第6話 寵姫の輿入れ(灯り)

 その夜はいつもと違って、風が騒がしかった。

 何か起こりそうだ、と思ってそわそわしていたパルシのもとへ、ふたつ上の兄がやってきて、興奮冷めやらぬ上擦った声でささやいた。


「首行列だ、窓の外、見ろよ」


 それは時代錯誤なまでに華やかな、高貴なる人々の行列だった。馬ではなく輿をつかい、きらびやかに着飾った美しい女官、ぴかぴかに磨かれた甲冑姿の勇壮なる騎士たち。香炉を持って行列の先導をしているのは珍しい双子の小人たちで、音楽を奏でる伶人、舞人、灯篭を掲げた侍童たちと一緒に賑やかさに華を添えている。他にも、まるで宮廷そのものが移動しているかのような行列。

 そしてそれらの中に位置する主役の地位は、クッションの上に恭しく安置された女の生首だった。

 その首のことを知らぬ者は、この国には存在しない。王の寵姫レンシュトセレーネ――王妃の嫉妬を買い讒言によって処刑され、その後に無実を証明された悲劇の寵姫。その人の亡き後、国内では不幸や厄災が続き、やがて神職により、レンシュトセレーネの不遇の死がすべての原因と明かされた。神に愛されし寵姫、時代が違えば聖女になっていてもおかしくないほどの清らかな心の持ち主が、浅はかなる人間の私情によって命を散らされたのだから当然の結果だ。


 神に愛された者を死なせてしまった。その償いとして、王はレンシュトセレーネを死後に娶ることとなった。

 もちろんそれば形式上の婚姻である。死者と結婚することはできないし、王妃の実家を無視することもできない。だが天上の神は何よりす形式を重んじるのだ。

 王は月に一度、夜に首行列を城へ迎え入れる。王都の端と端に位置する神殿から、城まで、華やかな行列は哀れな妃の首を抱えてゆっくりと進む。それはあたかも輿入れの行列のようにも見える。その日、城の住人たちは固く部屋の窓を閉じ、カーテンを引き、外の景気が見えないようにする。神の寵児にして王の妃を卑賤なる人間のの視線で汚さないように。


 そして都の住人たちは、同じように外をのぞくことのないようにと言われる。だが、その理由は、宮廷人たちとは少し意味合いが違う。

 王の愛した寵姫は、首だけとなってもなおその美しさを失わせることはなかった。見れば魅入られる、連れて行かれる、心を奪われる――何故ならば彼女は王にも神にも愛された、神秘的なまでに魅力ある女性だから。

 そういった噂がまことしやかに囁かれるようになったのは、幾人かの具体的な犠牲者が現れたからである。レンシュトセレーネは死後もなおひとを魅了した――王妃はさぞ悔しがることだろう。

 ともかく、禁じられればかえって気になるのが、人のさがというものだ。王都に住まう少女たちは、貧しい貴族から王の妃までのぼりつめた女の物語、幸運にして数奇な運命に憧れ、親たちの目をかいくぐって行列を見たがった。

 そして、少年たちは一国の王の寵愛を一身に受けたその美貌と、哀れな最期への同情と憐れから、同じようにレンシュトセレーネの首をを見たがった。だが首行列は、神殿の奥深くで神官たちが計算し導き出した特殊な暦によって運行されるため、いつ見ることができるかもわからない。だからこそ、今宵首行列を目にしたことは、僥倖というより他なかった。


 遠目にもわかる華やかな行列だが、肝心の寵姫の首は遠すぎてあまりに小さい。

 よく見えない、ということに少年パルシはすこしだけ安堵する。この距離ならば、かの首に心を奪われることはない、そのはずだろう。

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