第1話「最初の夏、始まる Ⅰ」
「…………うぅ」
最初に感じたのは、気持ち悪さ。
続いて、暑苦しさ。
覚醒まではあっという間だった。
こんな不快指数が上限突破した状況で二度寝をしようなんて、考えもしない。
「おりゃっ」
寝ている間に足下まで引っぺがされた布団を蹴り飛ばして、ベッドから立ち上がる。
暗闇の中でカーテンから僅かに差し込む朝日を頼りに、枕元に置いていたエアコンのリモコンを探り当て、速攻で電源を入れた。
ピッという起動音から程なくして、ごおぉと空調が冷気を吐き始めた。
部屋が快適になるのを待つ間に、カーテンを開けた。夏の目を焼くような朝日が、暗闇を瞬く間に侵食していく。
朝から元気な蝉の声が、私をうんざりさせた。
「朝から元気だなぁ、お前たちは。こっちは気分最悪だっていうのにさ」
夏の私は、起きた直後がいちばん機嫌が悪い。
その理由は言わずもがな、肌に貼り付くこの湿った寝間着。
暑がりの私に、寝ている間の暑さは大量の寝汗をかかせる。
寝るときは冷房を消すように言われてしまっているから、どうしようもない。
なんで寝る直前の涼しさはなくなってしまうの。
私をこんな暑苦しい場所に置いていかないでよ。私も一緒に連れてってよ。
なんて、届かない想いを昨夜の冷気に馳せているうちに、私の身体は震え始めた。
「うぅ、さっむ。もういいよ」
寝汗で湿った服は、部屋の快適さが最高潮に達した瞬間に牙を剥く。
私は腕をさすりながらエアコンの電源を切り、自室から足早に出て行った。
「起きたの、雫?」
「うん。汗流してくる」
「あと十分くらいで朝ご飯できるからね」
「うい」
自室のある二階から降りてくるとすぐに母さんが声を掛けてきた。
おはようとか挨拶がないのはいつも通り。リビングには向かわず、シャワーを浴びに行く。
ささっとシャワーを浴びて、パパッと髪を乾かす。髪が長くて、いつも髪を乾かすのに時間がかかってしまう。でも、短くしようと思ったことはない。なんだかんだ、この長い髪が気に入ってるんだ。黒髪は伸ばすに限ると思う。ただ前髪も長いのはたまに鬱陶しくなる。眉毛の辺りまでがぎりぎり許せるラインだ。
昨夜のうちに洗面台に用意しておいた制服を着てリビングに向かうと、ちょうど朝ご飯の最後の一品がテーブルに運ばれてきたところだった。
「ナイスタイミング!」
「でしょ。あー、お腹空いた。いただきます!」
「いただきます」
朝ご飯は、毎日母さんと一緒。父さんの朝は早い。私が起きてくる頃にはもういない。その代わり帰ってくるのは早いから、夜ご飯はみんなで食べないことの方が珍しい。
今日の献立は、ご飯と味噌汁、サラダ、それから目玉焼き。
シンプルだけどこれがいちばん落ち着く。
ちなみに朝はご飯派で、「朝はパン!」などとほざく人はもれなく海の藻屑となってもらう。
黙々と食べ進めていると、テレビから視線を外した母さんが訊いてきた。
「明日から夏休みじゃない?」
「そうだね」
「今年もおばあちゃん家に帰るけど、いつがいい?」
「んー、まあお盆じゃない?」
「わかった。じゃあそうやって伝えとくから、ちゃんと空けといてね」
「はいさー」
今話したように、私は毎年田舎のおばあちゃんの家に遊びに行っている。電車に四時間くらい揺られてやっと着くくらい離れていて、行くのはなかなか骨が折れる。
そうはいっても別に普通の土日でも行けないことはない。
でも私にはそうできない事情がある。実はとある活動のおかげで忙しいのだ。その活動のことは、ごく一部の人間しかしらないけど。勿論、母さんたちも知らない。
「ごちそうさま」
それだけ言って、私は洗面台にUターンした。ささっと歯を磨いて顔を洗う。
そして快適な自室に戻る。朝一の天国と地獄を演出した冷気を名残惜しく思いながら、窓を開け放った。毎日のように五月蠅い蝉たちにはいい加減慣れた。それより、蒸し暑い外気に冷気が呑み込まれていくのは、いつまでたっても苦しい。
部屋が蒸し暑くなる前に教科書とノートがパンパンに詰まった通学鞄を手に取って部屋を飛び出した。
玄関で靴を履いていると、母さんがやって来る。
「いってらっしゃい」
「うん、行ってきます」
顔は合わせない。ただ受け取った言葉に背中から返して家を出た。
家の前では、小学校に入った頃からの幼馴染の家入つぼみが鼻歌に短い茶髪を揺らしながら待っていた。
「おまたせ、つぼみ。おはよう」
「うん。おはよう、雫! 行こっか」
つぼみと挨拶を交わしてから、肩を並べて中学校に歩き出す。
これが私、諏訪雫の毎朝のルーティーンである。
時間遡行少女のナイトメア 使徒凛 @SitRin
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