リトルガールは遊びたい

憂い凧

リトルガールは遊びたい

暇だ。別に友達がいない訳でも無いし、人生に飽きたという訳でもない。かと言って、人生が充実しているかと言えば、そうではない。そう、放課後暇人間こと、棚木旬は人生を謳歌したいと考えている。しかし、人生とは上手くいかないのが通りであり、上手くいけば怖くなるのも通りだ。


語っているように見えて、実は暇だということを自分に嘘をついている。暇だと、そのとき、感じた瞬間、俺の負けだ。いや、さっきなんか、感じたような気もしなくはない。


何が言いたいかと言えば、放課後が暇さえなければいいということ。つまり、部活に入ればいいということ。なんという簡単な方程式、赤子が左手でも解けるような問題だ。しかし、こうも思う。二年生からの部活加入はただの空気の読めないやつという認識に終わる。まぁ、友達が入っている部活に入れば、問題と言うべき点はないんだけど。


「ということで、赤間先生。おすすめの部活はありますかね?」


「なかなかに酷い部活加入理由だな。暇さえ解消すればいいって思ってるのが危ない。」


「そういって、赤間先生はいつも、俺に良くしてくれるじゃないですか。」


「一応、先生だからな。」


「一応って、余計なのでは?」


赤間先生は俺に良くしてくれる先生だ。と勝手に俺が思っているだけで、本人がそう思ってるかは知らない。ただ、本当にいい先生なのは分かっている。一年生の頃の担任であり、俺の中の恩師でもある。結婚してないのが欠点と言っていいほど良い先生だ。


「そもそも、勉強すればいいだろう?」


「勉強って…脅しですか?」


「いや、勝手な解釈を入れるな。放課後が暇なら、勉強すればいい話じゃないか。」


「俺の言う暇は勉強外のことを言うので、それは稼働時間と言って頂きたい。俺の中の暇は暇であり、勉強は勉強です。」


「だるいやつだな。つまり、勉強はしたくないから部活に入って暇な時間をなくそうって魂胆ってわけだ。」


「お見事!その通りです!」


「はぁ…。まぁ、しかし、お前の友達の部活に入れば、気まずさは感じれないはずだ。テニス部とバスケ部だっけか?入ればいいじゃないか。」


「いいですか先生。確かに友達と部活をやれば時間もすぎるし、楽しいことが出来るでしょうけど、それは暇を解消しているだけであって、暇を潰しているわけじゃないんです。強いて言うなら、新鮮味が足りない!」


本当の理由はあるが、口で言うにも憎たらしい事実であって、自分が情けなくなるような理由なので考えたくもないし、言いたくもない。赤間先生には悪いけど、このまま、俺のわがままに付き合ってもらうことにしよう。


「新鮮味が足りないって…魚じゃないんだぞ?」


「ええ、魚は泳ぐだけで暇が潰せますからね。」


「魚をなんだと思ってるんだ?とりあえず、おすすめの部活を考えてみることにしよう。」


「さすが女神!」


「先生だ。」


「で、どんな部活がおすすめですかね?」


「…まぁ、新鮮味とやらは分からないが、一つ、面白い話をしてやろう。」


「面白い話?」


「三年生がこの前、卒業したばっかりに、人数が一人になってしまった部活がある。今年の二年生はその部活に入らなかったわけだ。でも、部活は一人では成り立たない。この学校じゃ、二人ならギリギリってとこなんだが、あと一人はそう簡単に見つからないらしい。」


「その話はズルですよ。入りたくなってしまうじゃないですか。」


「…お前なら、言うと思った。」


赤間先生はそう言って、ニヤッとする。俺のことを分かっているからこその話し込みだった。だって、一人なんて寂しいに決まっている。部活だとしても、どんなチームだとしても。


「んじゃあ、この部活加入届に名前書いたら、勝手に受託しといてやる。」


「あの…どんな部活か───」


「場所は、図書室近くの空き室だ。あとは頼んだぞ。」


俺の言葉を遮って、そう言うと、職員室から追い出せられ、ガタンとドアを閉める。生徒の対応に似つかわしくないことをされて困る。赤間先生はそういうところは投げやりなのだ。俺はポジティブにツンデレと考えることにしている。




図書室の近くの空き教室。ドアの上には、と書かれている。察しはついていたが、文化部か。俺は別にどっちだって変わらない。楽しい方を選ぶだけだ。コンコンコンっと三回ノックをしてから、ドアを開ける。


そこに居たのは、ちょこんと椅子に座って、本を読んでいる気の静かそうな可愛い後輩だった。後輩と分かるのは、背丈ではなく、靴の色で分かる。今の一年生は赤で、二年生が青、三年生が緑だ。


「えっと、こんにちは。」


「…。」


返事もなく、ただずっと、本とにらめっこをしている。無視されたか、それとも、聞こえていなかったか。


「…今日から加入しました、棚木旬です。よろしく!」


「…。」


「え、ちょっと、もしかして無視?」


「…。」


「え、先輩、泣いちゃうよ?」


「…こんにちは。」


「あ、こんにちは。」


何だこの子。不思議ちゃんと言うやつか。俺には最近の一年生の気が引けないくらいのつまらない人間オーラが飛び出ているのだろうか。そんなことはないはずだ。もっと、オシャンティーで流行りに乗っている人間オーラを出さなければ。


「ね、ねぇ。この部活って何する部活なの?」


「…。」


「え、またシカト?」


「本を読んでいるときに話しかけないでください。」


「あ、ごめん。」


「いえ。」


気の静かそうな、というより、肝が据わってるというのが正しい。いやぁ、怖いな。俺が怖がっている時点で上手くやっていけなさそうな雰囲気だ。でも、先輩だからこそ、何か出来ることはあるはずだ。


「何か出来ること、あるかな?」


「出来れば、何もして欲しくないです。」


「え、酷くない?せめて、部活紹介とかはして欲しいよ?」


「……分かりました。勝負をしましょう、先輩。」


「え、あ、はい。」


「片方の手の中に飴玉が入っています。どちらかを選んで飴玉を選べたら部活を紹介してあげます。選べなかったら紹介しません。」


「手の中二択ゲームか、望むところだ。」


急に始まったゲームではあるが、このゲームには必勝法がある。大抵、手を握るときには力を込める必要がある。その時の拳の形はかなり変わる。握り締めている方は指先が手の中に強く食い込んでいて、何も握っていない方は指が並んでいるように見える。この子の右手は手の中に指先が食い込んでいて、とてつもなく分かりやすい。答えは簡単。


「右手だ!」


「右手ですか?」


「うん、右手。」


「正解は左手でした。」


「嘘…だろ。」


「もしかして、強く握っている方が飴玉が入ってるって思ってました?残念ですね。そもそも、飴玉は割れちゃうから優しく握らないといけないのに。」


その子は飴玉を口に含み、物知りな様子で話す。それが少し幼い雰囲気を醸し出し、口元が緩みそうであった。


「本当に部活の内容、教えてくれないのか?」


「…ふふ。嘘に決まっているじゃないですか。でも───」


キーンコーンカーンコーンと、学校のチャイムが鳴る。


「今日は部活が終わります。また明日来てください。」


そう言うと、あの子はドアの前まで歩く。すると、振り返って、俺の方を見ながらこう言うのであった。


「矢苗桃です。先輩、また明日!」


と元気よく、廊下へかけ出す。俺もその後を追いかけるように空き教室から出ていく。時間はあっという間にすぎていた。優しく笑う可愛い後輩の顔を思い出して、またも心が踊らせられる。




翌日、昨日より早くも代筆部に来ていた。言わずもがな、後輩はそこにいたのだった。


「昨日ぶりですね、先輩。」


「そうだな。」


「懲りずにやってきたわけですが、部活、本当に入る気なんですね。」


「昨日とは違う警戒心の付け方だな。まだ昨日の方が心にこなかったぞ。」


「まぁ、半分冗談で、半分本気だった質問なのですが、よしとしましょう。部活の紹介でした…ね。」


「ああ。代筆部って、あまり、というか、聞いたことないんだけど。」


「なんか、最近、改名されたんだとか。私はあまり名前というものに興味は持たないんですけどね。話は戻して、部活動としては、主に本を読み、本を読み、本を読むことをします。」


「本を読んでるだけじゃねぇか。部活と言えるのか?」


「後は、代筆というものをやります。そうです、代筆部はここから出てきているんですよ。」


「そんで、代筆ってのは?」


「例えば、生徒会長の立候補選挙の文だったり、スピーチコンテストの文だったりだとか、言い回し、意味を私たちが代わりに書くということです。」


「なるほど。尽きて飽きない、まるで、文豪のような文。俺らはそれを他人の文に代筆すると。」


「ええ。過去にたくさんの依頼が来たんですよ?」


「別に疑っているわけじゃない。そんな面白いことをしてたなんて思ってなかったから。」


「面白いと思っていただけたら結構ですよ。後は、詩や小説のコンクールに応募するなどがありますよ。どうです?魅力的でしょう?」


「確かにな。お前は何かコンクールに出したことがあるのか?」


「お前じゃなくて、矢苗ですよ、矢苗。」


「えっと……矢苗?」


「はい、もう一度。」


「…矢苗。」


「偉いですね!私の名前を呼べて!」


「俺は犬か何かか?!」


「どちらかと言えば、子犬でしょう。それで、コンクールのことですが、中学の頃に受賞したことがあります。」


「なんか貶されたけど、すごい!」


「すごいでしょう?」


この素直さが見事に可愛さにマッチし、いじれにいじれにくい。さらに、矢苗に嫌われたくないというのが俺の中に住み込んでいる。


「おま…矢苗は今日は『人間失格』を読んでるのか。昨日は『羅生門』だったよな。矢苗って、意外とベターなもの読んでるんだな。」


「ベターということは、何回も見れるほど、面白いということだと思います。先輩だって、一回か、二回か、読んだことあるでしょう?」


「まぁ、そうだな。」


「面白いから何回も見るって言うのは、普通のことだと思いますよ?それこそ、ベターなのだから。」


「俺も人気映画とか何回も見るからな。ベターってそんなものか。」


そんなことを話していると、急に矢苗が静かになる。俯いて、俺に何かを言いたそうにして。


「どうした?」


「先輩はなんでこの部活に入ったんですか?」


声は震えており、この言葉を言うのに、どれだけの覚悟を決めたのか。後輩にそんなことをして欲しくないし、俺にそんなに緊張と警戒をしないで欲しい。こんなの、願望でしかないわけだが。


「決まってるだろ?寂しそうだったから。」


「…理由が不純です。」


「え?」


「それって、私と関わりたいという本心が見え見えですよ。」


「あ、いや、そんなことはないかもしれない。」


「私が一人になったのを赤間先生から聞いたんですね。」


「な、なんで知ってるんだ?」


「赤間先生には、私もお世話になっています。前の顧問ではありましたから。」


「今の顧問は何してるんだよ。」


「今は…あまりこの部活に力を入れようとはしていないと思います。あともう一人さえも探してくれませんからね。」


「流石、俺の赤間先生。どこでも、女神っぷりを期待させてくれる。」


「…私も……期待してくれないんですか。」


矢苗が小さな声で言うと、少しの間、沈黙が流れていた。俺は返答に困っていたのだ。矢苗にとって、俺は赤間先生からの救いでしかない。あまりにも、都合のいい奴でしかない。矢苗は何を思って俺に接しているのか、俺には分からない。でも、簡単な話だ。赤間先生に『後は頼んだ』と言われたからには、頼まれてやる。


「期待するよ。というか、もう、期待しまくりだ。」


「先輩が本当にそう思ってるのか、チェックしますよ?」


「へ?」


矢苗は椅子から立って、俺に近づいてくる。口と口とはならないが、額と額がぶつかりそうになるぐらいまで顔を近づけてくる。俺は目に映る全てが可愛い後輩になってしまったため、キャパシティオーバーにより、顔を赤らめて、矢苗の顔を避ける。


「やっぱり、私目当てのようにしか感じませんよ。」


「誰でも可愛い顔が前に来たら、顔を避けるだろ…あっ。」


思わず、心に想ったことを口走ってしまった。こんなの、矢苗目当てで加入したと思われても仕方がない。


「ふぇ?」


矢苗は腑抜けた声を出して、顔を赤らめると、体が硬直し始める。五秒後、動き出して何も言わずに椅子に座る。そして、手に持った本を開き、顔をそこに埋める。


「…や、矢苗さん?」


「…ズルいですよ。」


聞こえるか聞こえないかの狭間でありそうな声でそう言う。これはかなり嫌われたな。俺の放課後暇人生は幕を閉じることになりそうであった。




そのまた翌日、学校に朝早く着いた俺は朝練をしてきたテニス部の天崎加瀬に話しかけることにした。


「頑張ってんな。」


「おっ、棚木じゃねぇか。珍しいな、こんな朝早くいるなんて。」


「まぁ、気分だよ、気分。」


「お前もテニス部に入ろーぜ。楽しいからよ。」


「いや、もう、別にそこまでの意欲は持ち合わせてないんでね。」


「そんなこと言って…棚木、彼女が欲しいんだろ?」


「なっ!」


「なら、テニス部がおすすめだ。モテるぞ。」


「そんな手にはのらない。俺は俺の手で掴み取るんだよ。」


「めんどくさい性格だな。少しは俺の言うこと聞けよ〜。」


「そもそも、俺は相手が見つかるかどうかも怪しいんだ。気長に待つことにする。」


「ま、棚木が決めたことだから、俺は何も言えないな。」


天崎は意外にも、線引きができるタイプだ。だからこそ、モテるのであろう。俺はある意味、不純な理由で彼女を探しているのだ。これが天崎との違い、テニス部に入ったところでモテるというわけではない。どちらかと言えば、これはテニス部に入る人がそういうことが出来ることが多いのだ。あとは単純に顔、うん。自分で言ってて悲しくなる。


さて、今日はどんな遊びを提案されるのだろうか。


━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━好評や気が入ったら続き書くと思います












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