第22話 第二皇女は切り替える

1日半悩んで、どう足掻いても野生の第三王子のせいで取り返しがつかなくない? と思ったので22話を挿し替えます(前半は同じ)。これが正規の22話です。あんなヤバい奴はいなかった!

※近況ノートの方で供養として第三王子がアンリを襲った続きの23話を出します。見たい方はどうぞ(無料のやつです)

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 


 ……羨ましい。

 私は羨ましかった。純粋な兄妹の絆というものが。

 まず私には兄がいない。

 いるのは弟でお飾りの皇太子であるルスフェルと、その下に数人程度。妹もいるにはいるが、その関係性は希薄で他人と言っても差し支えはない。姉はすでに嫁いで幸せな暮らしを送っているだろう。

 私から歩み寄ったことはなかった。どの口で羨ましいのかとほざくのか。期待していたって、自分から行動しない限り何も始まらないと知っているのに。

 打算や裏がある絆。皇国ではそんなものは日常茶飯事で、真に信じる心など齢幾ばくかでとうに忘れた。

 無条件の信頼や、無償の愛が怖い。何の見返りも求めない博愛精神など身の毛がよだつ。

 

 それだけに、互いが互いに力を欲し、協力して迷宮を攻略するという達成目標がある上での絆。

 スターティと育んだ確かな絆は、私にとって得難いもので……客観的に歪んでいても、それは確かな絆だった。

 

 手放したくない。

 ……執着なのかもしれない。でもそれでも良かった。

 子どもみたいな感情論。利益も利害もへったくりもない私の涙ながらの嘆願は、敵であったはずの婚約者に受け入れられた。

 未だに何で受けてくれたのか理解ができない。

 だけど、ちょっとした会話で、彼が情だけで動くような人間でないのは分かった。裏には何か思惑があるに違いない。


 だからこそ……良かった。

 怖い。私は何もかも怖い。失うのが。手放すのが。

 何一つ取りこぼしたくなくて……。


 あぁ、我儘だ。どこまでもクソ皇女だ。

 自分のことしか考えてないクソ自己中皇女だ。


 ……もう、そんな評価どうだっていい。

 我儘でもクソでも自己中でも、私は自分を貫き通す。



☆☆☆


「はぁ……。どうしたら良いのかしら」


 待てど暮らせど妙案は湧いてこない。

 婚約破棄……。それをするためには、婚約破棄をせずとも……いや、しない方が互いにとって利益である、と見せしめることが必要だ。

 最も言葉で表すには簡単で、その具体的方法は未だ闇の中なのだけれど。


 王城に与えられた客室で深々とため息を吐く。

 その時、コンコンと控え目なノックが響いた。


「はい」

「お休みのところ申し訳ありません。第二王子のヨトゥン様が面会をご希望してらっしゃるようでして……」


 入ってきたのは私付きの侍女だった。

 茶髪のボブヘアーの素朴でまだ少し幼さが残る女性だった。

 どことなく申し訳無さげな表情なのは、第二王子の要望を断ることができなかったからなのだろうか。……まあ、和平の時に見たけれど、かなり押しが強そうだったわね。

 にしても面会って、なかなか重々しい言葉ね。

 ウェルディス王国の国王に挨拶した時に、王城の中はある程度自由にして構わない、とは言われたけれど……一部苦々しい目つきで睨んでくる人もいるし、腫れ物扱いは腫れ物扱いなのよね……。まあ、敵国だし当たり前よね。


「分かったわ。案内してちょうだい」

「お疲れのようでしたら、断ることもできますが……」

「断れるわけがないじゃない。親睦を深めるのも私の責務よ」

「分かりました。ご案内いたします」


 私を慮る言葉と表情に、少し疑問が浮かぶ。

 この侍女は王国の手合の者だ。私が皇国から連れてきた侍女ではない。王族として線引をしている者はともかく、侍女は平民。敵国に良い感情を持つことはないと思ったのだけれど。

 少し気になった私は、直接聞いてみることにした。


「直接聞くようなことじゃないけれど、あなたは私に憎しみを抱いたりはしていないの?」

「……答えづらい質問ですね」

「ごめんなさい。聞かなかったことにして」

「いえ……失礼を承知でよろしいですか?」


 それはそうだ、と謝罪を述べるも、侍女はどこか緊張した面持ちで私に断りを入れた。

 頷く私に、どこか重々しい雰囲気の侍女が切り出す。


「私は……戦火から遠く離れた村で産まれました。農業が盛んで、兵役も無く平和な村でした。私は何も奪われておりませんし、誰も失っておりません。戦争があることは勿論聞き及んでおりましたが、所詮は他人事……対岸の火事でした。ですから、私個人として、あなたに何も恨みを抱くことはありません。それが理由であなたの侍女に選ばれたのでしょうが……」


 そうだったの……と呟こうとした瞬間、侍女は「ですが」と本題を言い放つ。


「私のような者は稀有です。家族を失い、自暴自棄になる者や、殺意とも言える憎しみを抱いてる者は数多くいます。勿論、皇国の方でも同じことでしょう。気を抜かないでください。御身の危うさを理解していただきたい。あなたの身に、両国が掛かっているのです。どうか、どうか私に憎しみを抱かせないでください……」

「──っ」


 ガツンと、頭が殴られたような衝撃を覚えた。

 最後の言葉は言うつもりは無かったのだろう。侍女は顔を真っ青にして「申し訳ありません」と深々と頭を下げた。

 浅はかな考えに釘を差されたような感覚。これがまだ、憎しみを抱いてる者から言われたならばまた違った。

 けれど、私に憎しみを抱かせないでください、という言葉は妙に私の心に突き刺さった。


 ……ここで諦めて結婚するという選択肢が存在しない時点で、きっと私の性根はもう手遅れなのだろう。だけれど、侍女の言葉で紛れもなく意識が変わった。

 一先ずは、両国にとっての利益を生み出す。この方向にシフトし、婚約破棄は二の次だ。

 

 ……ごめんなさい。こんな皇女で。

 でも、きっとあなたに憎しみを抱かせない。それだけは誓うわ。


「あなたの言葉を決して忘れない。……今はこの言葉で満足して欲しいわ」

「ありがとうございます……っ」


 考えることは山積みだ。

 王国に滞在している間に事を起こさねば。

 明日以降、ラスティに相談しましょう。


 強い決意の宿った瞳で、私は第二王子に呼ばれた場所に向かった。

 


 




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る