18章 帝都 ~武闘大会~ 24
ダンジョンから戻った翌日から2日休みとした。
1日は予定していた通り、服屋に行って、『エレメンタルシルク』を素材にした女性陣の冒険者用の服を頼むことにした。服の形状などについては個人個人の好みにするらしい。このあたり俺が口出しできるところはない。
ちなみに『エレメンタルシルク』自体はかなり多めに手に入っているので、肌着なども作るとのことだった。ラーニの「女のここ一番」発言も気になるところだったが、そちらは特に服屋での言及はなかった。言いたいことはなんとなく分かるが、そもそも元の話が確定していないのだからどうしようもない。
服は完成まで2週間かかるとのことであった。服屋の支配人は俺たちが持ち込んだ大量の『エレメンタルシルク』を見て驚いていたが、すぐ商売人の顔に戻って「もし余剰があるようでしたら、是非『エレメンタルシルク』をお譲りいただきたいのです。実は帝室から長らく注文を受けておりまして……」と商談を持ち掛けてきた。
ギルドを通そうと思ったが、面倒だったので、あるだけの『エレメンタルシルク』を渡して、「注文の服を作って余った分は店でお使いください。代わりに服の製作費をまけてくだされば結構です」という形にした。
「ありがとうございます。実はマリシエール殿下の輿入れが近いという噂もあって、早急に手に入れておきたかったのです」
商談成立後に支配人が小声でそんなことを言ってきて、俺はかなり微妙な表情を作ってしまった。女性陣に聞かれなかったのが救いである。
2日目は、マリアネと共に冒険者ギルドのグランドマスターのところに家購入の相談に行った。
「へえ、それはとてもいい思い付きだね。マリアネもいい提案をしたね」
執務室で向かい合って座り相談を始めると、ドロツィッテ女史は楽しそうな顔をした。
「恐れ入ります。それでグランドマスター、まずソウシさんが帝都に家を買うことは可能なのでしょうか?」
「中央区の家屋の売買許可を出すのは帝室だけど、もちろん二つ返事で許可はでるだろうね。あそこは空き家は常に何軒かあるから、物件がないということもない。なんの問題もないと思うよ」
「相談はどちらに行けばいいのでしょう」
「中央区を扱っている帝室御用達の不動産屋があるからそこだね。基本手続きは全部やってくれるはずだよ。私の時もそうだったからね」
「ありがとうございます。ソウシさん、そういうことのようですが?」
マリアネが促すので、俺はドロツィッテ女史に頭をさげた。
「相談に乗っていただいてありがとうございます。早速その不動産屋に行ってみたいと思います」
「くふふっ、その思い立ってすぐ行動するのが頼もしいね。ところで当然パーティメンバー全員で住むんだろう?」
「もちろんそのつもりです」
「楽しそうで羨ましいよ。それと使用人も雇うつもりかな?」
「ああ、忘れていました。使用人もとりあえず3人雇うつもりです」
「そうだね。10人近くで住むなら相当大きい屋敷になるし、最低でも3人は必要だろうね」
「ただ人材を探すアテがないのですが……」
「それは帝室に頼んでみたらどうかな。ソウシさんになら3人くらいならすぐ派遣してくれると思うよ」
「よろしいのでしょうか?」
「むしろ適当な人間を雇われると向こうも困るんじゃないかな。その分訳ありな使用人が来るかもしれないけど、ソウシさんは別に後ろ暗いところはないよね?」
『訳あり』というのは、恐らく悪く言えば帝室の内通者が来るということだろう。まあ誰を雇ってもその可能性はあるし、むしろ相手が帝室だと分かっているならそのほうが気が楽か。
「困るのはゲシューラの魔道具くらいでしょうか」
「ああ。でもそれくらいなら、ゲシューラさんの部屋は鍵をかけて入室禁止にすればいいだけだね。訳ありといったって秘密を探るとかそこまではさせないはずだよ。バレたら信頼関係が壊れるからね。せいぜいソウシさんが帝室に
「なら問題ありませんね。そもそもそんな気は毛頭ありませんし。わかりました、そちらは帝室に相談をしてみます。色々ありがとうございました」
俺が再度礼をすると、ドロツィッテ女史は「どういたしまして」と答えたあと、軽く溜息をついた。
「ああ、でも本当に羨ましいね。『ソールの導き』の皆は本当に仲がいいし、あの中にいると安心できるんだ。リーダーであるソウシさんの人柄もあるだろうけど……私も最近は大きい家に一人暮らしをしているのもつまらなくてね。ずっと『ソールの導き』と旅をしていたからなおさらそう感じるよ」
それは独り言のようでもあったが、ドロツィッテ女史の視線は時々俺の方に向けられていた。隣でマリアネが深いため息をついているので、やはりなにか俺に伝えようとしているのだろう。というか、俺からなにか言って欲しいということなのはさすがにわかる。
「もちろん家を買って人を迎えられるくらいに整ったら、グランドマスターは一度家へ招待しますよ。もちろんその後もいつでも遊びに来てください。ええと、友人として……」
「本当かい!? それなら是非お邪魔させてもらうよ! いやあ、持つべきものは友人だね!」
かなり食い気味に身を乗り出してきたので、どうやら望みの提案だったようだ。彼女はずっと独り身らしいし、立場もあって対等に話ができる人間は少ないのかもしれない。そういう意味では俺は非常に恵まれた人間である。
「まあしかし、友人というのもいいものだけど、さらに深い関係になるものやぶさかではないよ。ソウシさんほどの人間なら20人くらいは行けるだろう? 伝説になっている『天運』持ちの冒険者も20人以上囲っていたと言うからね」
「グランドマスター、職場で不謹慎な発言はおやめください」
マリアネにたしなめられて、舌をだして誤魔化すドロツィッテ女史。彼女がまたとんでもないことを言い出す前に、俺たちは執務室を後にするのだった。
その後不動産屋に行き、翌日3つの物件を見て回ることになった。
翌日は全員で家を見て回ったが、いずれも伯爵位以上の貴族が住んでいた家で、元庶民の俺としてはどれも目が回るほどの大邸宅だった。
なにしろ使用人用の部屋を含めて30以上の部屋があるのだ。厨房や浴室も完備、食堂や応接室も別にあり、使用人が最低3人というのもうなずけるものだ。さらに忘れていたのだが、立派な庭もついてくるので庭師も必要ということだった。貴族というのは生きていくだけで多くの金がかかるのだと初めて知った。
「これはしっかり金の計算もしないとダメだな。使用人を雇うほかに、家の修繕費や維持費、税金、そんなのも俺が考えるよりはるかに多い」
3軒目を見終わったあとで俺がそんなことを漏らすと、スフェーニアが不思議そうな顔をした。
「ソウシさんが王国と帝国からいただく報酬で十分払えるのではありませんか? それと冒険者活動での収入を考えれば余裕だと思いますが」
「確かにそうなんだが、どんぶり勘定……じゃなくて、こういうのはしっかり一度計算しないと危ないんだ。もしかしたら会計ができる人間も必要かもしれないな」
「なるほど。本来なら家令や執事と言われる人間も必要ですからね」
「ああなるほど、家事を取り仕切る人間がいればいいのか。思ったより考えることが多いな」
「必要ができたら雇う形でいいと思います。とりあえずは私がやっても構いませんし」
「そうだな。自分たちでやってみて、手に負えなければ雇う人を増やすか。といっても人材を探すのが一番の難題だな。ずっと帝室に頼るわけにもいかないし」
「募集をかければ、男爵家子爵家の子女はすぐ集まるのではありませんか。むしろ英雄伯爵の元で働けるとなればこぞって応募してくると思います。特に女性が」
最後の言葉のところで、スフェーニアだけでなく、他のメンバーの視線も俺に集まった。いったい彼女たちは俺にどんなイメージを抱いているのだろうか? 誠実に接しているつもりなのだが。
「……まあわかった。とりあえずなんとかなりそうってことだな。それで家としてはどこがよかった? 俺としては最初の家が新しくていいと思うんだが」
「私はソウシさまの意見に賛成です」
「私も賛成~」
「いいのではないでしょうか」
「賛成です。グランドマスターの家が近いのもお気づきでしょうか?」
「新しい方が手間もかからぬからのう」
「アタシは住めればどこでも」
「地下にアトリエができそうだったので我も賛成だ」
「それがしも異論はござらん」
と一部怪しい情報もありつつ全会一致で家が決まり、ホクホク顔の不動産屋の支配人を相手に、俺は商談をまとめるのであった。
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