18章 帝都 ~武闘大会~  26

その後はやはりギルドで討伐任務を受けたり、Aクラスダンジョンに入ったりしながら日々を過ごした。


 ドロツィッテ女史を家に招待したり、家に皇帝陛下が突然来訪したりといったイベントもあったが、まあそれはそれだ。


 そんな中で、例のファルクラム侯爵関係の話を聞くこともできた。といっても今のところ大きな動きはないとのことであった。皇帝陛下の来訪時にその話があったのだが、侯爵は表向きは『黄昏の眷族』の侵攻に対抗するための準備は始めたようだ。領地での動きも不審なところはなく、侯爵の周りにも怪しい者は今のところ見つかっていないらしい。


 子息であるモメンタル青年も、マリシエール殿下のパーティ『睡蓮の獅子』の一員としてしっかりと活動しているようだ。相変わらずマリシエール殿下は彼にアプローチされているようで、


「最近マリシエールの愚痴が多くてね。相当にしつこくされているみたいなんだけど、こればかりは私がやめろというのも問題が生じるから面倒でね」


 と皇帝陛下が溜息をつくほどであった。


 それ以外では、少し前に一斉に起こった『黄昏の眷族』の工作活動も、今のところは沈静化しているとのことだった。もっともそれは逆に怖い気もしないではないが。


 ともかく冒険者になって初めて、俺は長期間一か所にとどまって活動をすることになった。少しだけ前の世界を思い出すが、あの時と比較すると非常にホワイトな日々であった。


 まさに理想の生活である気はしたのだが……それが物足りないと感じられるようになってきた頃、遂に武闘大会まであと一週間となった。




「ところでソウシさんは、武闘大会のルールや形式などはご存知ですか?」


 夕食後館のリビングのソファで休んでいると、マリアネが隣に座ってきてそんなことを聞いてきた。


「ああ、一通りは聞いている。八角形の闘技場の上で戦う。武具は普段使っているものを使用可能。相手が戦闘不能になるか場外に出るか、降参をすれば勝ち。エリクサーを含めて回復手段は整っているが、死んでも恨みっこなし。そんなところか」


 口にしてみるとなかなかに大雑把というか、命の軽そうなルールである。


 ただドロツィッテ女史の話によると、Aランク冒険者レベルになると防御系スキルも強力になるので、正面から斬り合っても即『事故死』となる者はめったにいないらしい。冒険者自身の生命力も強いので、大概はポーションやエリクサーが間に合うのだそうだ。言われてみればサクラヒメが瀕死のときもそうだった気がする。


「だいたいそんなところですね。あとは薬品類や魔道具が使用不可というくらいでしょうか」


「それもあったな。ただ舞台の広さがな……」


 一度帝都にある巨大な闘技場を下見にいったのだが、石を敷き詰めて造られた八角形の闘技用の舞台は、縦横に100メートルほどしかない。


 いや、闘技の舞台としては十分な広さではあるのだが……


「なにか問題があるのですか?」


「俺に有利すぎるんだ。真ん中に立てば舞台の半分くらいが俺の『衝撃波』の射程内になる。正直多くの相手は『衝撃波』だけで舞台の外に飛ばして勝つこともできるだろうな」


「なるほど。しかしそれは仕方ないのではありませんか。それがソウシさんの実力ということですので」


「まあそうなんだが、試合のほとんどが一発で終わったら観客にも悪いだろう。それで少しどうするか悩んでいる」


 俺がそう言うと、マリアネが目を細めて「フフフッ」と笑った。


「今の話を対戦相手が聞いたらきっと怒り出すでしょうね。しかもそれが誇張でもなんでもないというのが面白すぎます」


「俺も相手をバカにするつもりはないんだ。ただ俺の力を考えるとそう考えざるを得ない」


「もちろんソウシさんが思い上がる方だとは思っていませんよ。私も含めて『ソールの導き』の皆は、ソウシさんが相手の命をどう奪わずに倒すつもりなのか、そちらを心配しています。あの『衝撃波』は、本気で放ったら舞台ごと破壊をしてしまいますからね」


「一応威力を調節する訓練はしたが、人間相手はまた違うからな。まあ相手によるか」


「ええ、その時の判断でいいと思いますよ。武闘大会にでてくる冒険者も様々ですから、事前に考えている通りにはいかないと思います」


「そうだな……。戦いなんてそういうものか。ありがとうマリアネ。これ以上は悩まずに済みそうだ」


「お役に立てて嬉しいです。ちなみにラーニとカルマは、ソウシさんに当たったら即降参すると言っていましたよ」


「ああ……俺が彼女たちと同じ立場でもそう言うだろうな」


 と苦笑いをして見せたが、実際当たっても彼女らは降参しないだろうというのはさすがに分かる。


 マリアネも多分そこは理解しているようで、「ふふっ」を笑ってからまた真面目な顔になった。


「それとこれも皆気にしているところですが、ソウシさんは優勝したらどうするつもりですか?」


「どうする、とは?」


「もちろんマリシエール殿下のことです」


「あ、ああ、その話か……。俺としては別に彼女に何の感情も持っていないし、特にどうしようとも考えてはいない。そもそも勝つとも限らないしな」


「わざと負けるという選択もあると?」


「いやそういう意味じゃなくて、純粋に向こうが強い場合もあるだろう。自分としては手を抜くつもりはないさ」


「なら間違いなくソウシさんが勝つでしょう。その上で殿下に対して何もしないということができるでしょうか?」


「周りが許さないだろうな。そもそも殿下自身、負けたらその人間と結婚してもいいと公言しているようだし」


「もし彼女がソウシさんを求めたら、断ることは事実上不可能でしょうね」


「確かにな。まあなるようになるさ。少なくとも、たとえ殿下とそんな話が出ても、俺は『ソールの導き』の皆をないがしろにするつもりは一切ない。それだけはたしかだ」


「皆が気にしている」というのはきっとそこだろう、と思って言ったのだが、マリアネのどことなく嬉しそうな表情を見ると、どうやら間違ってはいなかったようだ。


 チラと周囲を見ると、いつの間にかラーニやスフェーニア、シズナやカルマたちが聞き耳を立てていた。全員がニコニコしているのはいいのだが、俺はなぜか急に恥ずかしくなってしまった。


 今のセリフが俺の黒歴史にならないことを祈るばかりだな。

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