第7話 運命の来たる(来る)
物事は起こるもの、向こうからやってくるものだとシルエスは言う。だって、こんな体だからね。自分では動けないからね。だから向こうから来るのを待つしかない。向こうから来てやってきて、自分に影響を及ぼしていくのを待つしかない。
それは随分と皮肉めいた言葉に見えたけれど、不思議とシルエスは不満そうな顔はしていなかった。
もう慣れた。ずっとそうして生きてきたんだから――生きているというのも不適切か。
シルエスはこうも言った。逃れようとしても無駄。来るものは来てしまう。あらがおうとしても無駄、自分は変わってしまう、変えられてしまう、と。
わたしよりも遥か昔に生まれたシルエス、とうの昔に死んだシルエス。その首を手許に置いたのはほんのすこしの気まぐれと好奇心からだった。
でも、わたしには、シルエスの言葉の意味を半分も理解できない。まるで異なる言語を話しているかのよう。わたしより遥かに長い月日を過ごしているシルエスがいったい今までに何を見て、何を感じて、何を考えてきたのか――それを、わたしは想像するしかない。
かつて人として生を受け、そして首だけとなってなお存在し続けるシルエス――彼は何を待っているのだろう。
※
その日は唐突にやってきた。何の前触れもなく、足音もなく、あまりにあっけなく。
無骨な軍服を着た男たちがわたしの寝室に踏み込み、荒らし、あまりにあっけなく、夫の首をはねた。飛び散った血は驟雨のようにやわらかく優しくわたしの頬をたたいた。そして私の夜着を濡らし、どんどん裾を重たくしてゆく。逃げなければと思うのに、重く濡れたドレスは引きずろうとしても動かない。わたしは逃げ出すことができなかった。
女王陛下。お命頂戴致します。
私はぎこちなく首を巡らせ、寝台から少し離れた小卓の上の鳥籠、その中のシルエスの首を見た。
「これがあなたの言っていたことね、来る、って」
シルエスは穏やかな微笑みを浮かべたまま是とも否とも答えない。
だが、その笑みこそが、彼が待ち望んできたものが今ここに『来て』いるのだということを示している。
シルエスは前王朝の最後の王。わたしが処刑を命じ、わたしの夫が首を跳ねた――彼がわたしの死を望まないはずがない。
「その時は来る。前触れもなく。逃げ出すこともできず。唐突に。暴力的に。一方的に蹂躙するように、その時は来る」
シルエスが歌うのを、子守唄のように懐かしく、遠く聞きながら、わたしは髪を掴まれ、引きずるようにして床に倒された。そのまま仰向けにされ、夫の血にまみれた切っ先が目の前に突きつけられた時も、まだわたしは、他人事のように冷静でいた。
「ランベルギスの女王アラナディア。先の王朝の簒奪、天が許さぬ」
視界の隅で、男たちの数人がシルエスの首に駆け寄る。籠ごとその首を抱きしめ、涙している。
たかが首だ。取り戻したところでシルエスが子孫をつくれることもなく、先の王朝を再興することなど叶わない。なのに、前王朝の遺臣たちはどうしてこれほど必死なのだろう。
意識を取られていたわたしは、ぎらりと輝く切っ先に「あ」とつぶやいた。その刃は見せつけるかのようにゆっくりと、永劫かと思えるほどの時間をかけてわたしの首に振り下ろされる。
――せめてひと息に、苦しまないようにしてあげて。そう、シルエスが言ったような気がした。
わたしは呆然と、ぼんやりと、ただ見つめていた。
そしてその時が来た。
生首夢幻綺譚 二枚貝 @ShijimiH
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