18章 帝都 ~武闘大会~  41

 控室にはフレイニルがいて、俺が戻ると走り寄ってきてすぐに回復魔法をかけはじめた。受けた傷はすでにほぼ治っていたが、しばらくはフレイニルがしたいままに任せた。


「フレイ、ありがとう。もう大丈夫だ。心配をかけたか?」


「はい。ソウシさまのご様子がおかしいのですごく心配をしました。スフェーニアさんもなにかスキルか魔法のせいで動きがおかしいのではないかと言っていて……」


「さすがに鋭いな。どうも動きを阻害するスキルを使われたみたいだ。しばらくすると消えるみたいだから……ん?」


 モメンタル青年を操っていた奴は、『影獄えいごく』というスキルが一刻(2時間)はもつと言っていた。しかし改めて身体を動かしてみると、その効果はすでに消えているようだ。控室に入るまでは身体が重かったので、これはフレイニルの回復魔法のおかげだろう。


「フレイの魔法でその効果も消えたみたいだ。さすがフレイだな」


 俺が頭をなでてやると、フレイニルは恥ずかしそうな顔をして、それから俺に抱き着いてきた。


「それなら安心しました。ソウシさまのお身体は、何があっても私が治します」


「フレイがいるから俺も安心して戦える。これからもよろしく頼む」


 背中をなでて落ち着かせてやるが、フレイニルは俺の背中に腕を回したまま動かなかった。


 少し震えているようなのでしばらくそのままにしておいたが、さすがにドアがノックされると、フレイニルはハッとした感じで身体を離した。


 入ってきたのはグランドマスター・ドロツィッテ女史だった。彼女は意味深な瞳を俺に向け、「大変な戦いの後で済まないけど、ちょっといいかな」と言った。


「ええどうぞ。フレイは席に戻って、俺が戻るのが少し遅れると皆に伝えてくれないか」


「はいソウシさま」


 フレイニルが部屋を去ると、ドロツィッテ女史は椅子に腰を下ろした。


 俺はボロボロになった鎧を脱いで『アイテムボックス』にしまって、同じく椅子に座る。


「いやあ、なかなか激しい戦いだったね。相手はソウシさんのことを十分研究していた感じだったね。あそこまで『衝撃波』の対策をされると、さすがのソウシさんもちょっと困った感じかな?」


「そうですね。彼は非常に立ち回りが上手でした。『衝撃波』を振り回せば勝てると思っていた自分が恥ずかしいですよ」


「いやまあ、最初から連発していれば圧勝だった気もするけどね。ただ手加減が難しいからソウシさんとしてはその戦法はあまりとりたくないという感じかな」


「言い訳にしかなりませんけどね。しかしまさか彼が動きを阻害するスキル持ちというのは想定外でした。マリアネの『状態異常付与』スキルを考えれば、いてもおかしくはないのですが」


「『状態異常付与』は、ソウシさんレベルだったら数十回は攻撃しないと効果が出ないと思うよ。それが2回の攻撃で効くというのは聞いたことがないね。それに彼がそんなスキルを持ってるなんて、マリシエール殿下も言っていなかったと思うよ」


「そうすると……『影獄』というのは、やはり彼を操っていた者のスキルということになりそうですね」


 と俺が言うと、ドロツィッテ女史は目つきを鋭くした。


「予想通り彼は操られていたんだね。下手人は『冥府の燭台』で間違いないのかい?」


「ええ。『イスナーニ』という仲間の名前を口にしていました。モメンタル青年はすでに亡くなっていて、その死体をあのように操っていたようです」


「それは死者に対するひどい冒涜だね……。実はあの後、彼の死体は崩れてなくなってしまってね。ファルクラム侯爵が半狂乱状態で大変なことになっているところさ」


「侯爵はまだ普通の人間のような態度を取っているということですね」


「そうなるね。ところで侯爵が彼と同じだという話はなかったのかな?」


「ええ、残念ながらそれは言質げんちが得られませんでした」


「そうか……。そうすると侯爵も無理に拘束はできないかもしれないね。さすがに確証もなく侯爵をどうこうするというのは皇帝陛下としても難しいだろうから」


「もし彼女が普通の人間だったなら、それを拘束したとなれば帝室にとっても大きな傷になりますからね」


「その通りだよ。しかし今回、ソウシさんには辛い役回りをさせてしまったかもしれない。表向きはまだモメンタルは侯爵の子息という扱いだからね。事故とはいえあのような結果になったことに対しては、しばらくは周囲の目が厳しくなるかもしれない」


「彼と試合で当たったのは偶然に過ぎませんし、誰の責任でもないでしょう。私としてもさっきの試合は手加減はできるものでもありませんでしたし、その結果は自分が受け止めますよ」


「彼が『冥府の燭台』に操られていたことなどは、事件の全貌が明らかになり次第発表すると陛下はおっしゃっていた。それまでは済まないが耐えてほしい」


「わかりました。自分としては仲間に何かなければ別に気にはしません。すでに多くの人間をあやめている身ですから」


 その言葉に自嘲を感じたのか、ドロツィッテ女史は首を横に振った。


「冒険者は皆同じだよ。私だって大勢殺しているからね。しかしなんというか、こういう言い方はマリアネに怒られるかもしれないけど、ソウシさんはそういうところが非常に魅力的だね。どこか達観していて、しかもその考えを人を守るために使う、そんな感じがするよ」


「買いかぶり過ぎですよ。別に深いことなんて考えていません」


「くふふっ、そういうことにしておこうか。とりあえず彼がすでに死体だったこと、そして操られていたことは陛下に伝えておくよ。後はファルクラム侯爵に動きがあるかどうかだね」


「『冥府の燭台』の目的がまだ不明瞭ですからね。マリシエール殿下との婚姻が目的ならそれは阻止しましたが、最終的に帝国に混乱をもたらすのが目的なら他の手段を取ってくる可能性もあります」


「その通りだ。まあ帝都は今日明日は見えない所で戒厳令を敷いているから、そうそう簡単には動けないはずだけどね。たとえファルクラム侯爵がであってもね」


「そういえば、自分はファルクラム侯爵に謝罪にいった方がいいのでしょうか。実態はどうであれ、彼女の子息を殺めた形になりますし」


「その必要はないかな。というか彼女もかなり取り乱していたからね。少なくとも今日明日ソウシさんが挨拶に行けるような状態ではないと思う。もしあれが演技でないのなら、だけどね」


「そうですか」


「彼女がこの後なにもせずに領地に帰るようなら、その時には行った方がいいかもしれないね。ただ恐らく、そうはならないと思うよ」


 意味深な言葉とともにドロツィッテ女史はウインクをして、そのまま部屋を去っていった。


 とりあえず今日できることはもうないと判断し、俺は服を着替え、貴賓席へと向かうのだった。

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おっさん異世界で最強になる ~物理特化型なのでパーティを組んだらなぜかハーレムに~ 次佐 駆人 @jisa_kuhito

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