第11話 ソフィアは見た

 ソフィアは見てしまった。


 アビスの裸というかその一部を。


 ソフィアは女神に【真実の目トゥルー・アイズ】といういかなる幻覚も見破られるスキルを与えられている。

 そのおかげというかそのせいというか、ソフィアは呑気に裸でエレベーターのほうに向かっていくアビスの姿を目撃してしまった。


「きゃーーーーーーーーーーーッ!!」


 気づいたら、ソフィアから悲鳴が溢れていた。

 それは先程まで彼女がわざと出していたものとは異なり、心からのものだった。


(どうしよう……もう嫁に行けない)


 ソフィアは打ちひしがれていた。

 これは彼女にも予想出来なかった出来事だ。


 アビスがメフェシア王国を裏で牛耳っている者だと疑うところまではいいが、そのアビスの裏を見てしまうことになるとは思わなかった。

 そう、普段ズボンに隠されているアビスの裏を、ソフィアはばっちり見てしまったのだ。


 それは青天の霹靂とも言うべき衝撃をソフィアに与えた。


 ソフィアは王女として過保護というくらいに育てられてきた。

 男性経験はおろか、男性の裸すら見たことがなかった。


 それが今、たった数回王宮で会っていた男の一部を見てしまった。

 ソフィアの思考が堂々巡りしていた。


(これなら……アビス・ジルフォードに責任を取ってもらうしかないわね……)


 ソフィアは決断を下した。


 アビスの外見は嫌いじゃない。

 むしろ美少年だから、好きな方だ。


 いや、矜恃などかなぐり捨てて正直に話すと、大好きだ。

 いつか自分もそんな男の子と結婚したいなと、ソフィアは乙女らしい願望を持っていた。


 例の物を見てしまったことが決定打となり、ソフィアはアビスに責任を取ってもらおうと考えたのだった。


 ◆


「ふーっ、気持ちよかったな、裸でうろうろするのって。あれかな、自然乾燥まで出来て一石二鳥ってやつだ」


 自分の泊まっているスイートルームに戻り、鏡の前で立ってみる。

 自己鍛錬によって鍛え抜かれた筋肉を見て、俺は優越感に浸っていた。


 果たしてこの世に裸で歩いて捕まらないやつがほかにいるのだろうか、いやない!

 これはきっと黒幕の特権なのだ!


 さて、そろそろ着替えてホテルジャック犯を制圧しに行かないとね。


 高級なスーツの袖に腕を通して―――引っ張る!


 うひょー! スタイリッシュすぎるぜ!

 

 しかも、声に出してないからクールにも見える。

 やはり黒幕はクールに見えないとね。


 ここでズボンに足を入れて―――いや、待って。

 シュッとズボンを引き上げるのはあまりかっこよくないな。

 

 どうしよう……詰んだ。


 えぇ! 落ち着け!


 お前はやれば出来る男だ! 違うか、アビスよ!


 考えろ!

 脳細胞をフル活動させて考えるんだ!


 今こそお前の知恵が試されているぞ! アビス!


 …………


 なるほど、服を先に着たのが悪かったのだ。

 ズボンを履いてからシュッと袖に腕を通したほうがかっこいい。


 よし、脱ごう。


 ついさっき着たスーツを脱いでふたたびすっぽんぽんの状態に戻る。

 まずはズボンを優雅に履く。


 ここですかさずスーツが少し宙に浮くくらいのスピードで袖に腕を通してやる!


 うわー! 決まった!


 鏡に映っている俺、最高にかっこいいぜ。


 なにこのスタイリッシュボーイ……あっ、俺だった。てへぺろ。


 やばっ、鼻血出そう。


 前世では社畜の象徴であるスーツを、今はこんなに愛しいと思ってしまっている。

 やはり黒幕と言えばスーツだな。


 Tシャツ着て登場する黒幕がどこにいる。


 よし、そろそろ行くか。


 ◆


 ソフィアの心は絶望に染まりつつあった。


 もしかして自分の下心がアビスにバレたから、見捨てられたのではと不安になっている。

 それは恋する乙女の被害妄想だと、聡明なソフィアでもアビスに長時間放置された末に気づけなくなっていた。


 というより、自分がほんとに人質として捕らえられているのではと、錯覚に陥っている。

 自分が何者か、周りにいる屈強な男たちが誰なのかすらよく思い出せなくなっている。


 仕方のないことである。


 自作自演とはいえ、いや、自作自演だからこそ、やめ時が分からなくなっているのだ。

 最初はアビスならすぐにでも来ると踏んでいた。いや、来なくても誰かが助けに来てくれると考えていた。


 なのに、目の前のメイド服を着た三人の女の子に阻まれて誰も助けに入って来れない。

 三人ともものすごい美少女なのに、何故か醸し出している威圧感が物凄かったのだ。


(なんなの……? これ)


 ソフィアは自問自答してしまった。

 今更自作自演だと言ってこの場を解散するにもいかなくなった。


 アビスが正体を現したら、それを突き止めるためにやったのだという大義名分は今はない。

 ソフィアはハシゴを外されている気分である。


 誰でもいい。

 助けにきて欲しい。


 その時だった。


「貴様らは誰のホテルで暴れていると思っている!」


 アビスが服を着て現れた。

 別に誰も暴れていないが、むしろ静かにアビスの登場を待っていたので、そのセリフは少しだけ違和感がある。


 それでも、麗しい姿で登場したアビスにソフィアは心を奪われた。

 まるで白馬の王子様だと、ソフィアは思ってしまった。


 早く、早く私をここから助けてと、ソフィアは切望したのだった。

 



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黒幕はかくありき 〜貴族に転生したので、念願の全てを裏で支配する【黒幕】になってみた。「力が欲しいか……?」がやりたいだけだから、神と呼ぶのはやめてくれ!〜 エリザベス @asiria

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