第7話 VSキルケー

 メルヘンチックな木の家に『ノックしてね』という看板がぶら下がった扉。声の主はここにいるに違いない。


「すいませーん」

「はーい、どうぞ~」

 良いのかこんな軽いノリで。


 扉を開けると、そこには見た目は若くて美しいが禍々しい雰囲気の魔女が足を組んで椅子に座っていた。


「くくくっ、よくぞここまでたどり着いた。熟達の冒険者と見える」

「いえ、まだ新米冒険者です」


「道中には強大な魔物が横行跋扈していたであろうが、それらを薙ぎ払い深部までやってくると骨のあるやつだ」

「いえ、魔物は他の冒険者がすでに退治してくれたので」


「……この隠れ家は魔法によって見えないようになっているのに、それを見つけるとは大したものだ」

「勝手に森が出てきましたけど」


「うわーーん! いいから気持ちよく格好いい登場シーンをやらせてくれよう!」

 ひゃっ! 急に大声出さないで!

「そうだよーお前が来たから普段はずっと引き籠もってるのにわざわざ魔法解除したんだよー! ずっと待ってたのに全然来なかったんだからアタシに気持ちよく口上述べさせてくれなきゃヤーダー」

 大の大人が駄々をこね出した。それも見苦しいタイプのやつ。見てる側が恥ずかしさのあまり目を覆いたくなるのは共感性羞恥って現象だっけ。



「コホン。アタシはキルケー。この地下ダンジョンに住まう偉大なる魔女さ」

「今更仕切り直しても……いえ、なんでもありません」

 キルケーが現れた!


 トンガリ帽子に黒みがかった紫のスカートをひらひらと靡かせ、足を組み替えてはブーツの先端をこちらにピンと伸ばす。

 あれ、このブーツどこかで見たような……。

「そのリングの効き目は凄いだろう。なんせアタシが作ったんだ」

「えっ、この武器全然役に立ちませんでしたけど」

「武器? 何言ってるんだ。そいつはエンチャントリングさ」

「ソーサラーリングじゃないの!? ……エンチャントリング?」

 聞き馴染みのない単語に思わず聞き返す。

「エンチャント、つまり魅了さ。そいつの光を浴びたら性別も種族も関係なく持ち主のことを好きになる魔力が込められている。求婚されていると勘違いするのさ」

 光を浴びたモンスターたちのあの意味不明な行動はそういうことか。……いや、納得できる要素あるか?

「ふっふっふっ、ここでお前がアタシにその光を浴びせることも出来るんだぞ」

「いえ、結構です」

「なんで!?」


「ていうかボクを待ってたって、どういうことですか」

「それはそのー……一目惚れし、い、いやっ。で、弟子にしたいなって」

「あのっ、ボクは女ですよっ! 冒険者として舐められないように男のフリをしているだけで!」

「え、知ってるけど」

「へっ」

「だって昔お前を助けたのアタシだし」

 さらっと驚愕の事実を告げられた。

 そうだ、あのブーツ。ダンジョンに迷い込んだ時に助けてくれた冒険者が身に着けていたものと同じだ。特徴的だったから忘れるはずがない――ということは、本当に?

「ボクの探していた憧れの冒険者は引き篭もりの魔女だった……?」


「断ってもいいけどー、そうしたら豚になるだけだよ?」

「怖っ!」

「おブタちゃんになっちゃうよ? キュルンッ」

「ぶりっ子ぶられると余計と怖い!」


「な、なんでボクがそんなに気に入られてるんですか」

「だって、普通の冒険者はアタシがキルケーだって言うと逃げ出すのに、あの時のお前は怖がらずに満面の笑みで「ありがとう」って……」

「ただのチョロインだこれ」


「なーに、ほんの一年間弟子として契約してくれたら満足するから」

 キルケーといえば住処を訪れた客人をもてなし、気が付けば一年が過ぎていたという逸話がある。

 豚になるか、一年間魔女の弟子になるか。

 流石に豚になるのはちょっと、ねぇ。



「まぁ魔女の一年は人間の十年に相当するけど」

「地上に返してーーー!!!」

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ソーサラーリングで地下ダンジョンに潜ったら求婚されていると勘違した女モンスターが寄ってくる いずも @tizumo

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