18章 帝都 ~武闘大会~  27

 遂に闘技大会当日となった。


 俺たちは朝から馬車で闘技場へと向かったが、早朝の時点ですでに闘技場の周りはすさまじい人いきれであった。恐らくは数万という人間が集まっているのだろう。しかも闘技場の客席の収容人数は10万人近いらしいので、この数はさらに膨れ上がるはずだ。


 実は数日前から、闘技場の周りはすでにお祭り状態であった。闘技大会自体は12日間で行われるが、その前後3日間も街の人間は騒ぐのだそうだ。当然通りには千を越える数の屋台が並んでいて、その騒ぎの増幅に一役買っている。


 その中を闘技場まで行くのも大変ではあるが、俺たちは本選出場者である上に、すでに帝国貴族とその連れという扱いである。なので今乗っている馬車は帝室の紋章がついた国が手配した馬車であり、特に何事もなく、というより最優先で闘技場に入場できた。闘技場に入ってすぐ俺とラーニとカルマは選手控室へと案内され、その他の皆は貴賓席へと向かっていった。


 驚いたことに選手控室はすべて個室であった。なお、選手は全32人。シードなしのトーナメント方式である。


 当然参加希望者自体はさらに多く、今回は300人近い応募があったようだ。


 その中でも、マリシエール殿下や俺のように明らかに功績が突出している人間は、『選抜枠』として直接本選トーナメントに登録される。今回は10名がその枠で、残り22枠を争って予選が行われている。大会日程の前半6日はその予選に充てられていて、チケットも比較的手に入りやすく、それはそれで大いに盛り上がるのだそうだ。


 なおラーニとカルマも『ドラゴンスレイヤー』『トワイライトスレイヤー』である上に未踏破Aクラスダンジョン攻略などの実績により直接本選登録である。


 今日は本選初日で、開会式の後、トーナメントの一回戦の前半8試合が行われる予定だ。ちなみに俺はいきなり1試合目である。カルマが7試合目で、ラーニは山が違うので今日は試合はない。


 俺が控室で軽く準備運動をしていると、部屋の扉が開いてフレイニルが入ってきた。


「ソウシさま、お身体の調子はいかがですか?」


「いつもの通りだな。緊張もしていないし大丈夫そうだ」


「ソウシさまならすべての試合にお勝ちになるとは思いますが、くれぐれも怪我だけはお気を付けください」


 両手を胸の前で組んで、心配そうな顔を向けるフレイニル。


 俺は優しく頭をなでて安心させてやる。


「怪我をしてもフレイが治してくれるんだろう? なら問題ない」


「もちろんその時は全力でお治しします。でもその前に、ソウシさまが傷つくところを見たくないのです」


「フレイは優しいな。いざとなったら『衝撃波』を使って相手を吹き飛ばすから心配はいらない。安心して見ていてくれ」


「はいソウシさま。ご武運をお祈りしています」


 そう言って、フレイニルは俺の身体にそっと抱きついてから、恥ずかしそうに控室を出て行った。見るとマリアネが付き添ってきていたらしく、2人一緒に去っていった。


 しばらくすると、係員が呼び出しに来た。いよいよ開会式だ。


 係員に従って通路を歩き、他の闘技者を共に闘技場内に入る。うす暗い通路から一転、陽の光の下に出る。その瞬間、全周囲の観客席から凄まじい歓声があがって、闘技場へと津波のように押し寄せてきた。


 想像以上の盛り上がりであった。10万人の観衆というのは途轍もないプレッシャーを与えてくるものだ。まさかこの歳になって、こんな巨大な闘技場の中に選手として入場することになるとは思ってもみなかった。そんな感想さえどこかに吹き飛んでしまった。


 32人の選手が八角形の石造りの舞台の上に上がっていく。マリシエール殿下をはじめ、ラーニとカルマ、そして帝都に来るときに知り合った『ポーラードレイク』のジェイズもいた。ファルクラム侯爵家子息のモメンタル青年、それと『睡蓮の獅子』のサブリーダー・ソミュール女史の姿もある。


 選手が整列し、正面の貴賓席の方を向く。


 貴賓席は階段状の観客席とは違い、そこだけが3階建ての建物になっている。そしてその最上段は当然のごとく皇帝陛下の座所となっており、その前面はバルコニーになっている。


 そして選手が揃った今、そのバルコニーに皇帝陛下が姿を現した。


 その瞬間、それまで歓声が渦を巻いていた闘技場全体が、すうっと静寂に包まれた。


 若き皇帝陛下が、拡声の魔道具ごしに挨拶を始める。


「帝国臣民の諸君、余はアルデバロン帝国皇帝、アイネイアース・ボレアリスである。余はこの日を、諸君と共に迎えられたことを無上の喜びと感じる。今、神聖なる闘技場に集いし勇士32人、いずれ劣らぬ帝国最強の戦士たちである。この時より6日間、彼らは己のすべてをかけて、互いの力と技を競う、神聖なる戦いに身を投じることになる。余は今より行われる聖なる戦いを、最後まで見届ける義務を負う。臣民諸君、彼ら勇士の戦いを後の世に伝えるため、すべての戦いを目に焼き付けよ。勝者には栄光を、敗者には敬意を。すべての戦いは神にささげられ、帝国繁栄の礎となるだろう。今これより、闘技大会、その本選の開会を宣言する。さあ、勇士たちよ、己の力を余すところなく示せ。余はそれだけを願うものである」


 皇帝陛下が両手を広げると、先ほどの10倍にも及ぶような、空も地も震わせるような大歓声が吹き上がった。いやこれはすさまじい。この声だけで身体が押しつぶされそうである。


 選手たちは、その歓声に応えて手を振り上げながら、一人また一人と舞台を下り、控室へと戻っていく。俺もそれにならい、手を振りながら一旦控室へと向かう。


 さていよいよか。だが不思議と高揚感はない。ただ身体が熱く、頭だけが冷えている。悪くない感じだ。まさか俺が闘技大会を楽しく感じるとは思ってもみなかった。俺という存在は、もう完全に冒険者になってしまったのだろう。リーダーとして『ソールの導き』の皆に顔向けできないような戦いだけは避けなくてはならないな。




 控室に戻って10分ほどすると、係員の呼び出しがあった。


 俺は『アイテムボックス』から『万物をならすもの』と『不動不倒の城壁』を取り出して両手に持つ。係員が俺の姿をみて目を丸くしたが、なんとか持ちこたえて先導してくれた。


 闘技場に入り、舞台に上る。渦を巻くような歓声が妙に遠く聞こえる。集中できているならいいことだが、スキルの効果の可能性もあるか。


 第一試合の相手が舞台に上がってきた。巨体だが均整の取れた肉体を持つ、人族の男だ。角刈りに厳つい顔といういかにも戦士然とした風体、得物は身長ほどもある柄に、巨大な刃が二枚ついた両刃の斧である。見た目通りならパワーファイターという感じだろう。


 まずは互いに舞台の中央付近に、向かい合って立つ。


『ただ今より闘技大会本選、1回戦第1試合を行う。闘技者、虹竜の方角は「ティルフィング」のヨーザム! 本選出場3回、最高戦績本選2回戦』


 拡声の魔道具によるアナウンスが始まる。所属パーティ名、闘技者名が呼ばれると、歓声が一際大きくなる。


『暁虎の方角は「ソールの導き」のソウシ! 本選初出場』


 俺が紹介されると、歓声が地響きのように闘技場を震わせる。やはり俺のことはすでに観客の間で話題になっているのだろう。


 歓声が少しひいたところで対戦相手のヨーザムが話しかけてくる。


「アンタの噂は聞いている。最初から全力で行かせてもらうからそのつもりでいてくれ」


「分かった。こちらも油断せずにやらせてもらう」


「健闘を祈る」


「健闘を祈る」


 互いに武器の頭を付き合わせて挨拶とする。これがこの武闘大会の作法らしい。


 その後互いに下がり、指定された開始位置に立つ。相手との距離は30メートルほどだ。


 自身の精神状態を確認する。やはり緊張はない。観客の声は遠いが、貴賓席のメンバーたちの顔はよく見える。フレイニルは両手を胸の前で組んで祈りを捧げているようだ。勝って安心させてやらないとな。


 互いが構えると、アナウンスが叫んだ。


『始めよ!』


 号令とともに、俺はゆっくりと、一歩ずつ前へと進んだ。身体はやや半身、盾を前に構え、メイスは肩に担ぐようにして溜めておく。


 ヨーザムも半身をきり、大斧を両手で水平に後ろに引いて構えている。動きはない。距離を測っているようだ。


 俺がさらに前に出る。


「ムウ……ンッ!」


 ヨーザムが大斧を水平に薙ぐ。距離はまだ20メートル以上ある。斬撃を飛ばす『飛刃』スキルか。


 宙を駆ける巨大な光の刃を、俺は『不動不倒の城壁』で受ける。重い一撃だ。『重爆』スキルも乗っているか。だがその一撃は俺の盾を一瞬震わせるのみ。


「ヌアァッ!」


 さらに二発目三発目の『飛刃』が、『不動不倒の城壁』に当たって砕ける。


 直後、ヨーザムがさらに動いた。高レベルの『疾駆』で俺の右、盾のない方へと移動。逆水平に大斧を薙いでくる。


 俺は『翻身』スキルを全開にして身体を右に半回転、盾を身体の前に出し、大斧の一撃を受け止める。


 凄まじい金属音、そして衝撃。ヨーザムの斧撃はあの『暴走悪魔』の突撃と比してもいいくらいの破壊力がありそうだ。なるほどこれが武闘大会本選の闘技者か。


「グオアアァッ!」


 ヨーザムはそのまま、大斧を縦横に振り回しての連続攻撃に移行した。俺のメイスを警戒しているのだろう。俺に反撃の暇を与えない作戦か。


 俺はすべてを『不動不倒の城壁』で受け止めつつ、その時を待った。ヨーザムが大斧を袈裟斬りに振り下ろす。ここか。


 振り下ろされる大斧を、盾で弾くようにして押し返す。ヨーザムの巨体が泳いで半回転する。目の前に無防備な脇腹。


 俺は『万物を均すもの』を斜め下からすくい上げるように、軽く振り上げた。多面体の槌頭つちがしらがヨーザムの脇腹にめり込む。しかし抵抗がある。当然のように高レベルの『鋼体』『不動』『安定』『鋼幹』持ちだ。俺は少し力を込める。ヨーザムの身体が浮いた。そのままメイスを振りきると、ヨーザムの巨体は舞台の外まで飛んでいった。


『……!? 勝負ありッ!! 勝者、「ソールの導き」のソウシッ!』


 一瞬の躊躇ちゅうちょの後、アナウンスが俺の勝利を宣言した。


 これも一瞬の静寂の後、闘技場内に地鳴りのような歓声が湧きあがった。


 俺はメイスを振り上げて観客に応える。ドロツィッテ女史に「それくらいのパフォーマンスはしないと失礼だよ」と言われたのだ。


 貴賓席を見ると、フレイニルが心底ほっとしたような顔をしている。隣ではスフェーニアがうっとりしていて、シズナとサクラヒメが抱き合っている。


 舞台の外を見るとヨーザムが起き上がるところだった。さすがAランク冒険者、タフなようだ。


「完敗だ。手も足もでなかった。噂以上の男だな。必ず決勝まで行ってくれよ」


「全力は尽くそう」


 互いに握手をして健闘を称えあうと歓声に拍手が交じる。こういうやりとりと反応はこの世界でも変わらないようだ。そのことに安堵しつつ、俺は舞台を下りた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

おっさん異世界で最強になる ~物理特化型なのでパーティを組んだらなぜかハーレムに~ 次佐 駆人 @jisa_kuhito

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ