第23話 第二皇女は肉体言語を交わす
「ふむ……? 少し顔つきが変わりましたな!!! 身勝手ながら喝を入れようとしましたが、徒労に終わりました!!!」
「うっ、声が大きい……。お気遣いをありがとうございます、ヨトゥン様。それと、口調は普段通りで構いません」
「そうか!!! 堅苦しいのは苦手でな。助かる」
侍女に案内され、辿り着いたのは広い訓練場? のような場所。仁王立ちしていた筋骨隆々の偉丈夫……ヨトゥン第二王子は、私の顔を一目見るなり驚いた表情で快活に笑った。
相変わらず声が大きいわね……。皇国はどちらかと言うとお淑やかで静謐な人が好まれる風潮があるから、ヨトゥン様のような人は珍しい。
けれど、カラッとした雰囲気を感じる彼に悪い印象はな……耳が物理的に痛い以外は無いわね……。
それにしても、私の葛藤……逡巡のようなものを見抜いてらしたのは驚いた。人を見る才は、どちらかというと第一王子の方があると思っていたから、尚のこと意外だった。
……気づいても何とかしようとしてくれる辺り、かなりのお人好しね。ラスティが兄弟のことが好きな理由が分かるわ。
「しかし……ふむ、そんな短期間で心変わり……いや、意識の切り替えか。にしても何があったか聞いても良いか?」
「……ただ、私が背負ってるものは私が思っている以上に重くて、責任あることだと理解しただけですわ」
「そうだな……! 我々は間違ってはならぬッ! 否、正しさを履き違えてはいけない立場にある!! ──だがな、我々も只人。人間だ。間違えることもあるのだ」
「ヨトゥン様も間違えたことがあるのですか? ……いえ、ヨトゥン様は間違えたことがあるのですか?」
私の言う間違いとは、スターティと情を交わしたあの日。けれど、間違いとは思いたくなかった。そんな些細な反抗からの言い直しは、ヨトゥン様に違和感を気取られることはなかった。
「勿論あるとも! しかし、俺が間違いそうになった時には、必ず止めてくれる兄上や優秀な弟がいる!!! 国のためなどとは死んでも思わん性分の王族失格の弟だが、あいつは自分にとって間違いであろうことも、他人のためならいとも容易く間違える奴だ!! 俺が言いたかったのは────弟を頼む。ただそれだけだ」
その言葉に圧は無い。静謐ですらあった。
ただただ兄として、弟を……家族を慮る言葉であり、幸せを願うような優しさが感じられた。
……何と答えれば良いのか。
ここで誤魔化すことは、真摯な気持ちを伝えてくれたヨトゥン様に失礼で、己を到底許すことができなくなる。
「……頼まれるほど、あなたの弟は弱くありませんよ。私自身も助けられてばかりで、まだ何も返すことができていません。悔しいんです。だから……支えることはできなくても、隣で見続ける。それが私の役目だと思っています」
「そうか……。そうか……! そうか!! 俺としたことが弟を見くびっていたようだ!! ……もう、守るだけの存在ではないか。……十分だ、アンリ皇女。その言葉が聞けただけで、今日話した意味がある」
ヨトゥン様は何かに気づいたように虚空を見て、寂しそうな表情を一瞬したかと思えばすぐに戻った。
弟の成長を喜んでいるのかしらね……。良い兄だわ。
さて、と話も一段落付いた頃だろうとその場から立ち去ろうとした私だったけれど、ヨトゥン様は徐ろに木剣をこちらに放ってきた。
「言葉での対話は済んだ。では次は肉体言語と行こうか!!!!! ワハハハハッッッ!!!!」
「はい……?」
この人はいきなり何を言っているんだろう。
いえ……ラスティが第二王子のことを脳筋で時折よく分からないことを言い出すとか言ってたわね……その一環かしら?
「見ていれば分かる。あなたは武を修めているだろう。歩き方、筋肉の付き具合、強者特有のオーラ。どれを取っても一流に値する」
「ええ……まあ、皇国では強さが評価の指標にありますから」
一目で見抜くとは流石は騎士団長。でも、それと私達が戦うことの何が関係あるのかしら。あからさまに戦うのを楽しみにウキウキしている様子のようだし。
「俺が思うに、言葉とは信頼。戦いとは対話を指すのだ!!!! 故に!! 交わした言葉が信であるか!! 戦いにて証明するのだ!!!!!」
「えぇ……?」
「それとも何だ? ──あぁ、安心しろ。手加減は得意だ」
──へぇ。
随分と徴発がお上手ね。
良いわ、良いわよ。乗ってやるわ。決して言われた言葉にムカついたとかそんなんじゃないわよ。言葉遊びに一々イラついちゃ皇女として立つ瀬がないもの。
でも、舐められたらそれ相応に鼻を明かしてやりたくなるのが、武人としての性。
「怪我しても、知らないですよ」
「こちらのセリフだな!」
──構える。
先手必勝とばかりに、私はヨトゥン様に突きを仕掛ける。対魔物とは違い、対人用にチューニングアップした速さ重視の突き。
「──ぬっ!!」
間一髪、ヨトゥン様は咄嗟に顔を逸らして一撃を躱す。……これが当たらないのは痛いわね。
「速い……。成程。靭やかさと手首の柔らかさを利用しているな。指図め、柔の剣かつ剛の心得、か」
「目が、良いのですね」
「戦場で悠長に観察してる暇はないからな!! 即座に判断、対策を練ることは必須だと思っている!!」
一発で私の速さの種がバレた。
けれど、バレたところで対策できなければ意味がない。そして、私の速さはまだこんなものじゃない。
「──シッ」
「ぬぅんっ!?」
空気が口から漏れる。
一拍遅れて走り出した私は、ヨトゥン様の周りを舞うように駆け回り、すれ違いざま数々の斬撃を味合わせる。
そのほとんどが驚異的な反射神経で防がれるが、何発かは諸に受けている。防戦一方。私の勝ちは揺るがない。
──そんな慢心もあってか。
次の瞬間、ヨトゥン様から放たれた圧倒的な威圧と、速さなど意味をなさない凄まじい膂力によって、私は打ち合わせた剣ごと体が吹き飛ばされた。
「うっ──ッッ!?!?」
「速くとも。否、速いからこそ合わせやすい。あなたの攻撃は些か直線的だ。あまり対人の経験は無いと窺う。精進あるのみッ!! だッッ!! ワハハッ!!!」
……大きく吹き飛ばされたのに、私に大した傷はない。手加減が得意という言葉は本当だったらしい。
負けだ。
こればかりは経験と勝負勘の強さが勝敗を分けた。
……悔しい。悔しいっ。
ヨトゥン様は強い。恐らくはスターティに匹敵するほどに強い。隠し玉もあるだろう。
私も手数は他にもあるとはいえ、こういった形で実力差を示されれば、そんなのは言い訳に過ぎない。
「もう一回。もう一回、お願いします」
「ふっ、似てるな」
了承の返事も聞かずに、私は木剣を拾って駆け出した──
☆☆☆
訓練場に現れたラスティが「何してんだコイツ等」みたいな目で私達を見るまであと一時間。
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皇女側もなぜか外堀を埋め始める展開。
脳筋は脳筋に惹かれるってことですよね。
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