18章 帝都 ~武闘大会~  25

 その後1週間ほどは、何度かAクラスダンジョンに潜ったりしながら引っ越しの準備を進めた。


 帝都に家を買うということで一度帝城にも顔を出すことになったが、皇帝陛下直々に「とても嬉しく思いますよ。よろしければずっとこちらにお住まいになってください」と言っていただいた。


 ついでに使用人についても城でそれなりに経験を積んでいる人間を紹介してもらえることになった。このあたりはドロツィッテ女史の言った通りになった感じだが、正直こちらは後ろ暗いところもあるわけではないので、経験者が来てくれるというのは非常にありがたい。


 なお来てくれるのは全員既婚の女性ということだった。どうやら見えない所でも配慮をしていただいたようで、俺としてはそれもありがたい限りであった。


 ベッドや調理器具、食器類など最低限必要なものはあちこちで買い揃えた。すべて俺の『アイテムボックス』で運ぼうと思ったが、そういった仕事を任せるのも貴族としては必要なことらしい。なるほど貴族というのは意識的に財を回すことも考えないといけないのだと、しみじみ感じた次第である。


 そうこうするうちに引っ越し当日となり、俺たちはそれまで泊まっていた高級宿を辞して、帝城のある丘のふもとの貴族の館が並ぶ中央区へと向かった。


 勢いで家を買ってしまったが、いざ住むとなると妙にしり込みしてしまう自分がいる。だがそれもいまさらだ。気を取り直して敷地へと足を踏み入れる。


 玄関にはすでに3人の使用人の女性が待っていて、俺たちを迎えてくれた。


 事前に面接などは済ませているので初対面ではない。3人のなかで一番年かさの女性はミルグレットさんと言って、家令のようなことをしてくれることになっている。


 彼女らに案内されて各部屋を見て回る。館はすっかり綺麗に手入れをされていて、家具などもすべて完璧に設置されていた。キッチンにある給水や冷蔵冷凍の魔道具なども問題なく、風呂も5人くらいなら一度に入れるほどのものが整備されていた。トイレも元現代日本人の俺が見ても十分に清潔なもので、申し訳ないくらいにいい生活ができそうだ。


 全員で部屋をチェックして、最後にリビングに集合する。20人はゆうに座れるソファが置かれていてなんとも贅沢な感じだが、美術品などは一切飾っていないので多少殺風景ではある。


「いやあ、まさかこんな立派な家に住むことになるとはねえ。これもソウシさんが甲斐性のある人だからよ。里を出て冒険者になった時には、まさかこんなことになるとは思ってもみなかったね」


 カルマがそんなことを言って、ソファに深々ともたれかかった。


「ソウシさん以外では誰もなしえないことではないでしょうか。今までの旅を振り返ると、すべてが夢のような気がします」


 と少し陶酔したように語るのはスフェーニアだ。


「確かに色々やってきたが、そのほとんどは皆がいたからなし得たことだ。立場上俺が爵位をもらってしまったが、そのことは常に忘れないようにしないとな」


「さすがソウシさまです。その謙虚な振る舞いが、周囲の人々に安らぎを与えるとともに、信頼を集めるのだと思います」


「いや、まあ、その、ありがとうフレイ。でもそれは普通のことだからな」


 放っておくとフレイニルはどこまでも俺を褒めてくるので、適当なところで頭をなでておく。そうすると静かになることが分かったのだ。


「でもこれで帰る場所ができたっていうのは大きい気がするわね。旅は好きだけど、やっぱりどこかにここっていう場所がないとね」


「そうじゃのう。わらわとしてはオーズからは遠く離れてしまったが、なんというか、ソウシ殿や皆がいる場所がわらわのいるべき場所と感じるのも確かじゃ」


 ラーニやシズナの言うことも、俺の心には響くものがある。


 俺はこの世界では漂泊の身であって、どこにも帰るべき土地はない。しかし逆に言えばここと定めた場所が帰るべき地となるとも言える。しかしメンバーたちにはそれぞれ出身の地があって、本来ならばそこが帰るべき場所だ。もし彼女たちとこの先も共に生きていくのであれば、彼女たちが帰るべきところと思える場所を作り上げていかないとならない。なんとも重い話だが、俺にはそんな甲斐性が求められるようになるのだろう。


「ソウシさま、何か考え事ですか?」


「ああ、住むところというのは大切なんだと思ってね。そういえばオーズでもらった『精霊大樹の苗』はここに植えるのがいいんだろうか」


 ふと思い出したが、オーズ国で俺は『精霊大樹の苗』という国宝をもらっていた。『然るべき土地』に植えると、『精霊獣』を呼び寄せる大樹になるということなのだが……。


「その『精霊大樹の苗』とはどのようなものなのであろうか」


 サクラヒメが不思議そうな顔をするので、俺は『アイテムボックス』から『精霊大樹の苗』を取り出した。それ自体は金でできた苗の置物に見えるものである。


 テーブルに置くと、初めて見ることになるサクラヒメやゲシューラ、カルマが身を乗り出してくる。


「ふむ、一見金でできた飾りに見えるが、非常に澄んだ魔力のようなものが内から発せられているな。確かに生きている苗のようだ」


 ゲシューラが目を細めると、サクラヒメも感じるところがあるのか何度もうなずくようなしぐさをする。


「初めて目にするものでござるが、どこか懐かしいような心持ちになる、不思議な苗でござるな。なんであろうかこの感じは……」


「サクラヒメの先祖はオーズから来たそうだから、何かつながりがあるのかもしれないな」


「それがしの祖先からのつながり……なるほどそのような気もいたす」


 とても面白い話だが、俺として気になるのは、果たしてこの地が『然るべき地』なのかどうかである。


「なあシズナ、この家の庭に植えるべきだと思うか?」


「うむむ……少し触ってみてよいかのう」


 そう言って、シズナは『精霊大樹の苗』に手を触れ、目をつぶってなにかぶつぶつと口の中で唱え始めた。しばらくして目を開いて手をはなす。


「なんとなくではあるが、『精霊大樹の苗』はこの地に根付きたいとは感じておらぬように思えるのう。おそらくじゃが、『然るべき地』に来たのであれば、この苗はもっと強い力を放ち始めると思うのじゃ」


「なるほど、確かになにか反応があるのが自然だな。ならば武闘大会や『黄昏の眷族』の騒ぎが終わったらまた旅に出ることになりそうだ」


「はいソウシさま。私もソウシさまは、どこかの都に落ち着く人ではないと思います。むしろソウシさまが住むところが大きな都になるのだと思います」


「それじゃソウシが王様になるって感じね。まあ伝説の冒険者になったらそれくらいはありそうだけど」


 フレイニルの大げさな言葉にラーニが軽く応じてその話は終わりになった。


 俺は『精霊大樹の苗』を再び『アイテムボックス』にしまいながら、今の話を『悪運』が聞いていないことを祈るのだった。

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