まあ、仮にも王国の騎士団長だ。入隊試験でも兄上が直々に見て決めるというし、何かしらの適性があったのだろう。
そんな兄上がアンリを認めたとなれば、周りの見る目も変わる。心の内奥に疑心や怒りを携えている者も、全員とは勿論いかないが、一部見る目を変える者もいるに違いない。第二王子派は特に。
「確かにアンリは何処となく変わった。危うさが消えたわけじゃあ、ないけど……」
──あれは覚悟を決めた者の瞳だ。
王国に来たばかりのアンリは、不安や焦りで不安定な状態だったと思う。そりゃ、対外的には未だ敵国。誰が味方で誰が敵なのかもすらも分かるわけがねぇ。信じられること。何を信じて良いのかも不安定で、アンリの心の奥底を占めていたのは、婚約破棄のこと。
……協力すると言った身でありながら、アンリの精神的なケアをできなかったのは俺の責任だ。婚約破棄がどれほど困難であることを理解しておきながらも、アンリの意思を組んだ俺。だが、その結果、協力者を得たアンリは光明が拓けたとばかりに婚約破棄の動きをどう進めるか、という思考にシフトしてしまった。
「どうにかしなきゃな、とか思いつつ兄上にカバーされるとは恥ずかしいやつだな」
自嘲しつつ、俺も覚悟を決める。
家族を羨むアンリに寄り添えなかったが、今は違う。
寄り添うのではない。道を示す。
そのためには、俺も本格的に動く必要がある。
☆☆☆
「市井の調査? どういうことかしら?」
「戦争の禍根は至る所に根差している、っつーことは理解してるだろ?」
「……ええ、勿論よ。……それを本当の意味で理解できたのはつい最近のことだけれどね」
マイシスター、リーナと初対面した時に使用した応接室にアンリを呼び出した俺は、市井の調査に向かうと切り出した。
現状の確認をしようとした俺だったが、再び視認したアンリの覚悟の表情に、何となく事を察する。
……兄上じゃねぇな。他の誰かが何かをアンリに言ったに違いない。それがアンリに突き刺さって、意思となった。誰かは知らねぇが感謝しておこう。
まあ、侍女が言ったってのは無いだろう。良くも悪くも身分が保証されていない役職だ。クビにされるリスクを抱えて直言する覚悟ガンギマリな者はいない。……多分。
「そうか……。まあ、知っているようで知らないってのが事実だ。伝え聞いた事柄や、大凡の事象で察することができるものもあるけど、それはあくまで人から伝え聞いたことで、直接聞いたことじゃない。知っているようで知らないってのはそういうことだ」
「そうね。覚悟も想いも、私の想像を超えるものだったわ。知ることは私も大事だと思う」
「……いつになくしおらしいな?」
「真面目な話をしている時に茶化すほど馬鹿じゃないわよ」
「それもそうか」
いやお前ラスティとして初対面してた時に茶化してただろ。真面目でしおらしいアンリも新鮮で可愛らしさはあるが、どうにも違和感が強い。
まあ、良いか。
「そこで話は戻るが、市井調査というわけ」
「それは実際に市井に繰り出して話を伺うということ?」
「あぁ。つっても変装はするがな。危険は伴うが、やらんよりマシだろ。俺達に足りねぇのは現状把握能力と、単純な知識だ」
「一緒にしないでちょうだい、と言いたいところだけれど、それに関しては私の方が劣っているから何も言えないわね」
「ちょっと茶化してんじゃねぇか。……はぁ、まあ最初に言っておくけど行くのは俺だけだからな」
頬杖を突きながら言い放つ俺に、アンリはむっとした顔で言い返す。
「私も知らなきゃ意味がないわ! 私が行くことがどれだけ危険なのかは分かる。けれど──」
「いや分かってない。お前は敵国という意味を真に理解していない。バレるバレないの問題じゃねぇんだ。少しのリスクも侵せないのが今の状況なんだよ。あのな、お前に話したのは同じ志を持つ協力者だからだ。調査してきました、その結果だけ話します、なんて筋が通らんだろ。だから前もって伝えに来たんだよ」
当たり前の話だが、この調査にアンリを連れて行くつもりは毛頭無い。行きたがるのは分かっている。その計り知れないリスクはアンリも承知のことだろう。だが、余りに危険過ぎる。個人的な調査で国の運命を左右するようなリスクは侵せない。
「……っ」
悔しそうに歯噛みするアンリは、何も言い返さない。
否、言い返せない。
「──私が許そう」
その瞬間、凛とした声が響いた。
少し開いた扉からニュッと出てきたのは、端正な顔立ちの青年……第一王子、リスティル。
「リスティル兄上……。盗み聞きは良くないですが」
「聴こえてきただけだ。私は部屋の前を通り過ぎたに過ぎん」
「物は言いようですねぇ!」
絶対聴いてただろ。出てくるタイミングが良すぎるんだよ。しかも何故か知らんけどちょっとドヤ顔だし。
「リスティル様……」
「いや良い」
アンリが挨拶しようとするのを制し、リスティル兄上はジロリと俺を厳しい目で見ながら言った。
「言っておくが危険なのはお前も変わらん。その立場もな。平時であればこの話を聞いた時分にお前達を部屋から出さないことも辞さない。だが、言っていることも理解できる。我々王族は、その立場ゆえに人から伝え聞いたことから判断するしかない。伝言の最中、情報がネジ曲がって伝わることも多々ある。故に、情報の精査と真偽の可不可を見分ける能力が必要なのだが。それをお前達に身に着けろと命ずるのも酷なことだ。納得もしないだろう」
そもそも一朝一夕で身に付く能力ではない。
それにその能力は俺達が今必要としているものではない。兄上は分かった上で語っているだろうが。
「つまり、許可する、とは?」
「市井の調査を私からお前達に命ずる。最も、アンリ皇女に命ずる権利は無いが……外出の許可は私が与えよう」
「本当ですか……!? いえ、しかしラスティ……さまが言っていることは事実ではあります。私に危険をはねのける力は……ありません」
「リスクを侵すべきではないでしょう、兄上」
「そうだな。だが、知らなければ何も始まらないのが世の常だ。お前達が何を企んでいるのかは見ない。が、必要なことだろう。それに私も国民の声は聞かねばならない」
「ですが」
俺はリスティル兄上を説き伏せようとするが、ここで兄上はニヤリと珍しい笑いを披露して、とんでもない爆弾を置いた。
「相伝魔法、【認識操作】を使う」
「それは……!?」
「私が聞くのはアウトでは……?」
「構わん。概要は元よりバレている。それに使える者は限られている。現に使用できるのは父上と私しかいない」
王国相伝魔法【認識操作】。
他者から見られる自分の認識をある程度操作することができる能力であり、また他人への付与が可能である。
俺はそれを使うことはできない。
……まあ、アンリに言うのはマズイことではあるが、俺が皇国の相伝魔法である【結界魔法】を知っているように、皇国も王国の相伝魔法の概要は把握しているだろう。
だから実質的に問題はないのだが……。
なるほど、その選択肢があったか。
「確かに相伝魔法であればアンリ……皇女がバレることはあり得ないですが……」
「もしもの際は私が責任を取る。それでどうだ? 弟よ」
尚も渋る俺に、兄上は畳み掛けるように言い放つ。
そこでようやく俺はため息を吐きながら頷いた。
「分かりました……。市井の調査命令、承ります」
「う、承ります!」
「ぶふっ!」
ガチガチに緊張しているアンリに思わず噴き出したら脇腹つねられた。いてぇ。
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年末年始、バタバタしていましたが、更新再開いたしますー!
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